幼くして人間として当たり前に受ける愛情を受けることが出来ないと肌で感じていた。
ううん、確かにあれを愛情というなら愛情だったと思う。でも、父も母も私を可愛がると同時に哀れみの目を向けていた。
愛しい存在と云うよりも可哀想な存在。
どちらかというとそうだったと、思う。
両親は双子の兄に愛情を向けてる。羨ましかったけど、恨めしい気持ちはなかった。それは式神たちが私を可愛がってくれたからだと思う。
それでも人のために生きることだけを許された私には心……そんなものはあるようでないようなものだった。
物心が付く頃には粉々に砕かれたから。
心なんてない方が楽だ。傷付かなくていいから。
心のかけらをひとつ。またひとつ。
――捨てていった。
式神から渡される|愛情《かけら》は素直に受け取る事が出来ても、人間から渡されるものは受け取れなかった。
|人間《ひと》に施されていい|人間《にんげん》じゃないって知ってるから。
でも、私が捨てた|心のかけら《それ》拾った|人間《ひと》がいた。多分、拾ったつもりも救うつもりもなかったんだと思う。たまたま、居合わせたから渡してくれた。それだけ。
それは愛といって良いものでもない。彼にとっては思ったことをそのまま伝えただけだと思うから。
それでも初めて言われた言葉に私は頑なに拒否していた捨てたかけらを受け取ってしまった。受け取った|かけられた情《それ》はとてもあたたかくて涙が出た。
――それが私とサトの縁の始まりだった。
◇◇◇
「…………」
ベランダに出て手すりに肘を乗せ、手のひらに顔を乗せながら、じっと星を眺める藤花の姿があった。
「また星見てんの?」
「んー…」
背後からガラガラという窓が開く音がすれば、白髪にサングラス姿をした男性が現れ、呆れたように問いかける。
彼女は気配を感じながらもそちらに顔を向けることはない。理由は簡単、誰に声をかけられているか分かっているからだ。
じーっと星を見つめながら曖昧な返事をする。
「相変らす好きだね」
「趣味みたいなものだしね」
彼は目を閉じて深く息を吐き出すとともに何処かつまらなそうな顔をして声をかけると藤花はふっと笑って目を細めた。
「どこがいいの?」
「……生きてるのを実感するから?」
星の素晴らしさなんて五条には分からないのだろう。彼女の隣までくると星を見るのを邪魔するように顔を覗き込み、首を傾げる。
そんなことをちゃんと改めて考えたことはなかったのかもしれない。眉根を寄せて思考を巡らせて出てきた答えをそのまま口にした。
「壮大だね」
「元来、陰陽師は星を詠んで卦を占うものでしょ」
藤花の口から返ってくる言葉は斜め上だったのか。困った顔をしてはくるりと手すりに背を向けて寄りかかる。
そんな五条を気に留めることなく、彼女は言葉を続けた。
「そうだね」
「物心ついた頃からずっと星を詠んで私が生まれた意味を探してた」
「……」
その事実は彼も知っていたらしい。
コクリと頷くと藤花は遠い過去を思い出したのか。瞳を揺らしながら、ポツリと呟いた。その声音はとてもソフトで軽く聞こえるが、底なし沼のように深くも感じられる。
五条は視線だけをちらっとそちらに向けた。
「どうしてあの家に忌み嫌われる双子の女児として、安倍晴明の生まれ変わりとしてこの世に生まれたのか。誰よりも天狐の血が濃いのか……人のためだけにしか生きることを許されないのか……とかね」
「悲観的だねぇ」
言葉ひとつひとつが重く、暗い。だが、彼女は考え深そうにただ思っていたことを口にするだけだ。
傍から聞いていた五条からすると同情するという感情ではなく、ただただ他人事を聞かされているだけなのかもしれない。肩を竦めて飄々と言葉を返した。
「哀れみや妬み、畏怖の感情しか与えられる機会なかったし、受け取ってこなかったから」
「……」
彼から言われた言葉を否定するつもりはないらしい。藤花は哀愁漂わせながら、微笑むと五条と同じように手すりに背を預けた。
自嘲するように笑っているように見えたのか、彼は彼はただ黙って彼女をじっと見つめる。
「………不思議ね」
「何が?」
藤花はふぅ…と息を吐き出すとまた空に広がる星の瞬きを見るために顔を上げて呟いた。
その横顔は一切、憂いが見えなかったのだろう。むしろ、穏やかなものだったからこそ五条は聞き返す。
「あの頃は辛くて仕方なかったけど……それで良かったって今では思える」
「なんで?」
そっと目を閉じて幼き頃を思い出しながら語る彼女に疑問が浮かんで仕方ないようだ。
それは当然のことかもしれない。安倍晴明の生まれ変わりだったならば、家総出で喜ぶことだろうに女だからと、呪霊である天狐の血が濃いからとそんな理由で理不尽な扱いをされてきたことを聞いているのだから。
別に恨んだっって正当な事だとすら思うのだろう。それを良かったと肯定する意味が理解できないのかもしれない。
「全て巡り合わせで出来てる……確かにもしそんな幼少期を過ごしていなかったら、自分を大切にする意味を知ってたと思う」
「だろうね」
ゆっくり目を開けるともしかしたらあったかもしれない過去の未来を口にする。
自分を大切にすることを知らずに生きていた過去の自分を憐れむように。
五条はその言葉に否定することはない。それが事実だからこそ、肯定するのだ。
「でも、大切にする意味を知ってたら、天狐の血が濃くなかったら……サトと縁は薄かったと思う」
「……!」
空を見上げるのを辞めると今度は自分の足元を見て“あったかもしれない未来”を仮定して話す。
それは傷つかなくても泣かなくてもいい未来だったかもしれないが、今の未来にはなっていなかったという事だ。
彼はやっと藤花が言わんとしていることを理解したのか、驚いたように目を見開く。
「まあ、出会いも成り行きも正直いいもんじゃないけどサトに救われたのは確かだから」
「……」
彼女は顔を上げて覗き込むように五条に顔を向ければ、困ったように眉を下げて笑いながら言う。
事故に見せかけて死んでもらおうとしている上層部の策略の中、見張るために派遣された五条。
藤花にとって全てが敵にしか映らなかっただろう。
「ありがとう、私の楔を断ち切ってくれて」
「……どーいたしまして」
柔らかく綺麗な笑顔を見せてお礼を言う彼女に五条はふっと笑って言葉を返す。
「……?」
「
「そうね」
彼はそっと藤花の頬に触れた。
唐突に与えられる温かさに不思議な顔をしていると五条は満足気にぽつりと呟く。
なんとも自意識過剰にも取れる言葉なんだろうか。しかし、それを否定する気はないようだ。
彼女はふふっ、と笑みを零して頷いてみせる。
「……今日は随分素直だね」
「たまには素直になるのも悪くないでしょう?」
本当に自信たっぷりに言うわね。
いつもならそんなような言葉が返ってくるのかもしれない。あまりにも素直な反応を返してくる藤花に彼は戸惑っった表情を見せるとニッと口角を上げて問いかけた。
「甘えてくれた方がもっと嬉しいけどねぇ」
「……」
「!」
しかし、五条はそこは首を縦に振るわけでもなく、さらなる要望を言う。彼女は恋人である彼に塩対応が常であるからこそかもしれない。
そんなことを言われるとは思っていなかったのか。藤花はキョトンとした顔をすれば、頬に触れている五条の手にまるで猫のように擦り寄せた。
彼はその行動に驚いたらしい。目を大きく見開いた。
「……結構甘えてる」
「………ねぇ」
藤花にとってあたたかくて安心する
しかし、彼女の思いとうら笑に五条は欲望が湧き上がってきたのだろう。ゴクリと固唾を飲み込むと声をかけた。
「ヤダ」
「まだ何も言ってないんだけど」
「想像付く」
なんとも早い返答だろうか。
まだ何も言っていないというのにはっきりとした断り文句を口にする藤花に彼は眉を下げて力なく言う。
スっと頬に触れていた手から離れるとジト目で五条を見ながら、言葉を返した。どうやら、デレ期はもう終わりらしい。
「……はーい、連行」
「ちょ、明日朝早いんだから嫌!」
彼は納得いかなかったようだ。ムッとした顔をしてひょいっと彼女を抱き上げるとすぐさまベランダから部屋の中へと入っていく。
五条が向かう先は寝室だ。それに藤花は足をバタバタと動かし、彼の胸板を押して必死の抵抗をするが、如何せん男の力だ。その抵抗は雀の涙とかしている。
「大丈夫。もっと甘えさせてあげる」
「っっっ……!なんっ、でいつもそっちに持ってくの!?」
五条はくいっと動画の頭を自分の肩に寄せてと耳元に唇を近づけると低く甘い声音で促すように紡いだ。
無駄に良い声に耳から頭へと痺れる感覚に陥ると頬を赤く染め、自身の耳を死守するように塞ぎながら、声を荒らげる。それが彼女にとって精一杯の抵抗なのだろう。
「そっちってどっち〜?」
「〜〜〜っ!!」
もしかしたら、彼は藤花を照れさせることが好きなのかもしれない。上機嫌に鼻歌歌を歌い、とぼけたように聞き返しながら寝室の扉を開ける。
わざわざ言葉にもしたくない彼女は口を開けたまま、言葉を失っていたのだった。
ワードパレット チョコレート
(かけら、声音、甘える)