四話






 何処にでもある大衆居酒屋。その一角には頬を火照らせて目の据わっている女性が一人。彼女の前にはきょとんとして女性を見つめている男性。そして、彼女の隣に座り、はぁとため息を付いてる女性の三人がいた。


「だーかーらーねぇ!何で私に構うのよぉ」
「………ねぇ、友人の苗字さん。弥生って酔うとこうなるの?」


 頬を火照らせている弥生はジョッキを持つ。ゴクゴクと勢いよく酒を体に取り込む。そして、ジョッキをガンッとテーブルに置くと目の前にいる清光に文句を言った。彼女の口調からは普段の彼女とかけ離れている。そんな姿に清光は戸惑いを隠せないらしい。彼は困ったような顔をしながら弥生の隣にいる友人の名前に問掛けた。


「そうね。弱いのよ、この子」
「ちょっとぉ、聞いてますっ!?かしゅー君」
「はいはい」


 彼女は彼とは違い冷静な態度で枝豆を摘みながら問いに答える。弥生のこの変貌には慣れた様子だ。この二人の会話から見て取れるように話題の中心人物である弥生はどうやら酔っていることが手に取るように分かる。
 弥生は自分の話を聞いていないと思ったのだろう。むっとした表情をしては清光に問い掛けた。彼は子供をあやす様に苦笑しながら聞いてるとばかりに生返事をする。


「君!大学でイケメン〜とか言われてぇ、目立つの!私目立ちたくないのぉ〜…分かる!?」
「はいはい…」


 彼女は自分の気持ちが彼に伝わってると思えなかったのだろう。キッと睨みつけて必死に自分の気持ちを分かってもらおうと言葉を紡ぐ。彼は弱々しく返事を返すが、彼女の意思が伝わっているのかは見て取れない。彼女の彼に対しての注文は続いていた。


「この話、何度目よ」
「五回目」


 呆れた顔をしてコソッと斜め前にいる清光に友人の名前は問い掛ける。そう、弥生の彼に対しての文句は全く同じ。何度も聞いている二人には飽き飽きしていたのだ。回数を聞かれた清光は眉下げて答える。どうやら彼は回数を数えていたようだ。


「何か文句でもあんの?」
「ないない」


 二人がコソコソ話してることが気に入らないのか。弥生は目を据わらせたまま問い掛ける。清光は困ったように笑いながら彼女の問い掛けに否定するとジョッキに入っているハイボールを口にした。弥生は彼の態度に納得いかないのかじとっと見つめる。


「まあまあ、加州君のファンは多いけど。加州君、普段クールだけどアンタと絡んだ時は表情豊かになるからってファン公認されてるから問題ないわよ」
「いや、意味わかんないからぁ…」


 流石に清光が可哀想になったのだろう。友人の名前は仲裁に入った。目立っても問題ないと安心させるように言葉を紡ぐ。しかし、それでも弥生は納得出来ないようだ。彼女は文句を言うと机にうつぶせになった。


「…友人の苗字さん、それどこ情報……それ」
「んふふふ…さあ、何処からでしょうね?」


 清光は冷や汗をかく。そんな情報は彼の耳には届いていないのだろう。目を細めて自身の持つ疑問を彼女にぶつけた。しかし、彼女は何処か怪しい笑い方をする。頬に手を添えて首を傾げながら問い掛けに答えることはしない。逆に問い掛けるだけだ。どうやら答える気は無さそうだ。


(……こわっ)


 彼女を敵に回してはいけない。直感的に分かったのだろう。彼は彼女の笑み一つで頬を引き攣らせた。


「それにぃ…私は…ぁ………」
「あら、寝ちゃった」


 そんな二人の会話を聞いているのか。否か。まだ文句を言い足りない弥生はうつ伏せになりながらも言葉を紡いでいた。しかし、それは途中で途切れてしまう。
 何も発言しなくなった彼女に清光は首を傾げた。弥生の隣にいた友人の名前は彼女の顔を覗き込むとクスッと笑みを零す。どうやらて弥生はそのまま眠りについたようだ。


「嘘でしょ…まだ1杯も飲んでないじゃん」
「仕方ないわねぇ…じゃ、お先に」


 弥生が寝落ちした事実に驚きを隠せないらしい。清光は目を見開く。何故なら彼女のジョッキの中に入っているお酒は半分も減っていないからだ。しかも、彼女のジョッキに入っていたのは酒と言ってもカシスオレンジ。そんなに強い酒でもない。しかし、目の前には気持ち良さそうに眠る彼女の姿だった。友人の名前ははあとため息を付くとタっと立ち上がる。彼女は伝票を持って先に帰る素振りを見せた。


「は?ちょっと、帰るなら連れて帰んなよ…!」
「女が女連れて帰ってどうするのよ」


 清光は弥生を置いて帰ろうとする彼女にも驚く。友人の名前に慌てたように言葉を投げかけた。気を許した友人だとしても清光は男だ。男の元に女友達を置いていくなんて危険だと思うのが普通だからだろう。清光は健全的で常識を持っていたからこそ、彼女に健全的な言葉を吐く。
 しかし、友人の名前は何言ってるの?とばかりに彼へしれっと言葉を返した。彼女は付け加えるように女ひとり連れて帰るの大変なのよと言葉を零す。


「いや、でも、男に任せるって…」
「据え膳食わぬは男の恥!」


 清光は何とか友人の名前を説得して同意を得ようと言葉を掛けた。けれど、彼女は彼が言葉を言い終わる前にぐっと拳を握る。まるで送り狼になれとでも言うように言い切った。


「…………女の人が言うセリフじゃないと思う」
(友達売ったよ、この人…)


 女性らしかぬ台詞に清光は肩透かす。目を細めながら冷静に突っ込むように言葉を返した。内心では友人をあっさり男に渡す彼女に若干引いたようだ。


「加州君だからいいのよ。それじゃ、弥生のことよろしくね♡」
「って、え、あ、ちょ………本当に置いて帰った…」


 友人の名前はクスッと笑う。彼の言葉に聞く耳持たずに清光に彼女の友人である弥生を任せた。今度三人で会計しましょなんて台詞を吐きながらスタスタと会計まで歩いていく。どうやら、とりあえずまとめて彼女が払うつもりのようだ。
 清光は彼女を止める言葉を掛けるが止まることは無い。そのまま角を曲がると彼女の姿は見えなくなった。眠って無防備な弥生を置いて追いかける訳にも行かない。彼は呆然としてポツリと言葉を零した。


「……」
「……全くアンタも少しは警戒しなよ、無防備すぎ」


 そんな二人のやり取りを知らずに気持ちよさそうにすやすや眠っている。弥生は酒が入っている為、頬を赤くさせていた。人の気も知らない彼女に清光は複雑そうな表情を浮かべる。彼女の額にコツンと自身の右手を軽く当てた。んん…っと眉間にシワを寄せるだけの彼女にクスッと笑っては席を立つ。


「よいっしょっと…」
「………んね…」


 彼は彼女の座ってる席に近付いて彼女の体を起こし、背負う。所謂、おんぶだ。彼女が落ちないように背負い直すと彼女の頬から一粒の涙が零れる。そして、何かを呟いていた。


「え…?」
「…守れなくて、ごめんね……」


 何を言っているのか聞き取れなかったのだろう。彼はきょとんとした顔をしては不思議そうに問い掛ける。彼女は彼の声が聞こえているのか定かではない。けれど、もう一度苦しそうな声で誰かに謝罪の言葉を零した。


「何、を…?」
「や…く…そく……」


 彼は目を見開いて驚く。本来、寝言に対して問いかけたりすることは避けた方が良い。しかし、彼は自身に言われているように感じたのだろう。彼女に思わず問い掛けた。
 彼女はぐすっと鼻をすすって彼に答えるようにぽつりぽつりと言葉を紡く。彼女は答え終わるとスーっと彼の背中でまた眠りについた。


――うん、傍にいてね。清光


「っ!」
(もしかして、…いや、…まさかね)


 遠い昔にした約束。それを思い出した彼は瞳を揺らして言葉に詰まらせた。彼は自身の背中に身を預けている彼女の体温と重みを感じながら淡い期待を胸に秘める。地面を見つめながら、帰宅するために歩き始めたのだった。



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