♯22




 今日は四月最後の土曜日。
 地球温暖化のせいで、五月手前だというのに夏のような日差しが差す。
 二人の生徒はじわりと汗を額からにじませながら、Sクラスの教室で打ち合わせをしていた。

『来栖くんはどんな曲、歌いたいの?』
「そりゃ、俺様らしく元気でかっこいい曲だろ」

 バタバタとファイルで煽ぎ、少しでも涼もうとしている明莉は目の前に座っている少年に問いかける。
 彼は机にうつ伏せになり、ひんやりした机を堪能していたが、問いかけにガバッと顔を上げ、グッと拳を作り、答えた。
 どうやら、夏に近い暑さよりもかっこよさを取ったらしい。

『なるほどねぇ…あ、音域確認していい?』
「おう!」
『んじゃ、発声練習がてら高低の出る限界までやるからキツかったら手を上げてね』

 返ってきた答えに天井に目を向けて納得すると明莉は思い出したようにポロロンっと鍵盤を弾き、言葉を投げかけると翔はニッと口角を上げて微笑んだ。
 その様子に彼女は目を細めてふっと笑みを浮かべると和音奏でる。

「おう……ってか、お前なーんか慣れてね?」
『……気のせいじゃない?』
「そーか?」

 こくりと頷くとふと疑問が浮かんだようだ。
 翔は首を傾げて問いかけると明莉はピタリと動きを止め、ぎこちない笑顔を向けて同じように顔を傾ける。
 彼はその言葉に納得がいかないのか。眉を寄せて反対側に首をひねった。

『ほら、時間ないんだから始めるよ』
「お、おう!」

 無理矢理話を軌道修正させると翔はぱちくりとしてこくこくと頷く。

(…あ、いい声……ハキハキしてて清々しい感じ)

 和音を引き始めるとそれに合わせて彼は声を発していくが、とてもクリアで響く声。
 それに彼女は表情を和らげた。

(やっぱり……歌は性格が出るなぁ)

 それに加えて伝わるのは真っ直ぐで素直な声をしている翔に楽しそうにピアノを弾き続ける。
 二人は上の音域から下の音域まで彼の声域を試し続けた。

『おお、意外と高音域いけてるね…でも、二つ前からあんまり声が伸びてなかったから……大体ここら辺が歌うならいいかもね』
「ああ、確かにそうかもしれねぇな」
『んで、低音域は1つ前の方が良さそうだね…でも、発声練習していけばここら辺まで出そう…高音域ももっと伸ばせそうだね』

 発声を終えたのだろう。彼女は感心したように翔に顔を向けると彼が出せる音域ギリギリを指摘し、そこをポーンと音を鳴らさせながら、言葉をかける。
 その指摘は自身でも感じられたらしい。翔はこくりと頷き、同意すると今度は低音の音域に対して伸べれば、笑みを見せた。

「……お前、」
『へ?』
「言葉がめっちゃ的確だな」

 その表情を見たことがなかったのか。彼は目をパチパチとさせながら、じっと明莉を見つめてぽつり言葉を零すと彼女は素っ頓狂な声を落とす。
 じーっと鋭く刺さるその視線を向けたまま、翔はまた彼女へ言葉を紡いだ。

『え、あ、偉そうにごめん…?』
「え、ああ!そうじゃないんだ!ただ、的確にそこまで言える奴初めて見たから驚いちまったんだ」

 その言葉に主張が強すぎたのかもしれない。
 そう感じたのか。明莉は眉を八の字にさせると彼は顔の前に両手を出し、横に振ると自分の言葉に対して誤解を生んだかもしれないと思ったらしい。翔は慌てながら、言葉を選ぶと申し訳なさそうに頭をかけば、どうしてそう言ったのかを告げた。

『ど、どうも?』
「レンの奴も勿体ないことしたよなー」
『まあ、仕方ないよ』

 まさかそんなことを言われるとは思いもしなかったのだろう。彼女は戸惑った表情を浮べて首を傾げると翔は頭の後ろで手を組み、呆れたように言う。
 しかし、それに対して同意する気にならないらしい。明莉はふぅっとため息を付き、眉を下げた。

「仕方ない?」
『彼には彼の事情があるんだろうしね』
「ふーん?」

 彼女の言葉に違和感があるようだ。彼は疑念の目を向けて、小首を捻る。
 それに対して深く話すつもりはさらさらないようだ。明莉は曖昧に言葉を並べると翔は納得しているような顔をしているが、深く掘って話を聞く気もないのが窺える。

『ね、来栖くんの歌う曲のイメージこんな感じはどう?』
「めっちゃいい!」

 彼女はそれに少し安堵したように息を零し、何かひらめいたかのように視線を上に向けるとピアノの鍵盤を弾き始めた。
 明莉の指が弾き、奏でるそれは来栖翔と言う人間を音で表したようにテンポが速く、元気な曲。
 自分のイメージに合っているのか。彼はぱあっと明るい表情を見せて笑顔を見せた。

『じゃ、これをベースに作ってくるね』
「おう!…お前ってやっぱ音楽が好きなんだな」
『え…?』
「いや、ほら……レンと組んでた時、嫌々曲作りましたー!!って感じだっただろ?」

 その顔を見て彼女は口角を上げる。それは子供のように無邪気な顔にほだされたのかもしれない。
 明莉は鍵盤から手を離してノートとペンを手に取り、楽しそうに書き込み始めるとその様子に翔は不思議そうな顔をしてじっと見つめた。
 彼から投げかけられた言葉に手を止め、彼女は目を大きく開く。
 音楽が好き。
 その言葉が自分にとって遠い存在だと思っていたのかもしれない。だからこその反応だ。だが、翔は明莉の反応が意外だったようだ。戸惑ったような顔をして首を傾げる。

『あー……まあ、そうだけど……好きじゃないよ』
「はー!?絶対好きだろ!!今、曲作ってたお前はすっげー楽しそうだった!!」

 彼からの言葉に肩を落とし、申し訳なさそうに言葉を返すが、翔のイメージだと元々彼女はやる気のない人間だった。
 それなのにも関わらず、一緒にパートナーを組んで垣間見える笑顔に明莉の言葉は本心に思えなかったのだろう。
 彼は驚いたように声を上げ、前のめりになって自分がそう思った理由を口にする。

『…好きじゃなくても意外と伝染するもんなんだよ』
「伝染?」
『来栖くんは歌うの好きでアイドルになりたいって全力で表現してくれるから頑張ろうって思える』

 彼女は歯を食いしばり、ぐっと感情を抑え込むと冷静に言葉を紡いだ。
 それはなかなか伝えるに適していない単語だったからか、翔は目をぱちくりさせると明莉はコクリと頷き、その意図を口にした。
 来栖翔と言う人間が全力で、必死に頑張る姿に動かされた、ということらしい。

「…じゃ、レンの時はどうだったんだよ」
『サックスさんは……あの人、めっちゃ面倒な人だよね。素直じゃないって言うか……繊細というか……でもま、あの時はあの時なりに真剣に曲は作ってたよ。あの人の為の曲をね』

 そこで一つの疑問が生まれる。
 彼女の前のパートナーだった神宮寺レンは頑張る気なかった。まるで、そうともとれるニュアンスだったから、彼は眉間にシワを寄せた。
 明莉は譜面台に置かれた白紙の五線譜をぼーっと眺めながら、言葉を口にする。それはとても複雑そうに。
 でも、自分の出来ゆる力でやったのは確かなようだ。彼女は翔の方へ顔を向ければ、眉を下げてどこか悲しげに微笑む。

「あいつが繊細???…でも、あいつ多分気に入ってたよ」
『そうかなぁ』
「ぜってーそうだって!だって、歌わないくせに曲は提出したってことはそうだろ?あいつ言ってたじゃん。“何でチャンスを潰したんだ”ってさ」

 しかし、明莉の言葉はあまりピンと来ていないらしい。
 彼からするとそんなふうには見えないからだろう。だが、一つだけ分かる事実は彼女が作る曲を気に入っていたということだけ。
 それだけを伝えようとするが、明莉は認めらる気がないのか。困ったように笑みを浮かべる。
 翔は力いっぱい肯定するとなんで、そう思ったのかを伝え始めた。

『そうだったらまあ、いっかな』
「お前にとっては初めての歌のテストだ、絶対二人で上を目指そうぜ」

 確かに言われた言葉。
 それを素直に受け取っていいものなのかがきっと彼女には分からないのだろう。
 曖昧に納得したように返事をすると彼はぐっと拳を握り、明莉に声をかけた。

『…はいはい、翔ちゃん王子の仰せのままに』
「あ、おまっ!ちゃかすなよ!!」

 その言葉にふっと笑みを浮かべるとあしらうように返事をする辺り、彼女は素直じゃない。
 あしらわれている自覚がある翔は眉を吊り上げて文句を言うと明莉は声を上げて笑った。

(来栖くん、ごめんね。音楽は……どうしても好きになれないんだよ、いつも私の大切なものを奪うから……でも、久しぶりに楽しいって思えたかも)

 言い当てられたことが胸に残っているのか。彼女は心の中で言葉を零す。
 それは音楽を悲しく、憎たらしく思っているかのように思えるものだ。
 しかし、一つ素直に認めるとしたら、それは音楽が楽しいと思えたことなのかもしれない。
 明莉が音楽に触れて、久し振りに笑顔でいられたのは今日が何年ぶりのことだった。



二人で作る曲は

楽しんだって初めて知る




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