私は惚れっぽい。
そこにはちゃんと理由があって、……たいした理由でもないけど。
生まれてからこの方、大切にされたことがない。孤児だったからもあったけれど、私は行動が遅い。とにかく遅かった。
だから、とろいとろいっていつも言われてた。挙句の果てにはとろ子なんて渾名を付けられるほど。
安直すぎる渾名だけど、とろいのは自覚してたし、反論なんてできなかった。
で、たまーに優しくしてくれる人がいるんだ。
そういう人はだいたい男の人で、いつも惹かれて、恋をして……騙される。
これを何度繰り返したのかなんて……
え、聞きたい?聞きたいの?
まあ、ざっと言って……
百回はくだらないよね。
なんやかんやあって、育手に拾われて。
体を鍛えて行く過程で、とろいと言われた動きも普通よりは早くなった、と思う。
そして、最終選別に生き残って、鬼殺隊の仲間に囲まれて。
今まで生きてきた世界より、ずっと厳しくて辛くて苦しくて悲しいけれど、私を蔑むことなく対等に扱ってくれる人たちに出会えたことは幸せだと思う。
善逸二号。
私が惚れっぽいことを知る隊員にそう呼ばれることがある。
いや、なんですか。それ。
善逸さんと全然似てません……って言うと呆れた目を向けられるか、憐れな目を向けられるかのどちらかだ。
傍から見たら、私達は似た者同士らしい。
いや、あの人。
禰豆子ちゃん一筋じゃないですか。
女好きっぽいけど。
だから、私から見たら全然違うと思う。
そういえば、周りは深い。
深い、深いため息を付く。
善逸さんは泣き虫でうるさくてやかましいけど、凄く優しい人。
それは分かってる。
いつも私が変な男を好きになると全力で止めてくれるから。
それでも、突っ走るのが私なんだけど。
でも、騙されて、振られるといつも慰めてくれるのも善逸さんだった。
――っ、〜〜〜〜〜〜〜〜ああああああああああああああああ!!言っちゃった!!言っちゃったよね!?聞いちゃったよね!?もうっ!!覚悟しといてね!?
でも、でもね?
私、こんなことになるなんて予想外だったのですよ。
だって、貴方、禰豆子ちゃんの名前を叫びまくってるじゃないですか。
言われちゃいましたよ。
聞いちゃいましたよ。
覚悟……?え?ん??
頭の中で返答はすれども、彼の言っていることがいまいちしっくり納得できてない。
だって、人に好かれたことがないんだもの。
惚れっぽいけど、告白なんてされたことは一度もない。
自慢じゃないけど。
でも、目の前の人は顔を真っ赤にして、目は至って真剣だ。
え、やだやだ。顔が熱くなる。
ていうか、勢いに押されて返事しちゃったんだけど……どうしたらいいの!?
そんなことが……ひと月前にあったんですよ。
あれから、任務。
任務任務任務任務任務任務。
お互いに任務に追われる日々で顔を合わずにいた。
会ったとしてもどんな顔をすればいいのか分からないから、私としては有難かった。
正直。
あの言葉を言われてから、善逸さんのことしか考えられなくて。新しい恋をすることもなくて。
本当、いつもなら惹かれそうな男性に惹かれなかったんだよ。
自分でも驚いちゃったよ。
そんなことをして、善逸さんのことをばかり考えて任務してたから、やらかしまして。
いや、もう。あの人のせいにするよ。
本当のことだもん。
任務中に他のこと考えて集中できてない私がいけないんだけども。
そんな私は怪我をして只今、蝶屋敷にてお世話になっております。
「怪我人が何してるんですか!」
「…あ、アオイさん……ちょっと考え事…」
縁側に座って、不規則にうようよと飛んでいる綺麗な蝶を茫然と眺め、ひと月前のことを思い出していると眉間にしわを寄せ、腰に両手をあてたアオイさんが現れた。
いつもの如く、怒っている。
いや、怒らせてるのは私だよ。
冷静な自分がそうツッコミを入れてる。
けれど、ごめんなさいね。
今、アオイさんの説教もどうでも良いくらい悩んでるのよ。
次、善逸さんに会ったときにどんな顔をすればいいのかなって……ほんっっっっっとに!わかんないんだよぉぉぉ!!
「考え事なら、尚更!ベッドの上でやってください!!」
「いやぁ……殺風景な場所で考え事って拷問です?」
「だったら、怪我して帰ってこないで下さい!!」
頭の中で彼女に言いたいことはつらつら出て来るけれど、それを越えに出すことは出来ない。
いや、言える訳ないでしょ。
善逸さんのこととか。善逸さんのこととかさあ。
プンプンと怒り続けながら、アオイさんは私に病室に戻るようにいうけれど、その気にならない。
だって、真っ白な部屋に窓があるだけなんだもん。
元々、女性隊員が少ないこともあってか。
私以外に病人いないし、つまんないし。
真面目な顔をして彼女に首を傾げながら、自分の思いを伝えるとアオイさんはふるふると肩を震わせ、先ほどより大きな声で言葉を紡ぐ。
確かに。
正論すぎて、ぐうの音も出ない。
「まったく……考え事って善逸さんのことですか?」
「えっ、何!?何で!?超人!?……っ、〜〜〜〜……」
「……本当に善逸さんの気持ちに気が付いてなかったんですね」
アオイさんはため息をつくと、何故か私の隣に座り込んだ。
え、いいの?
私を連れ戻しに来たんじゃないの?
そんな疑問が浮かんだけれど、彼女の次の言葉にそんな考えは吹き飛ぶ。
いや、吹っ飛んだわ。
私の顔は赤いと思う。熱いもん。
てか、何でアオイさん、私の考えてが分かるの!?
超能力者!?こっっっっっわ!!
慌てて叫ぶと負傷した骨に響く。
地味に痛い……嘘、超絶痛い。
声に出すことを抑えてるけれど、痛みは治まらなくて。
そろりと手で痛む箇所を触れた。
アオイさんは先程より深くて長いため息を吐くと、ボソっと言葉を零す。そ
れはもう、善逸さんを憐れんでいるようにさえ、見える。
気のせいかな?
「……だって、いつも私の恋愛相談乗ってくれてた人が、好いてくれてたなんて誰が思います?」
「まあ……それはそうですけど、わかりやすいじゃないですか」
この際いいや。
話がわかってて相談乗ってくれそうだし、アオイさん常識人だし、聞いてみよう。
そう思って、私はじーっと彼女の目を見つめながら問いかけた。
女の子として意識してないだろうと思ってた人が実は意識してました。
なんて言われたら、誰だって驚くし、戸惑うと思う。
その気持ちは分かってくれるらしい。
でも、呆れた顔をしてアオイさんは言葉を零す。
善逸さんってそんなにわかりやすいですか?
禰豆子ちゃん贔屓してるから、全然禰豆子ちゃんが好きだと思ってましたよ?
そんな疑問が頭の中で浮かぶけれど、それ以前の問題です。
まだ別の問題が残ってるんです。
「私、惚れっぽくて好きになるけれど、好きになられた事、ないんです。一度も」
「…………」
真剣な顔で重大なことを言ったと思う。
自慢じゃないけど、本当にないのだから仕方ない。
アオイさんは顔に手のひらを当てて、肩の力を脱力させるだけで、返答がない。
あれ、私、何か余計なこと言っちゃいました?
炭治郎さんみたいに鼻良くないし、善逸さんみたいに耳良くないんだから分からないですよ?
「アオイさん?」
「いいえ……でも、今まであなたが好いた方より大分ましだと思いますよ」
沈黙が長すぎて怖くなった私は恐る恐る彼女の名前を呼んだ。
アオイさんは顔から手を離し、何とも言えない表情を浮べながら、首を横に振る。
そして、何やら核心的なことに触れてきた。
……ん?
これはアオイさんに薦められてるのかしら?
確かに、今までの男は二股、五股、借金、賭博、暴力……ごほんっ、とにかく色々最悪だった。そんな男共と善逸さん比べ物にならないくらいあの人は優しくて強くて人としていい人だ。
「あの人の気持ちに気付かないまま、今まで知らずに相談して甘えて…傷付けてたんですよね……」
「……それは善逸さんが決めることであなたが決めることじゃないと思いますよ」
「どういうことです?」
そう、知らなかったとは言え、甘えてきてしまった。
自分じゃない人に恋する姿を見て、心配して止めて、泣けば慰める。
自分の気持ちを押し込んだまま、それをするのはどんなに苦しくて、辛かったんだろう。
もし、私が同じ立場だったら出来ない。
苦しいし、泣きたくなるもの。
それが分かってるから、善逸さんに対して罪悪感を覚えてしまうから出た言葉だった。地面をじっと見つめて、零した言葉にアオイさんは優しい声音で紡いでくれた。
ただ、私にはその言葉が分からなくて、彼女を見て首を傾げてしまう。
肝心なところで理解できない私はバカなのかもしれない。
「善逸!こんな所でどうしたんだ?」
「ぴぎゃっ!?」
アオイさんの言葉を待っていると炭治郎さんの声が聞こえた。
その次の瞬間、変な鳴き声も聞こえてきた。
炭治郎さん、善逸って言ったよね?
…ていうことは、え、いるの?
そう思って恐る恐る後ろを振り返れば、そこには顔を真っ青にした善逸さんと不思議そうに首を傾げてる炭治郎さんの姿が見える。
もしや……もしやぁ!?
「盗み聞きですか!?耳いいのになんでそんなこそ泥みたいな事するんです!?」
「違っ!俺はただ、怪我したって言うから見舞いに行こうとしたら、たまたまここで俺の話をしてて……」
「善逸さんの顔見たくないんで、面会謝絶です!!ご心配ありがとうございましたあああああああああああああ!!」
私は盗み聞きされた怒りからなのか、この間の告白やら先程のを聞かれていたことへの恥ずかしさからなのか。
顔を先程よりも赤く…いや、もう、全身真っ赤になるんじゃないか。
それくらい身体が熱くなるのかを感じながら、早口で善逸さんに文句を言っていた。
善逸さんは慌てて言い訳をしているけれど、そんなの入ってこない。
聞かれた。
その事実だけが私の中で膨大な情報量として支配していたから。
彼が言葉を紡いでる途中で我慢出来なくて、私は大声を上げて遮ると物凄いスピードを出して、自分の病室へと戻った。
ほら、とろ子なんて言われてた私がこんなに早く走れるんですよ。
正直、どうでも良いことなんだけど、そんなくだらない事を考えて現実逃避しながら、その場を去った。
「うぇっ!?ちょ、ちょっと!!」
「え!あっ、待ってください!!怪我が悪化したら、どうするんですか!!」
私を制止する声が二つ聞こえるけど、止まりたくなくて走り抜ける。
ああ、またアオイさんに怒られるけど、仕方ない!
これは私の心を守るためだ!
そう、自分を正当化して、聞こえないふりをするけど、アオイさんは私の身を案じてだろう。
追いかけてる気がする。
「……善逸、すまない」
「ほんっっっとうだよ。とんでもねぇ炭治郎だよ。お前は。どうしてくれんだよ」
「………ま、まあ…落ち着けば話し合える!……と思うぞ」
「っ、はああああああああああああああああああああ……」
取り残された二人がそんな会話をしていたなんて、私は知らない。