#9




(いっっって〜〜…)


 先程アイドルコースの女の子たちに呼び出しを食らい、頬を叩かれた明莉は頬を摩りながら、長い廊下を一人歩いていた。


『呼び出されたおかげで授業遅刻じゃん。サボってもいいよね…』
「やぁ、レディ。君が授業に出てないなんて珍しいね」
『……。』


 ポツリポツリと降り出す雨を見上げて、不真面目なことを独り言のように呟いていると後ろから声がかかってきた。
 珍しい人に声を掛けられた明莉は後ろを振り向かないまま少し戸惑いの表情をして固まっていた。


「無視は寂しいなぁ…」
『無視はしてない』
「おや、今日は君の声が聞けると思わなかったな」


 レンはわざとらしく困った顔して肩を落とす。そんな彼に呆れた明莉は一つ息を吐くとめんどくさそうに言葉を発した。
 いつも彼女は授業以外はスマホや直筆で会話を成り立たせていた為、レンは珍しい明莉の行動パターンに目を見開いていた。


『別に…私の“声”ではないし。…ねえ、いつになったら歌うの?サックスさん』
「ああ、リンゴさんの声を借りてるんだっけ?君の声が聞いてみたいなあ」
『……人の話聞いてるの??』


 レンの一言が癪に障ったのか明莉は眉を潜めては否定の言葉を紡ぐ。そして、ぽつぽつと降り出した雨を見つめながら、彼が触れられたくないことだと分かり切っていたが、さらりと明莉は歌について触れた。
 レンは低く甘い声で本当の“声”が聞きたいというものだから、明莉はいらいらした様子で彼に身体を向けて眉間に皺を寄せて問い詰めた。


「ああ、聞いているよ……オレを本気にさせたら歌ってあげるよ」
『…じゃ、これ聴いておいて。言っておくけど、返却不可だから』


 さっきまで甘い顔、甘い声で囁いてきたレンだったが、明莉の問いが来た途端冷たい顔、冷たい声になった。
 いつも女の子にするサービス精神旺盛な彼からはあり得ない程、上から目線の物言いでもあった。しかし、明莉はそれに対して臆せず出来上がっていた“彼の為”の曲のデータをぽいっと投げては渡り廊下から雨降る空の下へ歩き出そうとした。


「おっと…ちょっと、待って。君はどこへ向かってるんだい??」
『…雨の中。今、雨に濡れたい気分』
「風邪引いてしまうよ」
『違うでしょ…濡れたところで風邪しか引けない』

 投げたデータをレンはキャッチしてはすぐ明莉の腕を掴んで空の下へ行こうとする彼女を止める。行先はどこなのか何となく分かっていながらも何処に向かっているのか問いかけた。
 明莉は少し間を空けてから行き先を言うとレンは眉を下げながらやめるように促すが、
 彼女は頑なに否定しては悲しそうな声音で小さく呟き、制された腕を振りほどいて雨の中へと歩いて行った。
 その様子があまりにもいつもの彼女とは違う気がしてレンは茫然と彼女の後姿を見送っていた。


(そう…風邪は引くことは出来ても死ぬことは出来ないんだから…そんなことはどうでもいいの)


 スタスタと歩く明莉は空から降る滴を見上げては今にも泣きそうな顔をしていた。
 彼女が涙を流していたかどうかは雨のせいで誰にも分からなかった。



降り出す雨と

不思議なパートナー




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