なんら変わり映えのしない朝。
食卓を囲んでいる男女なのだが、藤花は不満そうな顔をして目の前にいる男を鋭い目つきで睨んでいた。
「また騙された」
「ん?」
ぽつりと零すたった一言だが、テレビも付けていない部屋では聞き取れるのだろう。五条はちらっと藤花に目を向けて小首を傾げた。
「封印を安定させるためだって言ってた」
「……そうだっけ?」
「…………なのに……ただヤっただけじゃない!」
程よくこんがりと焼かれている表面にじわりとバターが染み込んでいるトーストを人齧りするとまた簡潔に文句を口にする。
藤花の言わんとしていることが分かったようだ。彼は目を閉じて彼女が食べているものとを同じものを口にしながら、惚けたように返す。
何度か咀嚼を繰り返してごくんと飲み込めば、わなわなと肩を震わせると声を荒げた。
年頃の女の子が朝っぱらから口にしていい言葉では決してない。そのせいか、タイミングよく外の木に止まっていた鳥たちはピチピチと鳴きながら、一斉に飛び出した。
「そういう割にとーかも善がってたじゃん」
「っ!」
「ぶつ……」
何を今更。
そういわんばかりにあけすけに言葉を返す。
しかし、それはあまりにもオープンで昨夜のことを思い出させられるのか、藤花は顔を真っ赤にさせてクッションを思い切り、顔面目がけて投げた。彼は無下限でその攻撃を防ぐことは出来ただろうが、何故かせずにそのまま顔面にクリーンヒットさせる。
「信じらんない。これで何回目だと思ってんのよ、20回は騙されてる!!」
「……あのさ、僕達付き合ってるんだから良くない?」
「付き合ってるフリでしょ」
不穏な空気を纏いながら、彼女にしては低い声で講義をした。
五条と出会ってから早二年が経つというのにいまだに騙されて情事をしてしまっていることの方が問題だということを藤花は気付いていないらしい。
彼はそんな感想を持ちつつも気だるそうに手のひらをひらっと天井に向けながら、問いかけたが、彼女は間髪入れずに即答した。
「まあ、そーともいうけど……」
「本来は好き同士がお互いの気持ちを確かめるためにやるもので私達は封印のために付き合ってるフリをして行為をしてるだけ。つまり、安定させるためと嘘ついて行為に及んだことは許されることじゃないと思うんだけど?」
付き合っている。付き合っている
たった二文字が加わるだけで意味合いがだいぶ変わってくるから不思議なものだ。
会話の主導権はいつの間に藤花に移動しており、彼女は正しく理詰めするように自分の考えを言葉にして伝える。
「じゃ、話は簡単だよ」
「何が」
「あとはとーかが僕を好きになればいい」
五条の言いたいことが全く分からないからこその反応だと言ってもいい。ふっと口角を上げて簡素に言う表情に藤花は疑いの目を向けた。
しかし、彼は態度を依然と変える様子がなく、しれっととんでもないことを言い始める。
既成事実があるのだからそれを本当にしてしまえとばかりに。
「……何で私が」
「よく考えてみてよ。将来有望で家事も出来て、パーフェクトなナイスガイがここにいるんだよ」
「性格に難ありだけどね」
その発想はなかったようだ。
彼女は眉間にシワを寄せて吐き捨てるように言えば、五条はテーブルに肘をつき、手を組んで真剣な顔をして提案をする。
自分で言うことではないが、彼の言っていることは事実だ。何でも器用にこなし、家事もでき、それに加えて稼ぎのいい最強呪術師……それが五条悟という人間なのだ。
弱点というか1点、惜しいことがあるとすれば藤花が口にした言葉の通り。言い遠回しだが、単刀直入に言ってしまえば性格が非常にクズだ。
「それもまたスパイスに……」
「なると思うわけ?」
五条はぬらりくらりと躱すように言葉を巧みに使おうとするが、言い終わる前にピシャリと否定される。
有無を言わせない。
そんな目で睨まれながら。
「……はあ、固いねぇ」
「あんたが緩すぎるの」
全てを正論で打ち消す彼女にため息が出るようだ。かくっと頭を下げてはボソッと呆れたようにいえば、また藤花は反論をする。
もしかしたら、どこまで行っても二人の意見は交わることはないのかもしれない。
「ふぅ……そろそろ行かないといけないから鍵宜しく」
「話はまだ終わって……」
可愛げのない言葉しか返ってこないからか、もう時間だからなのか。それは分からないが、食べ終わった自身の食器を手に持ってガタッと立ち上がる五条を引き留めようとした。
「出張なんだよねー…行きたくないけど、行ってくるね」
「っ!!」
藤花の話をまるで聞いてないかのように彼は自分の話をし始める。
それはもう面倒だと言わんばかりに。
それでも任務をサボることは許される立場にないのだ。仕方なしに家を出ることをいえば、席に座っている彼女の前髪に口付けを落とす。
この流れでされるなんて露ほどにも思っていなかったのだろう。藤花は目をまん丸にさせてピシッと固まっていると彼はそそくさと台所に食器を置いてそのまま玄関へと向かった。
「………なんでドキドキしてるのよ、私の心臓」
遠くからバタンっという扉がしまった音がする。
どうやら、五条は家を出たらしい。
それを理解してもまだなお、動ける気がしないのか。藤花はバクバクとする心臓を押さえるように胸元で手をぎゅっと握り、ぽつりと零した。
不意打ちに頭を触れられ、キスされたことがよっほど予想外だったのだろう。
「………誰だってあんなことされたら、驚いて心臓跳ねる」
上がっている体温を下げるようにブンブンと首を横に振って自分の中に湧き上がりそうな思いを否定し、理屈を並べで自分に言い聞かせる。
その言葉に納得すれば、うんうんと頷いた。
「あ、今日から潜入任務あるって言うの忘れた……って、報告義務なんてないのに……毒されてる…………」
ふと思い出したことがあるようだ。
また大きな独り言をするが、自身の言葉に呆れるように頭を抱えてブツブツと呟き続ける。
「おひい、そろそろ出なくていいのか?」
「え……っ、時間!」
そんな彼女を見兼ねたのか、式神である白狐が何もないところから姿を表し、不思議そうに問いかけた。
白狐の言葉に壁掛け時計に目を向ければ、もう出なくてはならない時間を過ぎていることに気がついたらしい。慌てたように立ち上がると食べ終わった食器を台所に運んで出かける準備をし始めた。
「あれから2年……随分人間らしくなったものじゃのぉ」
「五条様のおかげですわね」
幼い頃の藤花を知っている式神からすれば、ころころと表情が変わるようになった彼女に考え深くなるのかもしれない。
白狐がしみじみしていると隣に現れた玄武がにこりと微笑みながら、彼女に同意するように言葉を紡いだ。
「それ、おひいの前で言うなよ」
「うふふ、真っ赤にして怒られちゃいますね」
「じゃな」
男女の関係を持っているだけで感情が付いていけていない自身の主を思ってか。白狐は耳を少しタレ下げて呆れたように玄武に忠告する。
もし、言ってしまったら。
その結末が想像が着くのだろう。玄武は楽しそうに笑っては口元に手を添えていたずらっ子のようにいえば、白狐もまた困ったように笑いながら、同意したのだった。