【……サックスさん、練習】
「ああ、ごめん。今日もデートがあるから1人でやってね」
もうこのやりとりは何回目だろうか。パートナーを組んでから毎日Sクラスでは日課になりつつあるこの会話。
そして、レンは明莉にそう告げると教室から出ていった。
『あの野郎……』
「五十嵐、まだ一緒に練習出来てないのか?」
『来栖くん、なーんかいつもデートで忙しいんだって、サックスさん』
いい加減1週間も一緒に練習出来ていない状況にイラついてる明莉は喧嘩腰でレンの背中を見る。そんな彼女の背後から彼女に声かける少年がいた。
その声に明莉は振り向くと金髪の小さな男の子。翔の問いかけに彼女は黒い笑みで答えたのだった。
「そ、そうか……って、もう組んでから1週間経ってるけど大丈夫なのかよ」
『知らないよ、そんなの。一応作ったけど』
翔は彼女の黒い笑みを見ては引きった顔をして納得した。しかし、パートナーを組んでから一度も練習してないことを肯定した明莉を心配して翔は聞いたが、彼女は"知らない"その一言だった。
一応作ったという曲のデータを彼に見せて。
「え、作ったのか?」
『一応、ね。サックスさんの歌声を聴いてないから…中途半端な感じ』
「お前……頑張ってるじゃん」
翔は作ったという明莉のデータを見ては驚いて思わず聞き返す。明莉は一応と念を押して肯定したが…レンの声の特徴、音域を正確に分かっていないため、完成したとは言えないようだ。
そんな彼女の姿を見て感心した翔は彼女の額に自分の手の甲をコンっと当ててにかっと笑った。
『頑張ってるというか、仕事でしょ。課題だけど…やるべきことをやってるだけだし』
「いや、相手がやる気なかったら自分もやらない!って言いそうだったし」
明莉は翔に褒められると思わなかったのか照れているのか分からないが素直に受け止めようとしない。
そうすると翔は明莉がしそうな行動を眉下げて想像しながら言った。
『出来る事ならそうするよ』
「するのかよっ!」
『当たり前じゃん……でも、課題では流石に歌うでしょ。だから、作ってる』
翔の予想は的中しており、明莉は頷く。その様子に翔は左肩をずるっと傾けて突っ込みをした。
悪気もなく明莉は再度肯定した。しかし、課題のテストはレンも受けるだろうと思うから作っているとさらりと言う。
「まあ、課題はやるだろうしな、流石に。」
「…2人は仲が良いみたいですね」
翔も明莉の言う通りだと思い頷きながら同意した。
そんな二人の会話に入ってきた青年がいた。
「おっ、トキヤ。まーなー。な、五十嵐」
“一応、友達ってことになったので”
「おま…手話だと俺が分からねえ」
会話に入ってきたトキヤに気付いた翔が後ろを振り返り、トキヤの言葉に肯定しては明莉に促すように呼ぶ。すると、明莉は肯定するように首を縦に振り、手話をし始めた。
手話を急にする彼女に翔は真顔で困るっとばかりに言っていたのだ。
「そうですか、友人ですか」
“そうですって…手話分かるんですか?”
「ええ、理解はできますよ。手話はできませんが…」
「おーい、俺を置いていくな」
明莉は分からないだろうと思いながらトキヤに手話をすると彼は理解をして言葉を紡ぐ。
明莉は予想外の出来事で目を見開いて驚き、トキヤに問いかけると彼は彼女の問いに肯定して会話を続ける。
その二人の会話に入っていけない翔は遠い目をしながら大きい声で二人に言葉を掛けた。
「すみません…しかし、翔と話すときは声ですよね?」
「授業もそうだろ?つか、休み時間とかだとスマホか手話だよな。何でだ??」
『…声を使って話すのは…来栖くんはそうしろって言ってきたから。授業は前にりゅ…日向先生に協調性を持てと説教食らったから。休み時間くらいなら別にいいでしょ、迷惑かけてないし』
流石に会話に入れない翔が可哀想に思えたのかトキヤは翔に謝り、改まって明莉に問いかけてた。
そして、翔も同じように明莉に不思議そうに質問する。明莉は手話で話そうか少し悩んでから林檎の声を借りて二人の問いかけに答えた。
「へえ、なるほどなー。つか、それなら日常的に使えよ」
「面倒ではないのですか」
『まあまあ、慣れだよ慣れ』
明莉の答えを聞いた翔は納得したようにこくこく頷いていたが、“声”を使うように進めてきた。
トキヤには次の質問を投げられて、明莉は翔の突っ込みをスル―してトキヤの方を向いて彼の質問に答えた。
『ところで…君、名前何??』
「……はい?」
「お前…!!またかっ!」
トキヤが会話に加わり大分時間が過ぎたと思われる頃にふと明莉は真面目な顔してトキヤに名前を聞いてきたのだ。
予想外の出来事にトキヤは目を見開き、少し間を空けて眉を潜めてから聞き返した。
翔は呆れた顔して明莉の顔を見て突っ込んでいた。
『自己紹介の時に歌が機械的に上手い人、って認識』
「…一ノ瀬トキヤです。はあ……今更になってまた自己紹介をする羽目になるとは」
「お前な…1週間経ってそれはないだろ!?」
真剣な顔して、トキヤに対して思っていたこと…というよりもどういう人かと思っていたことを明莉は勝手に告げた。
トキヤはそのすがすがしいほど名前を憶えていない彼女に呆れた顔をして改めて自己紹介した。
クラスメートに2回も自己紹介することになるとは夢にも思わなかったため、深いため息をついていた。
翔は肩をわなわなさせては明莉も目の前に人差し指をビシビシ差しながら注意をする。
『そんなこと言われても、クラスメートなんてほぼ覚えてないし。つか、来栖くんと青木さんくらいしか今日まで覚えてない。…あと神宮寺さんだ』
「1週間で3人って…お前な…」
「凄まじいくらい記憶力の悪さですね」
指をビシビシ差された明莉だが、しれっとした顔してとても恐ろしいことを言い始めた。覚えた名前の人を上げながら指で数えていく。
しかし、1週間経った今でも名前を覚えた人はたったの3人という驚異的事実に翔とトキヤはただただ呆れるしかなかった。
『言っておくけど、覚える気がないだけだからね?』
「なお悪いっ!」
「………。」
記憶力が悪いとトキヤに言われて明莉は少し拗ねた顔をして“覚えられない”のではなく“覚える気がない”のだと言うと翔は眉間に皺を寄せて明莉を責め、トキヤは黙って額を抑えていたのだった。
一週間が経過して練習できない代わりに
やっと4人目の名前を覚えました