拾壱






「………あの過保護、何とかならないかしら」

 寮に帰されることもなく、また一晩。
 五条の家に厄介になった藤花は空を見上げてぽつりと呟く。
 彼女が今いる場所は昨日、この学校で関わるようになった同級生から聞いた旧校舎の屋上だ。
 タイミングよくぶわっと風が吹くと藤花は軽く目を閉じ、その風を受ける。

「白狐以上だな」
「いや、もう本当に……はあ……」

 そんな彼女の隣には手のひらサイズの青い式神がいる。十二神将の青龍だ。青龍もまた眉根を寄せて呆れたように藤花の意見に同意を示す。
 式神の中で1番過保護なのはどうやら、白狐らしい。その白狐と引けを取らないというのはなかなかの事なのだろう。
 藤花はこくりと項垂れるように頷けば、深いため息をついた。

「でも、いい事だろう」
「青龍?」
「藤の花はもう少し人に愛されることに慣れろ」

 しかし、青龍は過保護な扱いを問題ないと言う。
 それに驚いたのだろう。彼女は怪訝そうな顔をして首を傾げると彼はふよふよと宙に浮かび、微笑みながら素直に受け取れとばかりに言い聞かせた。

「愛っっ……サトはそんなんじゃないでしょ」
「それが恋慕か否かは関係ない。人が与えてくれるものに対してもう少し慣れるべきだ」

 青龍の口から”愛”なんて単語が出てきたことになのか。それともその言葉自体なのか。それは分からないが、藤花ギョッとした顔をして言葉を詰まらせるとプイッとそっぽを向く。
 余程、その言葉が聞き慣れていないのかもしれない。
 だが、彼は自分の発言を取り消すことはなく、彼女を宥めるように言葉を変え、伝える。

「……ぐうの音も出ない」
「ああ、知ってる」

 人間から与えられる感情は全て冷たく、温かいものなど与えられない世界で生きてきたからこそ、藤花は素直に受け取る事は苦手なのだろう。そして、彼女自身その自覚があるようだ。
 拗ねた子供のような顔をして睨みつけると青龍はまたその顔が幼き頃と変わらないままなことに笑みを零し、コクリと頷く。

「……ここが呪力の根源ね」
「藤の花」
「青龍、どうかした?」

 ふぅと息を吐き、会話をひと段落させると藤花は屋上の入り口の反対側。裏に回れば、地面に残った古い血痕をじっと見つめて呟いた。
 彼もまた同じように見つめ、片眉をピクッと動かして彼女を呼ぶと青龍の方へと顔を向けて問いかける。

「おかしい」
「と、言うと?」

 彼ははっきりとした口調で言えば、藤花はそのまま意見を求めた。

「ここが呪力の元なのは間違いないがこの呪いは本当に一年前か?」
「……スズの話だとそういうことになるよね」

 青龍は促されたまま、自身の中にある疑問を口にすれば、彼女は顎に手を添えて考え込みながらも昨日聞いた話を思い出す。

「弱すぎる。これで病気にさせたり、事故を起こしたりする程の力があるとは思えない」
「同じことを思った……でも、弱い呪力が確かにここにある……病気や事故それは呪霊のせいじゃない可能性もあるってことになる?」
「いや、それはまだ分からない」

 彼は怪訝そうな顔をしてその場にある力と事実が比例していないことを告げるとどうやら、藤花も同じことを思っていたようだ。首を縦に振り、他の可能性に考えを巡らせて首を傾げる。
 しかし、まだ情報が少なすぎるのだろう。結論を出すには時期尚早と判断したのか、青龍は目を閉じて頭を振った。

「偶然……いや、そんなものはない…でも、上手く歯車が合いすぎね」

 彼女は今手元にある情報を整理すると出てきた単語があったらしい。
 でも、その言葉で簡単に片付けていいものではないと判断したのか。深くため息をつき、肩の力を抜いて自分で出した言葉を棄却した。

「藤の君〜〜!」
「朱雀!どうかしたの?」

 遠くからパタパタという音ともに藤花を呼ぶ声が聞こえてくる。
 そちらに顔を向ければ、赤い羽根を一生懸命羽ばたかせ、血相を変えた式神・朱雀の姿があった。
 彼女は驚いた顔をすれば、顔の前まで来た彼に問いかける。

「あー、えっとあれだ!今藤の君が仲良くしてる女がいじめられてるぞ!」
「……スズが?」

 朱雀はアワアワと両手を動かしながら、自分の目で見たものをそのまま伝えた。
 虐められる側か虐める側かはさておき恐らく、人間誰しもが1度は通る道だろう。
 だが、可愛らしく笑う彼女が虐められるとは思いもしなかったのかもしれない。藤花は意外そうに目を見開き、聞き返した。

「応」
「………!」

 朱雀が頷けば、遠くから女の子の声が聞こえてくることに気がついたらしい。彼女は手すりに捕まり、屋上から見下ろすと視界に入った物に眉間に皺を寄せ、走り出した。


◇◇◇


 旧校舎の体育館裏。
 誰も近寄らなさそうな場所で壁に追いやられている鈴木直美と彼女を囲む女子高校生三人の姿があった。

「お前さ、何転校生に媚び売ってんだよ」
「こ、媚なんて売って……」
「嘘つけ、ベタベタして気持ちわりぃんだよ」

 化粧をしているせいか、年齢より上に見える身なりをした女子高校生はドンッと壁を足蹴にして威圧的に睨みながら、言う。
 1人ならまだしもそんな学友が3人もいるせいだろう。彼女は顔色を真っ青にしてブンブンと首を振るが、それは呆気なく鋭い言葉の刃で切り捨てられた。

「転校生だって迷惑がってるんだからやめなって」
「キャハハ!あー、かわいそー♪」

 取り巻きの1人は援護射撃するように悪質な言葉を投げかけており、もう1人は楽しそうに笑ってスマホを彼女に向けている。

「お前みたいな奴が同じ空気吸ってるだけで最悪なんだから息ひそめろよ」

 虐められている鈴木直美は目に涙をため、カタカタと体を震わせているとそれが彼女達の気持ちを高揚させたのかもしれない。リーダー格の女子高校生は口角を上げて気持ちよさそうに罵っていた。
 ガサッという音が聞こえるとその場にいた全員はその音に驚き、顔を向ける。そこにいたのは今、話題になっている転校生だ。

「………何してるの」

 若干呼吸を荒くしているが、それを見せないように無理矢理息を整え、平然とした顔をして問いかける。

「……藤花ちゃん」
「転校生じゃん」

 鋭い目を女子高校生に向けて藤花にスズはほっとしたのか肩の力を抜いて地べたに座り込み、泣きそうな声で彼女の名前を呟いた。
 チッっと舌打ちをしつつもリーダー格の学友は矛先をスズから藤花に変えるとゆっくり歩みながら、声をかける。

「スズ、立てる?」
「う、うん……」

 しかし、彼女たちのことは眼中にないようだ。いないもののように華麗にスルーすると座り込んでいるスズの安否を確認した。
 まさか、彼女達の相手をせずにそのまま自分に声をかけられるとは思っていなかったのだろう。スズは戸惑いながら、返事をする。

「転校生さぁ、何いい子ぶってんの?」
「そーそー……そんな奴と構ってるとろくな事起きないって」

 藤花のその行動が更に彼女達の苛立ちを増幅させたらしい。先程よりも低く、獲物を射殺す勢いで突っかかってきた。
 取り巻きの子もまたリーダー格の子に同意を示すと鼻で笑う。

「……怪我は?」
「な、いよ……」

 かけられた言葉は耳にはいていないかのようにして藤花はスズの前で膝をつき、確認するように問いかければ、彼女は首を横に振って答えた。

「は?無視?」
「いい度胸じゃん」
「……私、機嫌が悪いのよね」

 二度目の無反応にいら立ちを募らせると三人は鋭い目つきで彼女を睨みつけて高圧的な態度を取る。
 やっと反応する気になったのか。藤花は立ち上がり、ちらっと彼女達を横目で見て言葉を返すが、それはとても冷ややかだ。

「はぁ?もしかして正義のヒーローのつもり?」
「やだ〜、高校生にもなって恥ずかしぃ」
「中二病は中学生までだっつーの」

 しかし、そんな彼女の態度が気に入らないらしい。
 三人はどんどん横柄な態度を取り、藤花を怯えさせるつもりのようだ。

「…………」

 彼女はそんなものに怯える程、甘い世界にいない。
 自分の命を捨てるか、否か。
 それを十六年間、悩み、葛藤してきたのだ。
 小娘の言動一つで動揺する心なんて持ち合わせていない。

 藤花はどう対応するか考えているのか、ただ黙っていると彼女達は勘違いしたんだろう。
 馬鹿にしたようにあざ笑っていた。

「……同じ空気吸ってるだけで気分が悪くなるんだから息をひそめて貰える?」

 ああ、そうか。
 そう心の中で吐露すれば、口角を上げてにこやかに笑みを浮かべて首を傾げる。
 それは先程、スズに言った彼女達の言葉だ。
 どうやら、彼女の耳に入っていたらしい。

「っ!ふ、ざけんじゃないわよ……」

 先にバカにしていたのは3人の方だというのに、自分たちがバカにされるのは我慢がならないんだろう。
 リーダー格の女子高生はカッとなり、彼女に目掛けて手を上げようとした。

「……言葉で適わないと思ったら、暴力?」
「っ!」
「幼いわね」

 しかし、仕掛けた攻撃は当たることはない。手首を掴まれ、防がれてしまったからだ。
 攻撃が当たると信じて疑わなかったのか、びっくりした顔をして言葉を飲み込むと藤花は憐れんだ目を向けてぽつりと呟く。

「……ふん!行こう」
「あ、ちょ……!」
「待ってよ!」

 暴力も言葉も彼女に敵わない。
 リーダー格の女子高校生は掴まれている腕を乱暴に引っ張り、掴まれている手首を自由にすれば、踵を返してその場を離れた。
 取り巻き達もまた慌てて彼女の後を追った為、その場に残るのはスズと藤花だけ。

「………藤花ちゃん、すごいね」

 さっさとその場から居なくなった女子高校生の姿にスズは感嘆する。
 同じ同級生だとしても、抵抗するのが精一杯だった彼女からすれば、青天の霹靂だったのかもしれない。

「立てる?」
「あ、うん……」

 しかし、藤花からすればなんてことはないんだろう。
 涼しい顔をしたまま、手を差し伸べて立ち上がらせようとするとスズもまた彼女の手を取り、立ち上がった。

「……足くじいたでしょ」

 しかし、顔が一瞬歪む。その表情二藤花は膝を曲げて彼女の足を改めて確認する。

「なんで分かるの!?」
「立つ時に庇ってた」
「……あはは」

 気付いていないと思っていたようだ。
 なんせ、声に出してもいない。ほんの一瞬のゆがみだから。
 それに気づかれたことに驚きを隠せなかったスズは声をひっくり返すと藤花は淡々と理由を述べる。
 スズはただ困ったような嬉しそうな顔をして笑った。

「保健室に行こう」
「ありがとう」

 彼女の足は腫れているわけではない。
 だから、そこまで酷いけがというわけでもなさそうだが、念のためだろう。
 藤花は彼女の手を自分の肩に乗せて足に負担をかけないように誘導をするとスズは目を細めてお礼を言ったのだった。



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