「今日は本当にどっと疲れた……」
「おかえり〜」
学校から帰って来た藤花は相当疲れているのだろう。疲労が表情に出ている。
パチンっと部屋の明かりを付けてぽつりと零すと返ってくる男の声が聞こえた。
「ただい…………なんで私の部屋にいるのよ」
「なんでって僕、彼氏だから」
彼女はかけられた言葉に反射的に帰そうとするとピタリと動きを止め、眉根を寄せると声のする方へと顔を向ける。
五条はベッドに腰かけながら、口角を上げてひらひらと手を振っていた。
その姿に藤花は呆れた顔をすると彼は堂々とした態度で言葉を返すだけ。
「……いや、ここ寮の私の部屋………帰って…もう寝たいの」
「冷たいなぁ」
鍵を締めたはずなのに中に入れてしまっている謎。勝手に上がりこんでいる謎。
聞きたいことはあるだろうが、今の彼女はその元気がないようだ。
頭を抱えて力なく声をかければ、彼は残念そうな声を零す。
(衝撃的事実を知ってそれどころじゃないのよ、こっちは……)
ただでさえ、先ほど自覚してしまった恋慕を処理しきれていない藤花にとって五条の訪問は爆弾に近いのかもしれない。
バクバクと早まる心臓をなんとか抑えようとしながら、冷静い心の中で突っ込みを入れた。
「どうしてこっち見ないわけ?」
「っ、…………見れるし」
「………何があったね」
一瞬、彼の方へ目を向けて姿を捉えただけでちゃんと目が合っていないのだろう。
彼はムッと不満そうな顔をしては首を傾げる。
それを早々に指摘してくるとは思わなかったようだ。彼女はドキッと強く、心臓を跳ねさせるとじっと見つめ返す。
だが、見つめ返すと言うよりも睨みつけてるに近いかもしれない。五条は深く息を吐き出すと腰を上げて彼女に近寄った。
「別に何も……」
「嘘は良くないんじゃない?」
「……学校で色々あっただけ」
潜入して仲良くなった同級生はいじめられ、謎の天使様に心を砕いている。
しかも、まだ謎は多いが天使様とやらは彼女を守っているらしい。しかも、明らかに人外の存在だ。
それに加えて自分自身の気付きもあった。
正直に言えば、何かあったかと聞かれればあったに違いない。
しかし、藤花は自分の気付きを正面から受け止め切れていないのに聞かれてしまったからか。そっけない態度を取ることしか出来ないようだ。プイッとそっぽを向いて返すと彼はじーっと彼女を見下ろしながら、問う。
質問をしてくることに内心、イライラしているのだろう。どこか刺々しく返している。
「色々って?」
「サトは私の上司じゃないんだから報告の義務なんてない」
だが、五条の追及は終わることはない。
彼女は深いため息を付くとキッと鋭い目を向けて吐き捨てた。
「……まあ、そーだけど気になるじゃん?」
「何でよ」
「彼氏だから」
藤花の言い分は何も間違ってない。むしろ、正論だ。
それは事実、認めざるを得ないのだろう。それでも自身の本心に正直な彼は引くことを知らない。
精神的に疲れているからこそ、彼女は眉間にシワを寄せていると至極簡単な答えが返ってきた。
「っ、………サトが気になるようなことは何もないから帰って……」
「もしかして誰かに告られた?」
二人は世間的に恋人だ。だから、何も間違ったことは言っていない。
でも、自分の気持ちを自覚した彼女にとってはそれは甘い響きに聞こえるのだろう。言葉を詰まらては浮上してきた感情を無理矢理押し込め、話題を切り上げれば五条へ帰りを促した。
彼は自分にとって都合の悪いことが起きていると思ったのかもしれない。先ほどとは違う……いや、隠していた殺気を醸し出しては聞き返す。
「はあ?」
「転校生に恋しちゃう思春期男子なんてごまんといるだろうし」
「それはないから」
しかし、藤花にとってその疑問は全く意味の分からないらしい。更に眉間にあるシワを深く刻むと五条はバカにしたように手のひらを天に向けながら、例え話をするが、彼女はあっさりと棄却した。
「じゃ、虐められた?僕がやり返してこようか?」
「モンペじゃないんだからやめて」
それでも、彼は自分にとって不都合な考えを止めることをしない。
明らかに不機嫌さは増していることを藤花は肌で感じているようだ。困った表情をしてなんとか止めようとしている。
「じゃ、さっきからずっと気になってんだけどこのまとわりついてる呪力は何?」
「……」
五条は険しい顔をしたまま、彼女の顎をグイッと掴んで顔を寄せた。
その核心的な疑問に藤花は目を大きく見開くことしか出来ないらしい。声を発することもない。
「気が付いてないわけじゃないよね?」
「……」
「僕のものに変なものまとわりつけるなんてさ気分悪くなるよね」
彼はじっと見つめたまま、目を離す様子もなく問い続けると彼女は無理矢理顔を背けようとするが、掴まれた力に抵抗できないのか、目だけ逸らした。だが、五条は答えるまですべてにたいして解放する気がないのだろう。
胸糞悪いと言わんばかりに吐き捨てる。
「………」
「てか、式神も気が付かなかったわけ?」
それでも、藤花は答えたくないらしい。きゅっと口を固く閉ざすと彼は呆れたように隠形して傍にいる式神へと目を向けて投げかけた。
「……はあ、妾達もおひぃも気が付いとる」
「はあ?じゃあ、なんで放置してんの?」
感じる殺気に観念して出るしかなかったのだろう。彼女の傍にいた式神・白狐は手のひらサイズの姿で現れると深いため息を零して目を細めたまま、質問に答える。
だが、それは余計いら立ちを募らせるものだったようだ。五条は鋭い眼光を向けながら、問い詰める。
「たいして強くもないから放ってた」
「だから、なんでよ」
「考え事してて」
「何に気を取られてたんだか……」
彼の感情を式神に向けるのはお門違いと思ったのかもしれない。藤花は閉じていた口を開いて白狐の代わりに答えれば、五条は口調を荒々しくすると彼女は自身の顎を掴む彼の手を掴んで何とか離して返答した。
やっと聞いたそれに五条は理解が出来ないのだろう。乱暴に後頭部をガシガシと掻いてぼそっと零す。
それは藤花の気持ちを知らないからこその言葉だ。
「何にってそれはサト………」
「……僕?」
サトのことを考えていた。
それを言いかけたが、言い切ってしまえば別の意味で尋問が始まってしまう。
彼の態度にカチンと来たのか、ムキになったように眉を吊り上げて反論をしようとするが、途中で言葉が失速する。
でも、五条を差す言葉はもうすでに言ってしまっている。だからこそ、彼は眉間にシワを寄せたまま、瞬きを繰り返した。
「サト……ウキビを何処で手に入れようかなって……」
「は?何言ってんの?」
嫌な汗が背中を伝っている感覚を覚えつつも目を泳がせながら、咄嗟に出てきた言葉をそのまま口にする。
全く持って今、関係のない話をする彼女がますます意味が分からないのだろう。五条はあきれ果てた顔をした。
(自分でも思ったから何も反論できない)
藤花もまた彼の反応は当然のものだ理解しているらしい。
咄嗟に出た自分の言葉に悲しくなったのか、カクンと頭を下げて落ち込んだように顔を両手で覆った。
「それ、消すよ」
「ちょっと待って」
話が無茶苦茶で訳の分からないモノになって来ていることに五条はもう一度、軽く息は吐き出すと手印を結んで声をかける。
だが、それは彼女にとっては困るのかもしれない。慌てたように顔を上げて止めに入った。
「は?胸糞悪い呪力まとわりつかせたまんまでいるつもり?」
「………私にこれを着けた人間がいるとしたら、1人だけ。そして、微かに感じるこれは呪力の根源と同じくものよ」
しばらくだんまりを決めていたのに藤花に纏わり付いているものを取り除こうとしたら、反対される。
それが心底嫌だったらしい。ドスの効いた声で有無を言わせない口調で聞き返した。
普通だったら、怖くて反論する術を失うだろう。だが、彼女は固唾を飲み込み、真剣な顔をして冷静に言葉を紡ぐ。
「だから?」
「今、刺激するのは得策じゃない。明日……決着つけるから」
藤花の言わんとしていることが分からないのかもしれない。面倒くさそうに首を傾げれば、彼女は五条の手を懇願するようにぎゅっと手を握ったのだった。