会うのは必然で




 何回。ううん、何十回。 もしかしたら、もっとかも。
 それぐらい面接を受けた。それでも、喉から手が出るほど欲しい結果は手に入らない。

 やる気が出ない。もうヤダヤダ。真面目に頑張って来た。
 それでも、結果が出ない。合わない会社だったんだ。
 そう、ポジティブに考えて来た。

 けれど、これだけ落とされると私が何処かおかしいんじゃないか。
 そんなことまで考えちゃう。
 しかも、全然雨なんて降ってなかったのに。

 何この土砂降り。傘なんて持ち合わせてないよ。
 心の中で文句を垂れるけれど、心のもやもやは晴れることはない。

 やばい。泣き出しそう。そんなことを思ってた。
 ふっと前を見ると傘を差して歩いてる男の人の手首に赤い何かが目に焼き付いた。

 黒いスーツに身を包んでいるから余計に目に付いたのかもしれない。
 茫然とそれを眺めながら、足を動かしていると手首に巻かれていた紐が緩む。

 あ、解ける。
 そう思った瞬間に男の人の手首から赤い紐は離れて行った。

 私は思わず、赤い紐を拾って男の人に渡そうと追いかけた。
 だけど、手の中にある赤い紐しか見ていなかった私はこの紐の持ち主の特徴なんて分かるはずもなくて。
 見失ってしまった。
 色とりどりの華のような傘の群れをかき分けて探したけど、やっぱり誰だか分からなくて。
 仕方なく私はこの迷子の赤い紐と共に帰ったんだ。

 
◇◇◇


「あ、戻ってる…!!」

 起きて、上を見上げるとそこは見知った天井。彼女はガバっと飛び起きては姿見に向かった。そして、そこに映し出されたミディアムヘアの女性の姿に歓喜の声を上げる。どうやら、元に戻ったらしい。

「立花さんに報告!!」

 彼女はこの嬉しい気持ちを誰かと共有したかったのだろう。共有出来る人物なんて限られる。むしろ、1人しかいない。スマホを手に持ち、SNSのアプリを起動させる。

〈何だか知らないけど、戻ったな〉

 自分が連絡する前にどうやら彼は気が付いていたようだ。開いたDMには簡潔な言葉が羅列されていた。

「立花さんってなんか、冷静?大人だから落ち着いてるのかなー…」

 嬉しそうな姿が文面から伝わらない。それが彼女にとって不服なのかむっとした顔をしてぼそぼそとぼやいた。

〈やっともどったんですよ!もっと喜びましょうよ!!〉
〈喜んでるって〉

 名前は喜びが伝わらないとばかりにレスポンスを返す。しかし、彼の返信はまたあっさりとしている文面。すぐに終わってしまいそうなやり取りに困った顔をする。そして、彼は立て続けに送信した。名前は届いた文面に目を見開く。

〈まあ、戻ったんだから会わなくていいよな〉
〈…そういえば、そうですね!〉
〈じゃあな〉

 今日、会う約束をしていたことだ。けれど、もう問題は解決したのだから会わなくていい。そういう結論に至ったのだろう。彼女もそれは理解できた。だから、心とは裏腹の言葉を返す。そして、彼から来た素っ気ないお別れの言葉。それに何処か悲しそうな顔を浮かべた。

「………会ってみたかったな」

 彼女はアプリと閉じるとベッドの上で体育座りする。そして、抱える膝の上に顔を埋める。彼に同意した言葉と裏腹の本音をぽつりと零した。

「シャワー浴びよっと!そのあと二度寝!」

 顔を上げて、ぶんぶんと顔を横に振る。それは沈みかけてる気持ちを振り払う様に。彼女は入れ替わって風呂に入れていなかったことを思い出すとベッドから立ち上がり、風呂場へと歩き出した。

「……返事無し、か」

 別れの言葉を送信してから、何かしら返事があると思っていたのだろう。瀧はじっとDMを見つめるが、何も変わらない。通知も来ない。彼が出した言葉を最後にやり取りをやめた事を理解したのだろう。はぁとため息を付いた。

「ふわあ…寝た気がしないな…シャワー浴びたら寝るか」

 彼もまたベッドから起き上がると風呂場へと歩き出したのだった。

 
◇◇◇

 
「………」

 瀧は二度寝から目を覚ましたようだ。しかし、その割には眉間に皺を寄せて怪訝そうな顔を浮かべている。

「………何で…!?」

 むくっと上半身を起き上がる彼は自分の胸部を見た。そこにはあるはずのものがない。大きくもなければ小さくもない。中くらいの山がないのだ。つまり、また二度寝したら、入れ替わっていたのだ。

「立花さん……も、訳分かんない…やっぱ、会いませんか……」
〈奇遇だな…俺も、そう思ってたところ〉

 名前は涙目になりながらも弱音を吐く。まあ、見た目が成人した男性だから弱々しい姿に見えるが。今、この部屋には瀧の身体以外は誰もいないのだから問題ないだろう。
 彼女はDMで瀧こと彼女の身体宛にメッセージを送るとそれはすぐさま返事が返って来た。彼もまた同じ状況なのだろう。

〈…じゃ、15時に○○駅に待合せで、お願いします…〉
〈分かった〉

 時間を変更した元々待ち合わせしていた場所へと落ち合うことになったのだった。

「…どんな人なんだろう……って、見た目は私か」

 素っ気ないイメージが強いのか。どんな人なのかと思いをはせる。しかし、彼と会うと言っても、名前の身体と会うわけだから想像がつくわけもない。彼女は眉を下げて笑っては瀧と会う支度を始めたのだった。


◇◇◇


「何処にいるんだ…?」

 もうすぐ約束の時間だ。駅周辺に辿り着いた名前の身体を乗っ取っている瀧はキョロキョロと周りを見渡す。白のトップスに淡い黄色のカーディガン。ダークグリーンのガウチョを着こなしていた。しかし、髪はボサボサだ。明らかに髪を梳かしていないことが明白だった。

(って言っても、俺の身体見つければいい話なんだけど)

 彼ははあとため息をついてはベンチに座りながら、待ち合わせの人物を探す。しかし、一向に見当たらない。見知らぬ人物と言えど、体は瀧の身体なのだ。不安になることなく一発で見抜けるだろう。

「あ、いた!……って、立花さん!?」
「……ん?」

 彼が向けていた視線とば違う方向から聞き慣れた声がした。瀧は自分の名前に反応してそちらを振り向けば、鏡越しでよく見ていた顔。瀧の身体が現れたのだ。つまり。名前が現れた証拠だ。しかし、彼女は慌てた表情を浮かべて駆け寄って来ている。
 何を慌ててるのだろう。そんなことを思ってか。瀧は首を傾げた。
 
「何、首傾げてるんですか!ひどい頭!梳かしてない!!」
「だって、分かんねぇし」

 名前は眉間に皺を寄せて怒りながら、今は彼女の身体に入り込んでいる瀧に指を差す。彼女の言わんとしていることが分かったのだろう。彼はああ。と納得すると顔を背けた。

「分かんねぇし…じゃないですよ!恥ずかしくないんですか!?」
「………煩い」
「〜〜〜っ、……せめて、手櫛で梳かしてください…」

 名前はその言葉にカチンと来たようだ。まあ、お年頃の娘が身だしなみに気を使うのは当然だろう。だからこそ、身だしなみがなっていない姿に怒るのは無理もない話だ。思っていたより怒る彼女を見て、瀧ははあとため息を付く。そして、ぼそりとボヤいた。
 彼から紡ぎ出された一言に何も言い返せないのだろう。彼女は言いたいいろんな言葉を飲み込んだ。眉をピクピクと動かして、怒りを止めようとしては静かな声でお願いする。

「………」
(この、やろ…っ!)

 しかし、彼は面倒くさそうな顔をした。その顔に名前は頬を引き攣らせる。彼の許可など取ることなく。彼女は本来なら自分の身体である瀧の髪を手櫛で梳かし始めた。瀧もまた気怠そうな表情を浮かべるものの元はと言えば、彼女の身体だ。好きにさせようと思ったのだろう。大人しく梳かされていた。傍から見ればだらしない女の髪を男が梳かしている。そういった風にしか見えないのだが。

「そういや、初めまして」
「…初めまして」

 梳かし終わったのか、名前はこんなもんか。と言葉を零すと瀧の髪から手を離す。瀧は顔だけを後ろに振り向いて、思い出したかのように挨拶をした。今更感が空気を漂わせている。少し間を置いてから、名前もまた同じように言葉を返した。

「「………」」
「なんか、自分が目の前で動いてるのって変だな」
「私もそう思いました」

 名前の身体に居座る瀧は眉を下げて、言葉を零した。また瀧の身体に居座る名前も同様だったようだ。困った表情を浮かべて笑いながら、同意を見せる。瀧が喋りだすまでの数秒。お互いじっと自分の身体を見つめ合って思ったことは同じことだったらしい

「とりあえず、何処かに行くか」
「あ、はい」
「…敬語、やめてくれ」

 瀧は場所を移動しようと提案するとベンチから立ち上がった。そして、信号へと歩き出す。名前もまた素直な返事を返しては後を付いていった。素直な返事に名前の身体に居座る瀧は眉間に皺を寄せ、ピタリと足を止める。彼の視線はその先にある信号。けれど、今は赤信号だ。待ち時間はある。そう思ったのか。くるっと振り返ると瀧の身体に居座る名前にビシッと指を差して忠告した。

「え、でも、年上ですよね?」
「俺が敬語で喋ってるの見てる方が鳥肌立つから」

 まさか敬語を禁止されると思ってなかったのだろう。名前はきょとんとした顔をして困ったように問い掛けた。瀧は両の二の腕を摩りながら、禁止にする理由を述べる。自分の身体が自分の意思に関わらず動いている姿を見ること自体違和感を感じでいるのだ。一つ一つの仕草が、引っ掛かるのは無理もない。

「…分かり、分かった」
「あと、女言葉は禁止な」
「えー…じゃ、立花さんも男らしいのやめてよ」

 彼の言っている意味が分からないでもないのだろう。ボディバックの紐をぎゅっと握ってはこくりと頷いた。そのしぐさからもう女性らしさが出ているのだろう。傍から見たら、気弱な男性にしか見えない。そんな自分の身体に瀧ははあとため息を付くと頭をガシガシと掻く。そして、更に禁止事項を増やした。まさかそんなことまで禁止されると思わなかったのだろう。気だるそうに名前は肩の力を抜く。そして、自分だけと言うのは納得いかなかったのだろう。彼女は同じ禁止事項を提案した。

「無理」
「ひどっ!!」

 彼は断りの言葉を告げる。まさか、即答で断れるなんて思っていなかったのだろう。名前は目を見開いて抗議の声を上げた。

「さっさと行くぞ」
「……立花さんは大人のくせに意地悪だ」
「大人は意地悪なんだよ」

 しかし、彼は会話がなかったもののように話を吸う分前に戻す。そして、赤から青になった信号を見てはスタスタと歩き始めた。ちゃんとはぐれないように慌てて瀧の隣へと駆け寄る名前。強引にも話を切り替えた瀧に納得いかないのか。名前はチラッと横目で恨めしそうに瀧を見つめながら、ボソっと言葉を零した。その言葉はちゃんと彼の耳に届いており、彼もまた自分より上の視線である名前を横目で見つめ返す。そして、卑屈そうな口角を上げ、念押して言葉を返した。実に大人げない対応だ。

「…………」
「…………」
「「…ふっ、」」

 しばらく横目で見つめ合いながら、沈黙が続いた。それもお互い表情を変えることも無く。あまりの沈黙におかしくなったのだろう。2人同時に吹き出したのだ。

「笑うなよ」
「立花さんだって笑ってるじゃん」
(…嘘だろ)

 そのあともケラケラとおかしそうに笑う名前。その姿を見て瀧は突っ込みを入れる。彼の内心としては呆れているのだろうか。けれど、彼女の言葉に目を見開く。どうやら、自分が笑っていたことに彼女に言われて気が付いたらしい。動揺したように呆けた顔をしては口元に手を当てる。

「どうかしたの?早く行こう!」
「あ、ああ……」

 急に黙り込む瀧に名前は首を傾げた。突然何も言わなくなったのが不思議に思ったのだろう。誰だって、急に黙り込まれたら不思議に思うのは当然だ。彼女は瀧の顔を覗き込むと手を引っ張り、目的地へと足を進めた。我に返った瀧は動揺しながらもこくりと頷く。彼は引っ張られている手に戸惑った表情を浮かべていた。

「立花さんの奢りね!私、金欠就活生だから!」
「それ、胸張って云う事じゃないからな。しかも、今お前が俺の身体だから払うのお前だぞ」

 そんな彼の心情などいざ知らず。名前はいたずら笑顔を浮かべて、言葉を紡ぐ。どうやら、瀧にたかるつもりのようだ。相手は社会人。甘えようと思ったのだろう。堂々と清々しいほどに言い切った彼女に瀧は呆れた表情を浮かべた。そして、重要なことを告げる。瀧の懐が無くなるとしても、現在、彼の身体の意識は名前なのだ。つまり、奢ってもらうにしても、支払いをするのは彼の身体の意識である名前なのだ。

「何だろう……この明らかに得してるのに損した気分になるの…」
「ふっ…」
 
 その的確な突込みにやっと意味を理解したのだろう。彼女は真剣な表情を浮かべながら、残念そうにぼやく。彼女自身、懐は得しているが精神上得した気分になれないのだから無理もない。顔自体は瀧自身なのだが、コロコロと変わるその彼女の性格に瀧はまた思わず、ふっと息を漏らす。それは笑みにも似ていた。

(参ったな……三葉が死んでから笑ったことなかったのに………不思議な奴)

 今度は自分自身で気が付いたようだ。瞳を揺らす。どうやら三葉が亡くなって、3年。月日が流れても笑うことはなかったようだ。それなのに突然入れ替わった。大問題ではあるが、それだけで縁を結んだ満月に笑わされた。その事実に驚きを隠せなかったのだろう。
 あっさりと自然に笑うことが出来た。それを引き出した名前を見つめては何処か困ったように口角を上げる。

(……元の姿で笑う名前がみたい)
(……元の姿で笑う立花さんが見たいな)
 
 口角を上げてる瀧の姿に名前もまた笑みを浮かべた。秋晴れの空を見上げ、ふたりは同じことを心の中で吐露したのだった。



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