「……」
「…………」
学校から離れると二人は当たり前のように指を絡ませ、手を繋ぐ。
所謂、恋人繋ぎというやつだ。
まだそれに慣れないのだろう。藤花は繋がれている手をちらっと見ながら、ほんのり頬を赤らめている。
「……で、今回はどんな任務なわけ?」
「学校に溜まってる呪力の元を断てばいいんだって」
そんな彼女に気が付いているのか、いないのか。いや、この男が後者のはずがない。
だが、それに触れることなく、どこが機嫌悪そうに問いかけると藤花はもう片方の手に持っていた鞄を肩にかけながら、答える。
「何で僕に言わなかったの?」
「朝言い忘れだけ……それに今回はそんな危険な訳でもないから言う必要ないでしょう?」
朝、一緒に朝食を取っていたのだから伝えるタイミングはあったからこそ言葉なのだろうが、威圧的にも聞こえた。
しかし、そう聞こえたからかもしれない。彼女は深い溜息をついて面倒くさそうに返す。
「何があるか分からないでしょ」
「あれから2年経ってるし、封印も安定してるから問題ないじゃない」
「冷たいねぇ〜、彼氏が心配してるってるのに」
じっと見つめながら言う五条に彼女は見上げながら、眉根を寄せた。楽観的に考えている訳では無いが、そこまで心配する必要も感じていないからだろう。
しかし、藤花は素っ気ない態度しか返えさない。
そう、あれから2年。五条と出会ってから、天狐の血が目覚めかけてからそれだけの月日が経っている。だからこその言葉だ。
彼には彼の思うところがあるのかもしれない。しくしくと悲しんでいる素振りを見せた。
「……過保護が増えただけでしょ」
「確かにあの日から随分経ってるから大丈夫だとは思ってるけど……」
「サト?」
わざとらしいそれが白々しく感じたのだろう。冷ややかな目線を向け、ボソッと呟く。
五条は先程とは打って変わっていつもの飄々とした表情に戻して言葉を紡ぐが、最後まで言葉にせずに間を置く。
何が言いたいのか分からなかった彼女はぱちぱちと瞬きを何度かすると首を傾げた。
「とーかのやり方が捨て身すぎるから心配になるんだよ」
「っ、………昔よりは捨て身じゃない」
彼はグイッと腰を曲げて顔を覗き込むように真剣な顔をして言う。
そんな五条に彼女は息を飲んだ。
どうして、この男はこうも距離感がおかしいんだ。
そう静かに驚きながらも、サングラスから覗く碧眼に囚われる前にそっぽを向く。
そうでもしないと全てを見透かされそうになるからだろう。藤花は精一杯の反論をした。
「僕の教育のお陰でむかーしよりはね」
「………」
拗ねた子供のような反応に五条はふっと口角を上げながら、一言を付け足す。
確かに昔ほど無茶をしなくなったことは認めているようだ。子供をあやす様にポンポンと頭を撫でると彼女は複雑そうな顔をして見上げる。
「でも、まだまだだよ。もっと自分を省みて」
「……心配しすぎ」
しかし、彼が求めるレベルではないようだ。
更に上を目指すように促すのは技術の向上云々ではなく、見捨て戦法。
この業界にいて自分をさらに大事にしろという五条にいまだあまり納得はしていないようだ。藤花は不服そうにぼやく。
「嬉しいくせに」
「過保護が増えた気分よ」
彼がにやにやしながらしつこく言うものだから、彼女は深い息を吐き出し、ジト目を向けた。
「照れてる〜?」
「ほんっっとうに性格悪い」
彼女の思いとは裏腹で五条は照れ隠しだと思っているらしい。
だが、
だからこそ、藤花は否定することはせずに腹の底から思っていることをそのまま口にし、繋がれている手を離す。
「ハハッ……ってどこ行くの?」
「寮に帰るんだけど?」
子猫が威嚇している程度の反撃は痛くもかゆくもないのだろう。笑い飛ばすと彼女は彼が進もうとしている道とは真逆の方へと身体を向け、なんなら足を進めようとしている。パシッと腕を掴んで問いかけると藤花は眉を下げて当然のことのように答えた。
潜入先の学校の授業は全て終わり、放課後を迎えた。それに加えて情報も多少なりとも入手した。あとは寮に帰宅するだけ。年頃の娘だったならば学校帰りに遊んで帰ってもいいともうが、彼女の頭の中には寄り道をすると言う概念がないらしい。
いや、その前に彼氏が迎えに来たというのに自分の家に帰ろうとしていること自体、一般的に不思議なことだと言えよう。
「あのさ、何で迎えに来たと思ってるの?」
「文句言いに?」
「……………………」
その考えは五条の中にもあったようだ。不満そうな顔をして彼女に問いかければ、期待を裏切らない返答。
前言撤回だ。違う意味で期待は裏切られている。少なからず、五条の中では。
彼は空いている片手で顔を覆って俯きながら、黙った。
「え、何……」
「今日、うちに来るでしょ?」
「なんで」
沈黙が続くだけで何も反応を返さない相手に藤花は戸惑ったらしい。様子を伺うように言葉をかけると彼は顔から手を離して握っていた彼女の腕を軽くグイッと引っ張る。
サングラスの奥に隠れたへ瞳はどこか拗ねているようにさえ見えるが、自分に向けられる意図に藤花が気付くはずもなく。むしろ、唐突の誘いに訳が分からないとばかりに険しい顔をしていた。
「えー、せっかくの恋人の時間を大事にしたいじゃない?」
「………本音は?」
「本音だよ」
五条はいつもの調子を取り戻したらしい。飄々としながら首を傾げる。
何か裏があるのではないか?
そんな思いからか、彼女はジト目で顔に穴が開くのではないかというほど見つめながら、聞き返した。
そこまで疑われるとは思いもしなかったのだろう。彼は困ったように肩を竦める。
「……………行ってもいいけど、ヤらないからね」
「……何を?」
「もー騙されないんだから。と言うか、昨日さんざん好き勝手されて私の体はガタガタよ」
五条悟という人間は嘘も本当も分かりにくい。だからこそ、疑うことは出来てもその真実を暴くのは簡単じゃない。
こんな問答をしていても答えなんて見つけられることはない。それは彼女も分かっているようだ。諦めたようにため息を付き、条件付きで彼の意見を飲もうとするが、それは想定外だったのだろう。
五条はうっすらと口角を上げてはすぐに問う。藤花は眉間にシワを寄せながら、それに対する言葉を口にした。
要は今朝のやりとりを根に持っているようだ。いや、それを除いても昨晩の情事で身体が悲鳴を上げているのは事実なのかもしれないが。
「それは残念」
(……残念ってヤる気だったの!?どんだけ有り余ってんの!?色々と……!!)
彼は深いため息を付いて悲しそうに言う。
実際、今夜もまた情事に及ぶつもりがあったのか、否か。それは彼のみぞ知ることだが、そんなことを露とも知らない彼女からしてみれば、衝撃的な言葉だったに違いない。信じられないものを見るような目を向けて間抜けにも口をぽかんと開けながら、心の中でボヤいた。
「まあ、それでもいいよ。それじゃ行こうか」
「………分かった」
最初からそんなつもりはなかったのかもしれない。すんなりと折れれば、元々進もうとしていた道を指差すと藤花はコクリと頷いて見せる。
同意を得られたからだろう。腕を掴んでいた手はするりと下へと移動させ、彼女の手のひらと重ね合わせた。
「っ、ちょ……手!」
「手が何〜?」
当たり前のように重ね合わせて繋ぐ手に藤花はピクリと反応を見せ、顔を上げて抗議をする。
しかし、そんなものは彼にとってどうってことないのだろう。へらへらとしながら、聞き返した。
「誰も見てないんだから繋がなくたって……」
「誰が見てるか分かんないからやるんでしょ」
彼女は困惑した表情を見せて言葉を言いかけるがそれは五条によって遮られ、尚且つ論破される始末。
誰が見てるか分からないなんてこの男にあるはずがないのに。
(恋人のフリなのに本当の恋人みたいに扱ってくる……勘違いしないけど……されたらどうすんだろ)
偽物を本物のように扱う彼に理解が出来ないようだ。じわりと胸に集まるむずかゆい熱に戸惑いながらも、素朴な疑問が頭を過らせる。
(もどかしいもんだわ……早く好きになってくんないかな)
一方、藤花との距離感を付かず離れずを保ってるのが、じれったく感じているようだ。
青々とした空を見上げながら、胸に溜まった二酸化炭素を吐き出しと共に自身の内側で吐露する。
意識的か、無意識か。それは分からないが、五条は彼女の手をぎゅっと握ったのだった。