「珱…」
月を見上げてため息を付いて思わず本音を零す珱姫に胡蝶は眉を下げて彼女を見守る。
「ふふ、そんな顔をしないで…胡蝶」
(…早く連れ出してよ、この子を……)
珱姫は悲しそうな笑みを浮かべては心配する胡蝶を気遣うがその姿が逆に彼女の心配を増長させていて心が揺れる中、本心で珱姫の笑顔を望んで誰かに訴える様に心の中で呟いた。
「今夜もごくろうなこった、陰陽師どもは」
「どこから父上のキセルを………」
(珱、突っ込むのはそこじゃなくて部屋に入って来てる事じゃないの…?)
キセルを口に咥えて無駄な努力をしているとばかりに陰陽師に労わりの言葉を吐いた人物は机に肘を乗せて寄りかかりながら煙を吐くと男の声に目を見開いて振り返る珱姫は困った顔をして珱姫の父の持ち物を持っている人物…ぬらりひょんに言葉を掛ける。
その言葉を冷静に問いかける珱姫に胡蝶は2人を見守りながら心の中で突っ込みを入れていた。
「いい品だ、そうとう金があるとお見受けする」
(吸ってるけど、ちゃんと拭いてから使ってるの?間接キス?あの親父と?…うぇ)
またキセルを咥えて煙を吐くとキセルを見て珱姫に言葉を掛けるが胡蝶はそれどころじゃなく違うことが気になっており、想像をしていたら気持ち悪くなったようで吐きそうになるのを堪えていた。
「おかげであんたはカゴの鳥…………か」
「…………そんな言い方…しかたのないことです…………これが私の運命です」
「珱…」
ふっと笑いながら言葉を返すぬらりひょんに目を細めて珱姫は言葉を紡ぐがその言葉は嘆いてどこか諦めているようにも聞こえる言葉だった。その言葉に胡蝶は悲しそうに珱姫を見つめた。
「なぜ入ってこれたのかしら…」
「突っ込むの今なのね」
「え?」
「ああ、こっちの話です」
呆れたようにぼそっと呟いた珱姫に胡蝶もぼそっと小さく珱姫の言葉に突っ込みを入れると彼女は聞き取れなかったのか胡蝶に首を傾げる。彼女は珱姫に気にするなとばかりに手を横に振って言葉を返した。
「なぁ…外に出ないか?ここは
「えっ…」
(これって…!!)
射貫くような目をしてぬらりひょんは珱姫を見つめて言葉を掛けるとその言葉に驚いて珱姫が声を上げる。そして、この会話を聞いていた胡蝶は目を見開いて2人をじっと見つめていた。
「そんな…困ります。私は………外に出ることは出来ないのです!!この家のために…お父上のために…この家にいつづけなくては…それに見張りもいますし」
「いて!!切られた腕が!!」
「え」
ぬらりひょんの言葉に少し興味を持ちながらも彼の言葉を否定しては断りの言葉を掛けるとぬらりひょんは先日珱姫によって着られた傷が開いたと腕を押さえる。珱姫はその言葉を信じて近寄った。
(…やっぱり、原作だ……始まるんだ…あれが)
ここまでの流れを茫然と眺めていた胡蝶は原作に入っていてこれから佳境に入ることを理解すると俯いて二人には見えないように暗い表情を隠すとぬらりひょんは近寄ってきた珱姫の腕を掴む。
「そーらつかまえたぁああ!!」
「キャ…だ…だましたのですか!?妖!!…胡蝶!!」
珱姫の腕を掴んで引き寄せるとぬらりひょんはにっと悪戯小僧のように口角を上げて言葉を言い放つとその行動に騙されたと思った珱姫は彼に文句を言うと少し後ろにいた胡蝶へ声を掛けた。
「珱、楽しんで来て下さいね」
「え…」
「何言ってるんじゃ、お前も来い」
名前を呼ばれてはっとした胡蝶は顔を上げて柔らかく微笑んでは珱姫に言葉を掛けるとまさかそんな言葉を掛けられると思っていなかった珱姫は目を見開いて驚き、ぬらりひょんは眉を潜めて胡蝶に手を差し出した。
「…何言ってるんです?早く陰陽師殿が来る前に珱を攫って下さい」
「な、何を言ってるんですか!?胡蝶!!」
「いつも願っていた外の世界に触れる良い機会ですよ」
胡蝶は呆れた顔をして怪訝そうにぬらりひょんに言葉を返すと珱姫は正気化とばかりに胡蝶に言葉を返す。胡蝶は珱姫に柔らかく微笑んで優しく説き伏せた。
「お前さんも一緒じゃなきゃ意味ないじゃろ」
「…そんなことありませんから、ほら…早く行きなさい」
「……」
呆れた顔をしてぬらりひょんが胡蝶に言葉を返すが、彼女は深いため息を付いて彼の言葉を否定するとぬらりひょんは黙って胡蝶をじっと見つめる。
「キャ…」
「おっと…静かに。なぁに一晩だけ借りる話じゃ」
(楽しんで来てね、珱)
諦めたように深いため息を付いたぬらりひょんは珱姫を横抱きして抱え込むと突然のことに珱姫は驚きで声を上げそうになる。声を上げられて人が来られたらまずいと判断したぬらりひょんは珱姫に注意して警戒するなとばかりに言葉を掛けると庭から外へと出て行く。
その2人の後姿を胡蝶は優しく見つめるが、気付いてしまっている胸の痛みにそっと胸に手を当てた。
◇◇◇
「あー…ヤバ……こんな気持ち気付かなきゃ良かった〜…」
2人の姿が見えなくなって暫くすると胡蝶は座り込んで顔を両手で隠しながら苦しそうに言葉を紡ぐ。
――恋するとその人を思うだけで苦しくなるんだよ!
以前、自分がいた世界の友人が何気なく言っていた言葉を彼女はふと思い出した。
(あー…美香が言ってた通りだな…苦しいや)
その言葉に胡蝶は困った顔をしながら彼女の言葉は本当だなと他人事のように心の中で零す。
「早く帰りたい…」
(そうしたら、こんな気持ち忘れられる)
胡蝶は両手を顔からそっと話すと眉を寄せて切なそうにぽつりと呟いた言葉は空気に溶けて消える。
「帰りたいってどこにじゃ」
「!?」
「どこにじゃ」
しかし、空気に溶けたはずの言葉は数刻前に出て行った人物に拾われてしまった。胡蝶の後ろから言葉を掛けられるとまさか戻ってくると思っていなかった胡蝶は驚き、後ろを振り返る。戻ってきた人物…ぬらりひょんはじっと彼女を見つめて問いかけた。
「な、何でアンタ…ここにいるの…?」
「言ったじゃろ、お前さんも一緒じゃなきゃ意味がないと」
「…珱は、どうしたの?」
彼女は彼の言葉が耳に入っていないのか自分の疑問をぶつけることを優先するとぬらりひょんは呆れたように数刻前に言っていた言葉を再び口にした。戻ってきたぬらりひょんの傍には珱姫がいないことに気が付いた胡蝶は彼女のことを問いかける。
「置いてきた…それに珱姫もお前さんと一緒がいいから連れて来いと言っておったぞ」
「……」
「連れてくからな」
ぬらりひょんは胡蝶に近寄って問いかけに答えると珱姫が言っていたことを彼女に伝えると胡蝶は黙り込んで畳をじっと見ていた。ぬらりひょんはしゃがみ込んで耳元で一言彼女に掛けると急に横抱きする。
「きゃ…な!?」
「この方が早い。今は手を出してくれるなよ」
まさか耳元で声を掛けられるとも横抱きされるとも思っていなかった胡蝶は顔を赤くして驚きの声を上げるとぬらりひょんはふっと笑って彼女に言葉を掛けるがその言葉はまるで殴るなよとけん制するような言葉選びだった。
(…帰るってどこにじゃ……まさか本当に月が生まれ故郷とか言わないじゃろな)
先程苦しそうに呟いていた胡蝶の言葉に眉間に皺を寄せてぬらりひょんは考えては珱姫を案内したとある場所へと胡蝶を連れ出そうと歩き出したのだった。
(…喜んでる自分がいて、嫌だ)
やる前に言われたことで胡蝶は大人しくするしかなく恥ずかしさで居心地の悪さを感じながらも好意を持ってしまった相手の体温を感じられる近さにいることに喜びを感じている自分に複雑な心境を持っていた。
――叶わぬ恋を
完全に諦めることが出来ない