拾伍






「……」

 朝が早いからか、部活動の生徒もまだない。
 静かな校舎の中で一人立つ少女は手の中のスマートホンに集中している。その姿を目で捉えると藤花は微かに目を細めた。

「あ、藤花ちゃん!おはよう!」
「……おはよう、スズ」
「ふふ、屋上にいこう」
「屋上?」


 視線を感じたのかもしれない。顔を上げるとぱあっと明るい顔を見せて、元気よく手を振る。
 それに対して藤花はいつも通り、変わらなぬ態度を示すと彼女は腕を絡めてくっつけば、誘導するように歩き出した。
 彼女の行く先は階段。引っ張られるままについて行きながら、こてんと首を倒す。


「屋上にね、天使様が来てくれるの」
「……どうして私に会わせてくれるの?」
「ほら、彼氏さんに困ってたでしょ」
「…………」


 登りながら、疑問に答える声はどことなく嬉しそうだ。しかし、そこまでして紹介しようとする彼女が不思議で仕方ないらしい。チラッと横目でみれば、スズが眉を八の字にして告げたそれに耳を疑った。
 だって、誰もそんなことは一言も言っていないのだから。


「だから、藤花ちゃんの彼氏さんに天罰を与えてもらおうと思って」
「さっきから何を――」
「だって、藤花ちゃん迷惑そうなんだもん。でもね、天使様は今別のところで天罰を与えてるから遅れるみたいなの」
「………天罰?」


 あと少しで屋上への扉が見えるところで、とんでもない発言をするスズに理解できないのだろう。眉を吊り上げて聞き返そうとしたが、それは覆いかぶされた。
 会話が成り立っていない。その事実にタラリと冷や汗が滑り落ち、ポツリと呟いた。


「昨日私達に酷いことをした人のとこに行ってくれてるの」
「っ、朱雀!青龍!行け!」
「「応」」


 ドアノブを捻り、ガチャと扉を開けると見えてくるのは青々とした空と、屋上の地面に書かれた魔方陣。
 その中心に向かうかのように、藤花の腕を離してパタパタと小走りした。くるっと振り返り、無邪気に笑って両の手を広げるその姿は、自分が何を言っているのか、それを理解していない子供のようでゾクッと悪寒がする。
 これでもかというほど、藤花は目を見開くと近くで控えていた式神に指示すれば、二人は顕現し、空を飛んでいった。


「……藤花ちゃん?」
「もうやめて」


 穏やかな水面のような彼女の雰囲気が急に変わった。それが肌で分かったのだろう。
 スズはビックリしたように、目を真ん丸にさせて名前を呼ぶ。でも、返ってくるのは温度のない声音だ。


「……何を?」
「人を傷つける行為を」
「藤花ちゃんの彼氏を?どうして?邪魔でしょう?」


 ピクッと眉を動かしつつも、先ほどの笑顔は何処かへ、消え去っている。真顔で首を傾げる姿は、いっそ奇妙にさえ見えた。
 ぎゅっと手のひらを握り締め、答える。でも、それに対して納得はしていないのだろう。また反対側に首を倒し、聞き返した。
 

「全ての人に対して、よ」
「私ってね、何処に行ってもいじめられるの。いじめる人が悪いのになんでいじめた人の不幸を願っちゃいけないの?」
「……確かにいじめる側が100%悪い。だけど、スズがやってることは度が過ぎる」


 しかし、藤花の言っていることはそんなことじゃない。伝わらない言葉に目を細めて強く言えば、スズは自身の手を握り、悲しそうな顔をした。まるで、自分だけが被害者だとばかりに。
 それでも、彼女を擁護することは出来ない。だからこそ、真っ直ぐ目を見た。


「なんで?先輩はいじめられていじめられていじめ抜かれて死んだのに」
「……やっぱり、二年前の自殺した生徒と関わりがあったのね」


 ピシャリと否定されたことが嫌だったのかもしれない。苛立った顔をして嘲笑うと藤花は驚きもせず、ただ淡々と呟いた。
 学年が違うのに自殺した先輩のいじめが酷かった。転入当初に聞いたその言葉に、噂ではなく、知ってるかのような違和感を覚えたのだろう。


「ふふ、藤花ちゃんって私のこと知ってくれようとしてるのね。嬉しいなぁ」
「先輩をいじめた人を事故や病死になるように願った?」


 驚くこともなく、受け止めるその姿が嬉しいのかもしれない。ウットリとして微笑むその姿はどこか美しく、恐ろしくも見える。イカてると、表現してもおかしくはない。
 油断してはいけない。頭の中でそう、警告を鳴らす自分がいるが、それを悟られることないように平静を保ち、問いかけた。


「まさか……そんな甘いことを言うわけないじゃない」
「………」


 藤花の考えは可愛らしいものだったのだろう。くすくすと笑い出す。
 もうその答えが、異状を期しているなんて本人はわかっていないようだ。それが、悲しいのか、怖いのか。なんとも読めない顔で藤花は睨む。


「……仲良くしてる先輩だった。いつも優しくしてくれた先輩……あの日といつものように屋上に行ったの。でも、先輩は死んでた……すごく悲しかった……私に優しくしてくれるたった一人の人だったから……先輩の下には魔法陣があって、それを見て気付いた。先輩は悪魔を召還してあいつらに復讐しようとしてるんだって」
「……」


 柔らかく、優しい思い出に触れるような目をして零すが、それは直ぐに冷たい色へと変えた。瞳をゆらゆらと揺らし、なんとも言えない奥底まで凍るような瞳で笑いながら、地面を指差す。
 そこにあるのは科学的には否定されるであろう、魔法陣だ。
 藤花はただ見つめるだけで何もしない。


「でも、先輩は願いと引き換えに死んじゃったの」
「………」


 軽く言ってしまうそれはどんな感情で言ってるのか、スズが何を思って、言葉にしてるのか。藤花にはまるで分からない。


「復讐相手が地獄に落ちるを見れずにただ無駄に命を捨てただけになっちゃったって思った時はその理不尽さに絶望したわ……でも、先輩の倒れてるところの上にね、天使様がいたの」
(生贄召喚か)


 彼女の話を聞く限り、虐められていた先輩は現状を変えようと魔法陣を書いて召喚した代わりに生贄として亡くなった、ということになる。
 なんて気分を害する話だろうか。藤花にとって他人事と思えないから余計かもしれない。


「天使様は私のお願いを聞いてくれるの。先輩の復讐も私を虐めてた子達への天罰も全部叶えてくれる」
「………どう願った」


 もはや、彼女の天使への思いは一種の宗教と言っても過言ではない。絶対的な信頼が表情から見て取れる。
 全てを叶えてくれた。その言葉に藤花は眉を釣りあげ、いつもより少し低い声で問う。


「……楽になんて死なせない。じわじわと追い詰められて死ぬように。虐めた人が生きてるなんて理不尽だもの。目には目を、歯には歯を。理不尽には理不尽を……そうしたら、不平等じゃない。平等な世界になるでしょう?」
「……イカれてる」


 頬を火照させ、煌々とした顔で言うそれは倫理の外側だ。
 数日、近くにいた彼女からでた本音に、心が重くなる感覚を覚える。それは裏切られたような感覚なのか。ショックを受けてるのか。きっと、藤花自身も分かっていない。でも、言わざるを得ないそれも率直な感想なのだろう。


「もう、ひどーい。でも、藤花ちゃんのこと大好きだから許してあげる……ね、あの男となんてさっさと別れて私と仲良くしましょう?」
「…………」
「藤花ちゃんの1番は私がなるの」


 そんなことを言われるとは思っていなかったようだ。不満そうに頬を膨らませるが、コロッと表情を変え、にっこり微笑む。それは藤花に心を許してるから、らしい。
 スズは手を伸ばして小首を捻るが、藤花は何も返事をすることはない。
 それでも、彼女は当たり前のように、当然のように。大好きな友人へと、呪いをかけるように言った。



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