願いは、いつか







 機織り上手の働き者の天帝の娘と働き者の牛飼いが一目惚れし、結婚をしました。
 けれど、遊んでばかりで働かなくなってしまった二人を天帝は怒り、天の川の両岸に引き離したのです。
 それを悲しんだ天帝の娘を思った天帝は年に一度、七夕の夜にだけ会うことを許したのでした――


 それは遠い昔。
 幼子の頃に使役してる式神に聞いたおとぎ話。

 その話をしてくれた理由は離れから見える本家の庭にある笹が目に入ったから。
 笹の中に五色の短冊がひらひらと舞う姿は印象的で。あの当時の私にとってキラキラしているように見えて聞いたのが始まり。
 式神にあれは何かと聞けば、「七夕」だと教えてもらった。そこから派生しておとぎ話を聞かせてくれた。


「おひいも何か願ったら、どうじゃ」
「びゃっこ……わたしもかいていいの?」


 白狐びゃっこは名案とばかりに言う。
 要らない子の私が願い事をしてもいいと言われたようでビックリした記憶がある。


「あったりまえじゃ!な、玄武げんぶ!」
「ええ。短冊を飾りにいきましょう」


 二人は優してあたたかい笑みを浮かべて受け入れてくれた。
 差し伸べてくれた。
 私は許可なく離れを出ることを許されていなかったから、三人の内緒。
 

「ほれ、おひぃ。何を書くんじゃ?」
「こら、白狐。願い事は口にするものじゃありませんよ」


 元々書かせてくれるつもりだったのかもしれない。
 白狐は準備良く懐から青色の短冊を取り出して渡してくれた。
 興味深そうに聞く彼女を玄武はたしなめると狐耳がぴょこぴょこと上下に動く。


「……絶対叶わないこと」


 二人のやり取りを見ていて自然と口角が上がるけれど、気持ちはどこかぽっかり空いてた。
 笑っているつもりだったけど、もしかしたら笑ってなかったのかもしれない。
 二人は私の顔を見て悲しそうな顔をしていた。

 でも、あの頃の私には絶対叶わないと思ってた。
 安倍晴明の生まれ変わりとしてではなく。安倍家の双子の忌子としてではなく。
 私として見てくれる人が現れるなんてことは決してないと。


◇◇◇


「……」


 とーかの目線の先にある笹の葉。
 風に靡かれている中、色とりどりの短冊が踊っていた。


「どうかした?」
「今日って七夕なんだと思って」


 五条は合わせるようにして足を止め、顔を覗き込む。
 目の淵で姿を捉えるが視線は笹の葉から逸らすことはせず、眉を下げて微笑みながら答えた。


「願いなんて適わないだろうに無駄な労力だよね」
「……どうしてそうつまらないことしか言わないのよ」


 彼はポケットに手を突っ込み、曲げていた腰を正すと自分よりも高くそびえ立つ笹を見上げて呆れたように呟く。
 風流なものを見てその感想が出るのは五条くらいかもしれない。とーかは彼の口から出たそれに呆れたように目を細めた。


「願って叶うなら世話ないでしょ」
「救われる願いだってあるかもしれないじゃない」


 サングラス越しに見える碧眼は気だるそうに短冊を見つめる。その目が捉えているのは何処かの誰かの願いかもしれない。
 笹から五条へと視線を向ける彼女はふっと笑って答えた。それはどこか確信あるような言いぶりだ。


「……じゃあ、願い事でもする?」
「サトが?」


 そこまで言うならと言わんばかりに提案する彼の言葉に驚いたのだろう。
 とーかは目を真ん丸にさせて聞き返す。それはそうだ。天上天下。唯我独尊。その言葉がぴったりの男が願掛けを提案してくるんだから。


「僕は別にどっちでもいいよー」
「んー……私は、いいかな」
「やっぱ信じてない?」


 けれど、五条の反応は曖昧だ。
 信じてはないけど、付き合いでやるくらいは別にいいのかもしれない。
 全ては彼女次第なのだが、顎に人差し指を当て考え込んで出た答えはやらない、だ。
 信じてるかのように言っていたのにも関わらず、想定外の答えを出したことに驚いたのだろう。ズリッとサングラスがずれ下がり、碧眼が顕わになる。その目はとても綺麗なビー玉のように真ん丸だ。


「……もう叶ったから」
「は?」


 その顔がとても間抜けに見えたのか。可愛らしく見えたのか。それは彼女のみぞ知ることだが、その彼女は嬉しそうに笑って言う。
 だが、それは五条にも理解はできないようだ。眉根を寄せて首を傾げている。


「夕食はそうめんにしよ」
「なんで?」
「ふふ、七夕はそうめんを食べるものよ」


 願いを託された笹の葉を見るのはもう満足したのか。とーかは一歩、また一歩と歩き出した。
 話題がガラッと変わったにもほどがある。唐突の提案に彼も困惑したままだ。
 じっと見下ろされる顔を見てまた楽しそうに彼女は笑みを零す。


「ふーん、決まってんの?」
「健康祈願よ、健康祈願」


 柔らかい表情を見せる姿に五条もまた口角が自然に上がるのかもしれない。ニヤリと笑って聞けば、とーかは簡潔に返事をした。


「へぇ……」
「何?」


 彼女の口から出る言葉とは思えなかったのかもしれない。それはそうだ。
 人間として死ねるなら無茶をするような女だったのだ。それが健康祈願なんて笑い話もいいところだろう。
 じっと見つめれば、とーかは眉間にシワを寄せる。


「いや、人って変わるもんだねぇ」
「生きてるもの、当たり前じゃない」
「ははっ、確かに」


 五条は感心するように呟けば、彼女の手をするりと掴んで指を絡ませた。それに驚きもせずに女性もまた絡まれた指をぎゅっと握るとムッとした顔をして反論をする。
 だが、これに返す言葉がないらしい。彼は声を上げて笑えば、握られた手を更にぎゅっと握ったのだった。



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