くそぉ……私は負けた。負けました。
雑用の押し付け合いという名の戦争に。
押し付けられました。
生徒と向き合う時間が欲しいのに何故こんなことになるんだろう。
八つ当たりしたい。
そんなことを思いながら、カタカタと強めの音を立てて入力をしていく。
家に帰って作業しようとしても絶対寝る。
かと言って夜遅くまで空いてるカフェがある訳でもないので、こっそり残業をさせてもらってる。
させてもらってるって言っても、誰にも許可は取ってない。
こっそりだからね、こっそり。
だーいじょうぶ、バレなきゃいいのよ。
誰に言ってんのか分からない自問自答をしてる辺り、わたしはイカれてるのかもしれない。
「ははっ」
面白くもないのに笑えてくるからヤバいかも。
そんなことを考えていたら、スマホから着信音が聞こえた。
こんな夜遅くに誰だろう?
そんなことを思いながら、画面を見ると電話番号だけしか表示されていない。
少しはビビってる。
だって、お相手が誰だかわからないんだもの。
「……はい、どちら様…」
『あ、せんせー?』
私はごくりと唾を飲み込んで電話に出た。
聞こえてくるのは聞き慣れた声。
可愛いわたしが受け持つクラスの生徒の声だ。
「虎杖くん……こんな時間にどうかした?」
夜遅くに電話してくるなんて何かあったのかもしれない。
それに声がどこか元気ない。
ううん、元気に振る舞っている感じがする。
『さっきさ、じーちゃんが死んだ』
「……!」
から元気で告げる言葉はとても残酷で、わたしは息を飲んだ。
虎杖くんのご家族は御爺様しかいないはず。
まだ15歳だというのに家族を失うのは酷く辛いだろう。
わたしは目頭が熱くなった。
『色々バタバタするからしばらく休むね』
「ちょ、今どこ?病院?」
それでも彼は何でもないかのように休学する理由を述べる。
今はまだ気を張ってられるはず。やるべきことが多いから。
でも、それが終わった後。この子は崩れ落ちてしまうんじゃないか。
そんな不安から問いかけた。
『え、あ、うん。杉沢病院……』
「今から行くわ」
『え、別にい……』
彼から聞こえるのは戸惑った声。
そりゃ唐突に聞かれれば驚くよね。
でも、そんなの今気にしている場合じゃないのよ。
顔を見るまで安心出来なかった私は居場所を聞き出すと何かを言おうとしている生徒の声に耳を傾けることなく、すぐさま電話を切った。
「あの子、なんであんな淡々としてるのよ…!」
教師としての態度は最悪かもしれない。
それでも早くそばにいてあげたいと思った。
唯一の身内を失うことはどれだけ辛いのか、経験はないけど、想像は難しくない。
一人で生きていかなきゃ行けないと覚悟を決める辛さは知ってる。
私は車の鍵を手に職員室から飛び出した。