沈丁花の香りに つられて






 藤花はスゥ……と鼻腔をくすぐるにいにそっちに目を向け、肺に広がる甘い香りに引き寄せられるように足を動かした。

「……沈丁花なんてもう咲いてるのね」

 膝よりしたの位置にある木々の軍団の中に小さく赤い花が咲いている。
 甘い香りの元はそれだ。

 まだ3月の頭だというのに満開であることに彼女は感心したように呟く。
 沈丁花は3〜4月に咲く花だ。でも、3月頭に満開になっているということは2月の下旬から咲き始めているということ。

「……狂い咲きと言って言うには微妙だけれど、イメージでは4月だったのよね」

 ちょんと優しく人差し指でそれに触れれば、儚げに眉を下げた。

「何してるの?」
「……地球温暖化を感じてるの」
「随分また、壮大なことを感じてるね」

 藤花の背後から柔らかいテノールの声音が聞こえてくるりっと振り返れば、黒の目隠しをしている長身の男が優雅に近寄ってくる。
 その姿に肩の力を抜き、彼女は適当に返すと想定外の言葉だったのかもしれない。
 五条は困惑した雰囲気を醸し出しながら、肩を竦めた。

「サト、出張は?」
「終わって帰って来たとこ」

 キョロキョロ辺りを見渡すと彼以外いない。補佐官である伊地知が傍にいないことが不審に思えたのだろう。藤花は眉根を寄せて質問をすると両手をパッと広げながら答える。

「相変わらずね」
「そう?」

 さっさと仕事を終えて補佐官を置いてきたことを理解した彼女は深いため息を付くが、五条はどこまでも楽しそうだ。

(沈丁花の花言葉は確か……)

 彼の顔を見てはふと花言葉を思い出すと笑みを零す。

「何がおかしいの?」
「沈丁花ってサトに似合ってて似合ってないと思って」

 突然笑い出した藤花に五条はきょとんとした顔をして首を傾げた。
 彼女はふわっと表情を和らげながら言葉を口にするとその意図が彼には伝わっていないのだろう。
 ますます分からないと言った表情をしている。 

 五条はいつも”勝利”を疑わない。何故なら、最強だからだ。
 敗北の二字を知らないとは言わないが、知らないに等しい。
 
 天上天下、唯我独尊。
 この言葉が似合う男を彼女は一人しか知らない。

 しかし、”栄光”なんてあるのかと聞かれたら、彼にそんなものはない。
 いや、この世界には栄光なんてものは存在しないだけだ。
 それでも、最強なのに性格が残念ゆえに栄光なんてものは手に入らないと藤花は思ったからこその言葉だったかもしれない。

「僕ってどっちかっていうと白ユリじゃない?」
「………大丈夫、全然純粋でも無垢でもないから」

 五条は腰を曲げて顔を覗き込むようにして自身を花にたとえてみる。
 だが、彼の口にしたモノは一輪でも立派に見え、綺麗な花だ。
 それでも白ユリのイメージと五条のイメージは真逆もいいところだろう。彼女は呆れたように笑いながら、やんわりと否定すると生徒が待っている校舎へと歩き出したのだった。


ワンドロテーマ「春」

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