今日は珍しく屋敷にいた胡蝶は自分がこの世界にトリップしてきた時に現れた場所…つまり、庭をぼーっと見つめていた。
「胡蝶?」
「あ、珱…どうかしました?」
胡蝶がいるのは彼女に用意された一室。つまり、当時はたまたま空室の庭にいた珱姫に胡蝶は発見されたのだ。
胡蝶を呼ぶ者は彼女の部屋へと訪れては彼女の名前を呼ぶ胡蝶は名前を呼ばれたことに気付き、声のする方を向いて声の主…珱姫の存在を認識すると姫に近寄って問いかける。
「あの、前に歌が出来るとおっしゃってましたよね」
「ああ、そんな話しましたね。それがどうしたんです?」
「まだ私…聞いてないです」
珱姫はそわそわしながら胡蝶に以前彼女が言っていた言葉を思い出したのかそのことについて触れると胡蝶は思い出したのかそれを肯定しては珱姫の意図が分からず問いかけた。
珱姫は彼女の問いかけにぽつりと言葉を口から零す。
「…あー…、そう、でしたっけ?」
「はい!ぜひ聞きたいです!!」
「………そんな面白くないですよ?」
胡蝶は珱姫の言葉に誤魔化すように歯切れの悪く言葉を返すととても眩しい笑みで彼女の歌を所望すると胡蝶は頬を引きつかせながらそれでも聞きたいかとばかりに言葉を返した。
「そんなことないです!お願いします、聞かせてください」
「う…、分かりました。あまり期待はしないでくださいね?」
「ありがとうございます!胡蝶!」
(そんな顔されちゃ敵わないって)
首を横にぶんぶんと振って胡蝶の言葉に否定するとおねだりをする珱姫に負けた胡蝶は肩を落として歌うことを諸諾するとハードルを上げないように期待しないようにと言葉を掛けるがそれを聞いてるのか聞いていないのかただ歌ってもらえる事実に珱姫はぱあっと顔をほころばせて喜んでは胡蝶にお礼を言っていた。
珱姫の顔を見た胡蝶は心の中で呟きながら口角を上げたのだった。
――結ぶには何はのものか 結ばれぬ
風の吹くには 何か靡かぬ――
胡蝶は扇子を開いてすうと息を吸うと今様を歌い出し、舞を始めた。丁寧に指先まで神経を伝わらせて綺麗に舞う姿に珱姫は頬を緩めて笑うとその姿を見た胡蝶はつられた様に口角を上げて歌い、舞い続けた。
「とっても綺麗です!胡蝶」
「あ、ありがとうございます…」
「もっと聞かせて下さい!」
「珱に言われると断れませんね」
歌い終わるとぱちぱち拍手を胡蝶に送りながら嬉しそうに彼女を褒める珱姫に胡蝶は恥ずかしそうにお礼を言って終わらそうと思っていたら、珱姫からおかわりを貰ってしまったものだから困ったように笑いながらまた歌と舞の準備をし始める。
――思ひは
見始めざりしばなかなかに 空に忘れて止みなまし――
(……家が白拍子の末裔だからと踊らされてきたけど、役に立つもんなんだなあ)
胡蝶はまた先程とは違う歌を歌い始めると扇子を開いたまま蝶のように舞わせて踊り続けた。
彼女は舞を踊りながらも自分のいた世界で仕方なしに覚えた白拍子の舞と歌を身に着けてよかったと思ったのかしみじみ心の中で呟く。
「わあ…!素敵です!」
「珱、これくらい大げさですよ」
「そんなことないです!月の姫と噂されるのも無理もありません!」
胡蝶が歌い終えると珱姫はまた一層嬉しそうに微笑みながら拍手を胡蝶に送る。珱姫が本当に心から喜んでいるのが分かるのか彼女も恥ずかしそうに言葉を漏らしながらも内心喜んでいるのか口角が上がっていた。
胡蝶の言葉に否定の言葉を投げかける珱姫は依然、秀元が言っていた“月の姫”の噂に納得する。
「いや、だからそれは…」
「ほお、またこれはいいもんが見れたのぅ…」
「あ、妖様!?」
胡蝶はここ最近耳に入ってくる“月の姫”と言うワードに困った顔をしながら珱姫に否定の言葉を掛けようとしたら突如別の場所から男の声がしてその方向をばっと見ればそこには着流しの薄い金色の髪をした男が立っていた。
思わず目を見開いてその男を胡蝶は見ていたら胡蝶の横で座っている珱姫が反応してその男のことを驚きながら呼ぶ。
(………は?もう原作入ってたんですか!?)
「よう、珱姫」
「またいらっしゃってたんですか…」
「まあな…しかし、月の姫はやはり歌も舞も素晴らしいのぉ」
普段の胡蝶の性格上歌と舞を見られた羞恥でぬらりひょんに怒るはずだか、いま彼女はそこの考えには至っておらず、ずっと気にしていた原作の入り口の日を気にしていたらとっくに終わっていたことに衝撃を受けて茫然としていた。
ぬらりひょんは珱姫に呼ばれてはニッと笑って彼女へ挨拶をすると珱姫はふうと息を吐いて困ったように言葉を漏らすとその珱姫の表情にクックと笑って肯定するとすっとした鋭い目で胡蝶を見て翔さんの声を上げる。
(…原作に入ってんなら、私邪魔だよなぁ…出て行きたいところだけど、ここ、私の部屋なんだよなあ…)
「……お前さん、聞いてるのか?」
「胡蝶…?」
まだ自分の世界に入り込んでいろいろ考えている胡蝶の耳にはぬらりひょんの翔さんの声は一切届いておらず、2人きりにしてあげなきゃとばかりに物事を考えていた。
そんな事を考えていると思っていなくても話を聞いていないことくらい分かったのか、ぬらりひょんは困った顔をしながら問いかけ、珱姫は戸惑いながら彼女の名前を呼んだ。
「…………ん?何か言いました?珱」
「え、あの…」
「待て、ワシの言葉は無視か」
胡蝶は珱姫の声でなんとか話しかけられていたことに気が付くと珱姫に首を傾げて問いかけると本当に聞いていなかったんだと理解した珱姫は戸惑って言葉に詰まった。
そして、完全に無視されたぬらりひょんはむすっとした顔をして胡蝶に突っ込みを入れる。
「というか、何堂々と入ってきてんの。あんた」
「ワシはそういう妖怪じゃ」
「……というか、さっさと帰った方が身のためだと思うけど」
拗ねた顔をするぬらりひょんに対し生き肝信仰で妖怪達は珱姫の生肝を狙っており、陰陽師が警備に当たってる中、堂々と入ってきている彼に呆れた顔をして胡蝶は注意する。
ぬらりひょんは自信満々な顔をして言葉を返すと胡蝶は部屋の入口の方へ目だけ向けては意味深な忠告をする。
「何でじゃ?」
「…足音1つ…是光様かな?」
ぬらりひょんは彼女の忠告に不思議そうに首を傾げて問うと胡蝶は目を閉じて遠くから聞こえてくる足音に耳を傾け、その足音の主を口にした。
「胡蝶殿!」
「ほら、ビンゴ」
「……まったく、いつも邪魔が入るのぉ……また来る」
遠くからだんだん近づく足音と共に胡蝶を呼ぶ男性の声が聞こえてくる。その声を聞いた胡蝶は足音の主が彼女が予想していた人物だったのでにっと笑いながら当てたとばかりにぬらりひょんを見る。
そんな彼女を見たぬらりひょんははぁと深いため息をついて愚痴をこぼすと庭へと飛び出してまた来ると言葉を彼女に送った。
「行くなら珱姫様のところに行きなさい」
「くっくっくっ…つれないのぅ」
胡蝶は呆れた顔をしてぬらりひょんに珱姫のところへ行けと指さして言葉にすればぬらりひょんきょとんとした顔をして笑うと困ったように微笑んで言葉を返して去って行った。
「胡蝶殿!何やら怪しい妖気が…」
「へ?何も来てませんよ?ね、珱姫様」
「え、は、はい…何も来てません」
ぬらりひょんが去ったタイミングで是光が胡蝶の部屋へと訪ねに来て妖怪な気配を感じ取って様子を見に来たようだ。
胡蝶はさらりと是光に嘘をつきながら珱姫に同意を求めると珱姫は戸惑いながら、胡蝶に首を縦に振って同意する。
「そうですか…おかしいな…それでは失礼します」
2人が何も来ていないと言われて是光は腑に落ちない様子だが、2人の言葉を信じて胡蝶の部屋から去って行く。
「胡蝶?」
「なんです?」
「どうして……いえ、何でもありません」
ぼーっと庭を眺める胡蝶に珱姫は彼女の名前を呼ぶと胡蝶は珱姫の方を振り返って微笑みながら返事を返した。珱姫は眉を下げて何かを問おうとするが、首を横に振ってその言葉の続きを口にすることを止めた。
「??」
(どうして胡蝶は妖様にあんな態度を取るのでしょう…)
(これからが腹をくくる時ってことね…私、生きてられるかな…というか、帰れるのかな)
問うことを止めた珱姫を見て不思議そうに首を傾げていたが、それ以上言葉にしない珱姫に彼女は聞き出すこともしなかった。珱姫は胡蝶がぬらりひょんに対しての態度が今まで見た胡蝶の態度と違うもので珱姫にとって不思議な疑問を残す。
胡蝶は月を眺めながらこれから始まることを思って覚悟を決めねばと左手を強く握っては覚悟と裏腹に不安の種も抱いていた。
――実は
既に物語は始まっていたなんて