(転校初日……というか、潜入はなんとか普通に過ごせたけど、疲れた…)
ここは東京都立呪術高等専門学校......ではなく、東京都にあるとある普通科高校。
潜入調査という名の転校をし終えて丸一日が経った藤花はバレないようにするために神経を張っていたのだろう。緊張を解くために深く息を吐き出した。
(こうもべったりくっつかれると捜索しにくい)
しかし、疲労を感じるのには他にも理由があるらしい。彼女はちらっと原因である隣にいるボブヘアの少女に視線を送った。
どうやら、気に入られて一日片時も離れずに傍にいたようだ。
「藤花ちゃん」
「……何?」
藤花の視線に気が付いたのか、否か。それは分からないが嬉しそうに微笑みながら名前を呼ぶ。
まだ何かあるんだろうか。
そう言いたげに首を傾げる彼女は少し疲れ気味の顔をしているが、それは今日あったばかりの人には分かるまい。それくらい藤花は表情筋が乏しい。少なくとも大分表情豊かにはなっているが。
「転校してきて一日が経ったけど、慣れた?」
「うん、スズのお陰でね」
いちいち反応を返すたびに幸せそうな顔をする少女を袖にするのは忍びなく感じるのだろう。
彼女はよそ行き笑顔を向けて問いかけにこくりと頷いた。
「そっかぁ、……ふふ」
「どうかしたの?」
「藤花ちゃんって、面白い子だなぁって」
藤花の役に立った。
この事がことほか喜ばしいのかもしれない。スズと呼ばれる少女は愛らしく笑う。
しかし、笑う要素はどこにもないように感じたようだ。今度は藤花が不思議そうに問うと彼女はへにゃと頬を緩めながら答える。
「そ、そう?」
「そうだよ!私が鈴木直美だからって苗字からあだ名付けるんだもん」
返答に戸惑いを見せるとスズと呼ばれた少女は力いっぱい肯定し、その理由を口にした。
「でも、声にも合ってるよ」
「……照れちゃうなぁ」
藤花は元々名前を口にしたりしない。理由は”名前で縛りたくない”ということだが、一般人にそれを話したところで理解出来るはずもない。だからこそ、別の言葉を探して言い返せば、スズは頬を赤らめてぽつりと言った。
「ねえ、スズ」
「何?」
表情豊かな少女に肩の力を抜いて藤花は”場”になっている建物を見ながら、呼び掛ける。
スズはキョトンとした顔をして首を傾げた。
「……あそこって何?」
「ああ、旧校舎だよ」
藤花は今いる校舎の離れにある建物を指差して聞くとスズは眉を下げて答える。
「旧校舎?」
「そう、なんかいわく付きの校舎になったから新校舎が建ったって話だよ」
まさか旧校舎があるとは思わなかったのだろう。
藤花は目をぱちくりとさせるとスズはこくりと頷き、更に言葉を続けた。
「どんな曰くなの?」
「んーと悪魔が棲みついてるとか保健室にろくろ首がいるとか自殺者が絶えないとか」
”場”となっている学校の何か情報が聞けるかもしれない。
そんな思いから興味深そうに聞けば、スズは顎に人差し指を添えて考え込みながら思いつく限りの噂を口にする。
「随分ふり幅があるのね」
「七不思議みたいなものだから……でも、自殺者は本当に多いの」
「なんで知ってるの?」
嘘か、本当か。信じる信じないは別として想像していたより斜め上の回答だったからだろう。
藤花は何度か瞬きをするとスズは困ったように笑って近所のおばさんのように手のひらを上下に動かした。
しかし、すぐに暗い表情を落とすと悲しそうにぽつりと呟く。
どうやら、それは噂でも七不思議でもないらしい。だが、何故そんなことをはっきりと本当だと言えるのか不可思議に思えた藤花は首を傾げた。
「有名なの。2年に1回、出るんだって」
「随分な頻度ね」
スズは悲しそうな顔をして旧校舎の屋上を見つめながら、さらりと言う。
その言葉は藤花にとってまたしても予想外だったようだ。顔を強張らせて冷や汗をかいた。
「それに私が1年生の時、いじめられてた先輩が自殺してるの」
「………自殺…」
スズは藤花のことが見えていないのか、自分の世界に入り込んだように俯き、ひどく泣きそうな声で自分の知っていることを教える。
藤花は自分と同じ年代の子達が自ら命を絶つことを選択していることが多いという事実に眉間のシワを深くさせた。
「そのいじめがすごくね、酷かったから」
「知ってるの?」
やっと彼女の顔を見たスズは瞳を揺らして続ける。
まるでその詳細を知っているかのような声音に藤花はバッと彼女の顔を見た。
「話は有名だからね……この地域の地主の子がターゲットにしたのが気弱な先輩だったんだって。だから、先生も気が付いてても知らんぷり。同級生も知らんぷり」
「……酷いね」
スズは複雑そうな顔をしてこくりと頷けば、旧校舎が見える窓にそっと触れながら、教えるように語る。
人間の悪質な部分がこの学校という小さな箱庭の中で切り取られ、悟られずに鎮座していることが窺えたからだろう。
藤花はこの学校が”場”になってしまったことを納得しつつも、事実そのおかげで被害者になった人を憐れむように言葉を零した。
「うん……それで彼は屋上で首をカッターで切って死んだんだって」
「……」
窓に触れていた手のひらを力を込めて少し指圧するとスズは目を閉じて憐れむように自殺した上級生の末路を語る。
わざと学校で死ぬ。
それは学校のせいだと言う無言の主張とも取れる。その方法を取った失われた命に藤花はきゅっと唇を固く結んだ。
「その時に先輩の下にはよく分からない魔法陣があったらしいの」
「……魔法陣?」
スズはくるっと彼女の方へと顔を向き直して眉を下げながら言う。
それはまた唐突な現実離れしたようなワードだ。
だが、それが全くないとは言い切れないのがこの世の中だということを藤花は知っている。
それでも唐突に話題に上がるそれに驚き、首を傾げた。
「本当か分からないけど、黒魔術?の本も一緒だったから復讐しようとしてたんじゃないかって話だよ」
「………へぇ」
彼女は困ったように笑いながら、先ほどまでとは違ってぼやけた言い方をする。
一般的に知られていない。モノ好きで調べてると言わない限り詳しく知るすべなんてないのだから当然かもしれない。
それでも二年前に自殺した上級生が今回の任務の鍵になっている可能性が高いと言うことだけは分かったのだ。
藤花は頭の中にあるパズルのピースをひとつずつはめながら、適当な返事をする。
「その呪いが本物になったのか、自殺してた子をちじめてた人達が次々と病気になったり、事故にあったりしたんだって……だから、今は誰も近づかないんだよ」
「…………」
怖い噂というのは人に興味を持たせるのが本当に上手だ。
スズはその噂に魅了された一人なのだろう。呪いに怯えるように先ほどよりも小さな声で彼女に語りかける。
藤花はうまく出来ている話に目を細め、旧校舎の屋上を見上げた。
「「!!」」
シーンとした雰囲気の中、校門の方から黄色い声が聞こえる。
それも校門から遠い廊下にいる二人の耳を揺さぶる程だ。
驚いた彼女達はビクッと肩を揺らし、声のする方へと顔をガバッと向く。
「な、なんだろうね……有名人でも来たかのような…」
「驚いたね」
未だに聞こえるが、先ほどよりは声のボリュームは落ちているように感じる。
それでもドッドッドっと心臓が早く鐘を鳴らしているのだろう。スズは早まる鼓動を抑えるように胸元に手を添えながら、言葉を紡ぐと藤花もまたコクリと頷き、同意を示した。
「そう言ってる割に藤花ちゃん、表情変わらないねぇ……」
「そ、うかな……」
スズはじーっと彼女の顔を覗き込みながら、真剣な顔をする。
共感している藤花がどう見ても驚いているように見えないからだろう。ぐいっと近寄る顔に驚き、若干後ろに下がりはするが、顔色に変化を見せない彼女は困ったように眉根を寄せた。
「行ってみる?」
「……スズが行きたいならいいよ」
「もー、藤花ちゃんの意見を言ってよー」
微かに見せる違う表情にスズはふふっと笑みを零すと柔らかく微笑み、藤花の手をぎゅっと握りながら、問いかける。
藤花は黄色声が聞こえる元が何なのか別に興味がないようだ。少し考える素振りを見せると判断を彼女に丸投げする。
聞いたのはスズなのに判断まで自分がする羽目になるとは思わなかったのだろう。肩の力を下して困ったような顔をしながら、掴んだ手をブンブンと揺らした。
「……ごめん、行こうか」
「うん」
拗ねた子供のように腕を振る彼女に藤花はふっと口元を緩めると行きたそうにしているスズを尊重したらしい。
彼女が行くことを選ぶとスズは嬉しそうに腕を組んで校門の方へと足を運んだ。
◇◇◇
「………」
二人で校門の前に辿り着くと長身の男を囲む女子高校生の姿が見える。その様はまるで砂糖に群がるアリの如く。
女子高校生に囲まれている長身の男は珍しくも綺麗な白髪をしており、サングラスをしていた。
その姿に藤花は顔をしかめる。何故、ここにいるのだと。
(………ヘラヘラしちゃって……)
長身の男。五条悟は女子高校生にちやほやされてまんざらでもないのか。相手をしている。
その姿に彼女は片眉をピクッと動かし、心の中でボヤいた。
「……?」
しかし、心の中で吐露したものに疑問が生じたらしい。
不思議そうに自身の胸をじっと見つめる。
(別にヘラヘラしたって私には関係ないし、いいじゃない……何この、モヤモヤ…)
訳の分からない胸から湧き出る不快な感情。
それが何なんかが分からないからこそ気持ち悪いのかもしれない。ザワザワとする胸もとを撫でて落ち着かせようとしていた。
「見て!藤花ちゃん!イケメンだよ!」
「ちょ、スズ……落ち着いて…」
「あ、とーか。やっと出てきた」
スズは藤花よりも身長が低い。だからこそ、女子高生の中心にいる人物が見えなかったのだろう。
やっと見えた彼女は目をキラキラと輝かして藤花の腕を引っ張る。
興奮しているスズに驚いたのか、彼女を落ち着かせようと声をかけるがまるで話を聞いていない。
隣ですごーい!と言い続けていると五条は藤花の存在に気が付いたようだ。女子高校生をかき分けて彼女に近づくと手をひらっと上げて声をかける。
誰しもが、今日転校してきたばかりの少女を知っているわけでもない。知らない女子をイケメンが待っていたという事実が衝撃的なのか、醜い視線が藤花を突き刺した。
「……サト、何でここにいるの?」
「えー、彼氏が迎えに来たってのに冷たくない?」
「藤花ちゃんの彼氏!?」
彼女はあまり目立つことをしたくなかったのかもしれない。呆れたように深いため息を付き、素っ気ない態度で問いかけると彼は大げさにショックを受けたようにしては藤花の腕をぎゅっと握っているスズの手をチラッと盗み見た。
そんな五条の視線に全く気が付いていないのだろう。スズは興奮したまま、ぐいぐいと引っ張りながら問い詰めるように聞く。
「………ん?とーかのお友達?」
「そうだけど、仕事は?」
「終わったから迎えに来たんじゃん」
視界に入っていたのに気が付かなかったフリをするつもりらしい。彼は愛想笑いをして首を傾げれば、藤花はジト目で問いかけ返すと軽く答えられた。
朝、出張だと言っていた人間があっさりその日の午後に帰って来ているのだから不思議なものだ。もはや、日帰り旅行よりも早い。
「………はあ…」
「藤花ちゃん、藤花ちゃん」
「何?」
最強呪術者は人間の常識に当てはめる方が間違っているということを改めて肌で感じたのかもしれない。彼女は空いてる手を額に当てながら、ため息を付いた。
二人の不思議な関係をじっと見つめていたスズは藤花の裾をくいくいと引っ張り呼び掛けると彼女はスズに顔を向ける。
「彼氏、イケメンだね」
「……………あー、うん、そうだね…」
「どんな出会…」
「ごめんね、ちょっととーかに用があるから今日は連れて帰るよ」
尊敬のまなざしというのか、女子高生に囲まれているのが自分と仲良くしている子だということが嬉しいのか。それは分からないが嬉しそうに褒めると藤花は複雑そうに歯切れ悪い返事をした。
事実、イケメンなのは認めているのだろう。だが、”彼氏”という単語に腑に落ちていない。結局は偽装恋人にすぎないからだ。
ワクワクしているスズは更に話を聞き出そうとしているとそれは五条に遮られる。
彼は藤花の腕をグイッとひっぱり自分の腕の中に納めるとよそ行き笑顔を向けて謝罪をスズにした。
「ちょっと何勝手に決め……」
「は、はい!どうぞ!!」
「………」
勝手に進められる話に自分の頭上にある五条に顔を向けて反論をしようとするが、それはスズによって遮られる。
イケメンに声をかけられたことに興奮しているのか、緊張しているのか。顔を赤くさせてピシッと背筋を伸ばしながら、答えていた。
ただ、自分の意思が関係なく決められる会話を藤花はただ見ていることしか出来ていないことに諦めたのかもしない。考えることをやめた表情をしていたのだった。