先程翔を見送った明莉はがら空きになった教室を見渡していた。
『…誰も戻ってこなさそうだし、いい、よね…?』
教室の外…つまり廊下にも誰もいないことを確認して、明莉は教室にあるピアノを見てぽつりと呟き、ピアノへと足を向けた。
――もう貴方がいないこと分かってはいるけれど
貴方を置いて私の時は勝手に流れてる
ピアノの前に座り、蓋を開けてた明莉は目を瞑り一呼吸を置いてからピアノの鍵盤に指を走らせて歌を歌い始めた。
それはどこまでもどこまでも切なく悲しい歌声、曲。そのメロディはただただ明莉しかいないこの教室という名の空間で鳴り響いていた。
(…おや、まだ教室に誰かいるようですね。この歌声は…)
コツコツと廊下に鳴り響く誰かが歩く音。
廊下を一人で歩いている青年は廊下にまで聞こえてくるピアノの音と誰かの歌声を聴いては驚いた様子。
誰が歌っているのか気になったのか青年は自分の教室へと足を運んでいた。
どうして私だけが進むの?
貴方は止まったままなのに…
こんなことになるならこんな感情いらなかったのに――
明莉は自分の世界に入り込んでいる為、廊下に響く誰かの歩く音も耳には入ってこなかった。
サビを歌う彼女は更に感情を載せて歌ってい為、誰が傍にいても気配を感じてはいない。
教室の扉に青年が寄りかかって彼女の歌声を聴いていたとしても。
こんな感情…捨てさせてよ――
最後まで歌い終えた明莉は今にも泣きそうな顔をしては目を瞑り、一音人差し指で押した。
「あ…あー…あー…」
何度も同じ音を四分音符でリズムを刻み、それに合わせて明莉は声を出した。
『ここまでできた…大分進…ぽ、……っ!?』
ピアノから発せられる音と同じ音を声で出してリズムを刻んだ彼女は嬉しそうな顔してピアノから指を離して喜んでいた。
ふっと顔を前に上げると教室のドアに誰かが寄りかかっているのが見えて思わず驚いていた。
「…すみません。邪魔をするつもりはありませんでしたが」
『…っ、』
「素敵な歌声でした……それでは」
驚き顔を強張らせている明莉を見た青年は謝罪の言葉を掛けて眉を下げて彼女をじっと見ていた。
明莉は自分の歌声を聞かれたことに戸惑い何も言い返せない。彼女から返事がない為、青年は彼女に感想だけ伝えてさっさと教室を出て行ってしまった。
『…教室で練習するのやっぱ危険だ。やめよう、うん』
彼女からすれば青年の感想なんて余計なお世話だ。
聴かれたくないと思っていたのだから尚更。
こんなことがないように教室で練習するのを控えることを明莉は決意したのだった。
『そう言えば…名前なんだったけ。来栖くんと良く絡んでる…サイボーグみたいに完璧な歌の人。…ま、いっか』
先程感想を言って去って行った青年の姿を思い出して名前を何とか思い出そうと考えるが結局考えても思い出せなかった為、明莉は思い出すのを諦めたのだった。
彼女が放課後に会った人は
一ノ瀬トキヤだと知るのはまだ先のこと