#10




 ザアザアと雨音が激しくなる中、明莉はびしょびしょに濡れていた。
 雨に打たれていれば当然と言えば当然なのだが、彼女はそれでも決して雨宿りをしようなんて考えていない。


(今なら…今なら、雨の音で聞こえない…今なら誰の耳にも届かない…)


 俯いていた彼女は顔を上げて、すぅっと息を吸い込むと歌い始めた。



――貴方よりも一つ歳を重ねて…
追いかけてきた背中はここにあったから
でも…貴方はどんなに探しても
ここにはいないのそんなこと分かっているのよ


 雨が彼女の歌にリズムを刻んでいるかのようにひどくマッチしていた。
 悲しそうに微笑みながら、大切な“誰か”に向けて歌っているかのようだった。


「……雨の中で歌っちゃだめだよ」
(…っ!!)


 無我夢中で歌っていた明莉の耳に届いたので懐かしい人の声。ずっと…本当にずっと聞きたかった声だった。
 聞けるはずのないその人の声に驚き、目を見開いた彼女はすぐさま後ろを振り返った。


(……分かってる、分かってるよ。会えるはずがないことは)
「〜〜〜〜〜〜〜っ、」


 後ろには誰の姿もなかった。今の時間は授業中。当然、渡り廊下に人がいるはずもなかった。
 しかし、聞こえた声の方をずっと見つめて彼女は涙を流した。
 ただただ静かに涙を流していたのだ。


「………………」


 もう神宮寺レンと別れてからどれくらいたったのだろう。だいぶ時間は経っていることは明莉も理解していた。でも、動く気にもなれない。だから、その場にしゃがみ込んで雨と時間を共有していた。


「全く…貴女と言う人はこんなことろで何しているのです?」
(……ほっといて)
「…これ以上濡れると私も貴方も風邪を引きます。屋根のあるところまで行きましょう」


 そっと明莉に傘を差す人物が現れ、彼女の影にその人物の影が重なった。呆れたように彼女に声をかけた人は一ノ瀬トキヤだった。
 彼女は何も言わず、ただただ一ノ瀬トキヤを無視していたが、しびれを切らしたのか一ノ瀬トキヤは彼女の腕を掴み、校舎の中へと引き戻す。
 明莉はもう抵抗する気力もないのか彼に引っ張られるまま後を追うように歩き始めたのだった。


(…一ノ瀬さんって、タイミング悪い)


 抵抗する気力がない代わりに彼女は心の中で悪態をついていたのであった。


『…一ノ瀬さん、どうして…あんな所にいたの?』
「バイトが終わって学校に来たら貴女が縮こまっていたから声を掛けたんです」


 ちゃんと彼女に合わせて歩くトキヤは彼女に問いかけられた言葉に返答しながら屋根のある所まで歩いていく。


『…ほっといておいてくれて良かったのに』
「プロとしてあり得ない行動をしているのが分かってますか?雨に濡れたら風邪を引くでしょう」


 明莉は見えない表情で小さな声でトキヤに悪態を付くと彼は明莉の方を振り返ると彼女を鋭い目で見ながら説教する。


『…それで貴方に迷惑かけた?かけてないよね?なら、問題ないじゃない』
「本当に作曲家になりにきたんですか?正直、そんな感じはしませんが」


 トキヤが言っていることは正論だ。
 だからこそ彼女も販路うんすることは出来ないはずだったが、気持ちと理屈が交差しないのだろう。
 伏せていた顔を上げて怪訝そうな顔をしてトキヤに当たるように言葉を投げかけるとそんな態度を取っている明莉にトキヤはとても冷たく言葉を放った。


『ふふ…そう感じるならそれが正しい。入りたくて入ったわけじゃないもの』
「…そうですか」


 冷たく行ってくるトキヤに明莉は特に傷ついたりしていないのだろう。
 乾いた笑いをしては投げやりな言い方をしてトキヤに握られていた手首をぶんっと振り払うとトキヤは怒る気持ちを抑えているのだろうか、眉間に皺を寄せて一言言葉を呟く。


『一ノ瀬さんってさあ、お節介キャラだっけ?そういうの、嫌だからやめてくれない?』
「勝手にそんなキャラ付けするのはやめてくれませんか?」
『だったら、ほっといてよ!』


 明莉は人を小馬鹿にした態度でトキヤを煽るように言葉を紡ぐと温度を感じない声音で彼女の言葉を否定するようにトキヤは彼女を制止すると 明莉は俯いていた顔を上げてキッとトキヤを睨みつけて八つ当たりするように言葉を吐くと廊下を走って消えて行った。


「全く…貴方の彼女は扱いにくいですね」


 明莉の走り去っていく姿をじっと見つめては深いため息を付いては雨模様の空を見上げて困ったようにトキヤは笑った。



雨の後には、晴れ?曇り?

……答えは降り続ける雨




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