三話






「はあ……」
(多少は落ち着いたけど、謎が多すぎて……気持ちの整理はつかない…かと言って、何で生まれ変わってるの?なんて聞いたら完全に変人だ……)



 加州清光の生まれ変わりと出会って翌日。彼女は重い足取りで大学へと向かう。そんな彼女は多少冷静になったのだろう。しかし、現実でありながら、非現実的なものを見た衝撃はやはり隠せないようだ。深いため息を付く。いつの間にか辿り着いた大学の入り口。


「はあ……」
(また会っても逃げられるかな……)


 また一つ、ため息を零した。冷静さを取り戻したと言っても、清光に会うほどの余裕はまだ取り戻していないようだ。彼女は現実逃避したいような言葉を心の中で呟きながら、キャンパスを歩く。


「おっはよ、弥生!」
「おはよ、都。昨日はごめんね」


 そんな彼女の背中をぽんっと叩き、挨拶をする人物が現れた。彼女の友人。友人の苗字友人の名前だ。弥生は友人の名前に挨拶を返すと謝罪の言葉を述べる。


「体調は良くなったの?」
「何とかね」
「もー、無理しないでよ?」


 彼女は心配そうに顔を覗き込み、弥生の様子を見ながら問い掛けた。弥生は申し訳なさそうに微笑む。顔色が戻った彼女に都はほっとしたようで胸をなでおろした。そして、彼女に忠告するように言葉を紡ぐ。


「うん、分かっ…」
「おはよー」
「っ!?」


 弥生はふっと笑って彼女に言葉を返そうとするがそれは最後まで言えずに終わる。何故なら彼女の背後から誰かが抱きついてきたからだ。
 彼女の体をぎゅっと後ろから抱きしめながら耳元で挨拶をする男。彼は何処か眠そうにしている。弥生はまさか抱きつかれて耳元で喋られると思っていなかっただろう。彼女は目を見開いて顔を赤くした。


「あ、加州君。おはよー」
「………加州君、何してるの、離して…」


 友人の名前は弥生の顔をみてはおやというような顔をする。しかし、彼女はさり気なく清光に返事を返す。どうやら珍しく見た弥生の表情を今は見なかったことにするつもりのようだ。
 弥生は顔だけ後ろへ振り返る。そして、彼を見上げながら真っ赤な顔で彼の行動に対してやめるように訴えた。


「ヤダ」
「ヤダってアンタねぇ…ぬぐぐ…」
「あらやだ、お熱いわねぇ」


 彼はふわりと笑いながら彼女の願いを却下する。彼はどこか嬉しそうに更に腕の力を少し強めた。弥生は眉下げて彼の発言に突っ込みながら何とか拘束から逃れようと彼の腕を掴む。しかし、大して力を入れてないにしろ男の力に適うことなく抱きしめられたままになっていた。
 彼女の隣にいた都はニヤニヤした表情を浮かべる。その様は近所のおばさんのようだ。おばさん臭いセリフを吐くだけで助ける素振りを一切見せない。


「呑気な事言ってないで止めてよ!」
「んー…面白いから止めない♡」


 弥生はただ傍観しているだけの彼女をキッと睨みつけて助けを求めた。友人の名前は顎に人差し指を添えて考え込むフリをする。それは考え込んでるようには全く見えない。本当にただのフリなのだ。次の瞬間、決定的に弥生を裏切るような言葉をにっこりと笑顔を向けながら吐く。


「は、はあ!?ちょ、加州君!離して…目立ってるから…!!」
「いーじゃん、別に」


 弥生はまさか助けないという選択肢をした友人に驚きの声を上げた。にこにこと笑っている友人の名前は本当に助ける気はないようだ。弥生はそのことを理解すると自力でこの拘束から逃れようと必死に清光には訴える。
 彼女の言う通り、歩いているキャンパスの生徒達はじろじろ二人のやり取りを興味深そうに見ていた。彼は呑気に問題ないとばかりの言葉を返すだけ。つまり、彼女を離すつもりがさらさらないのだろう。


「良くないよ!!」
「……清光」


 弥生は顔を赤くしたまま彼の呑気な発言にツッコミを入れる。恥じらいがないことに驚きを隠せないのだろう。彼は少し間を開けて彼の名前をポツリと口にする。


「……は、?」
「清光って呼んでくれたら離してあげるよ」


 突然彼自身の名が清光の口から出ると思っていなかったのだろう。弥生はキョトンとした顔をして素っ頓狂な声を出した。彼はほんの少しだけ手に力を入れては彼女をからかうようにニヤっと笑っては条件を出す。


「なっ、に言って…」
「呼んでくれないなら離さなーい」


 条件付きで解放されると思っていなかったようだ。彼女は動揺したような顔をしては言葉を詰まらせる。瞳を揺らしながら無理やり声帯を震わせ、彼に言葉を返した。清光はふっと笑って調子のいい口調で彼女の肩口に顔を埋める。


「アンタは悪魔の子か!」
「やめてよー、鬼の副隊長じゃあるまいし」


 逃げ道のない。容赦ない。そんな究極の選択を迫られた弥生は眉を釣り上げた。そして、清光に抗議する。彼は彼女に言われたワードが気に入らなかったのか眉下げて嫌そうに言葉を返した。


「それは悪魔じゃなくて鬼!」
「似たようなもんでしょ」


 彼女は目を閉じ、眉間に皺を寄せる。眉をピクピクと動かしながら彼の屁理屈に訂正をする。しかし、彼にとっては同じようなものなのだろう。さらりと言葉を返す。彼は一向に彼女を拘束している手を離す気は無さそうだ。


「ああもうっ、…清光!離して!」
「………」


 弥生は彼の名前を呼んでは離れるようにお願いをする。このやり取りで譲る気のない清光に折れたようだ。しかし、言い方は間違いなくやけくそに見えるものだった。
 清光は名前を呼ばれたことに瞳を揺らす。彼は彼女の肩に自身の額をゆっくり乗せてはそっと目を閉じた。まるで誰にも表情を見せないように隠しているようにも見える。顔を隠す彼は弥生に名前を呼ばれた嬉しさを噛み締めていた。


「……?」
「しょうがないなぁ。離してあげる」


 返事が返ってこないことに弥生は不思議そうに彼の頭を見る。清光は離すことが少し名残惜しそうな表情をしては微笑みながら彼女の体から離れた。


「…っ、……あれ、友人の名前は?」
「ん?弥生の友達なら先に行ったけど」


 彼女は離されたと同時に彼の方を見る。彼の複雑な表情に弥生はドキッとしたのか顔をまた少し赤らめて息を呑んだ。その感情から背くように彼から顔を逸らす。彼女はついさっきまでいたはずの友人がいない。そのことに気が付き、彼へとポツリと問いかけた。
 清光はどうやら都がいなくなっていたことに気が付いていたようだ。彼女の問いかけにさらりと答える。


(……この状況で置いていきますか、友人の名前さん)


 まさか置いていかれるとは思っていなかったのだろう。あっさり置いて去った友人に悲しそうに声を掛けるように心の中で零した。あくまで心の中なので誰にも伝わることは無い。


「ほら、授業始まっちゃうよ」
「っ!…か、加州君!手!」
「また戻ってるしー…いいじゃん、手くらいさ」 


 清光はにこっと笑っては彼女の手を取って歩き始めた。まさか手を握られるとは思っていなかった彼女はまた顔を火照らせて彼に言葉を掛ける。清光は苗字呼びに戻っていることに拗ねた顔をする。彼は強引に笑って彼女の手を引っ張って教室へと歩み続けた。


(……私はまだどう接したらいいのか分からないのに…彼のペースに巻き込まれてる)


 彼女は一歩先を歩き続ける彼の背中をじっと見つめる。前世のような言葉の交わし合いをしてしまってることに困惑しているのか戸惑いの表情を見せた。


(……昔にも似たようなことあったなぁ)
「…!」


 彼もまた彼女と同じように前世のことを思い出したのだろう。懐かしむようにふっと笑う。そして、彼の後ろを歩いている彼女を近づけるように手の繋ぎ方を変えると彼女は驚いた顔をして彼を見上げた。


 彼女が更に頬を赤らめる原因は繋ぎ方にある。所謂、巷で言うところの恋人繋ぎをしていたのだ。


(ごめんね…アンタを見つけちゃうとさ…昔のように構いたくなるんだよね)


 彼は恥ずかしそうにぱっと下を向いて歩く彼女を優しくて見つめる。今、ただそばにいられる幸せを噛み締めるように清光はぎゅっと手を握りしめた。そして、二人でキャンパスの中へと入って行ったのだった。



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