数時間前、五条本家の当主様に身バレして捕まった。
何を言われるのやらと緊張していたのだけれど、これが思わぬ方向に転じている。
「……」
思わぬ方向に転じているというのは今いる場所というか状況に個人的に肩を透かしているからだ。
何処にいるかというと市内でも有名なそこそこ良いホテルの最上階にあるそれはそれは広い部屋。
そこで私は今日の戦という名の会議で負けた雑用を終わらせるべく、作業を続けてる。
「…………」
なんでそんな作業する時間があるのかというと五条さんが私をこの部屋に放り込んで、虎杖くんを連れてどこかへ行ってしまったから。
私はこの広い部屋でぽつんと放置されてる。
「……私、ここにいる意味ある?」
ここにいる意味が見つからない。だって、放置されてるんだもの。
カタカタとタイピングする手を止め、椅子の背もたれに寄りかかりながらポツリと零した。
でも、返ってくる声もなければ答えもない。
それを知っている存在がこの場にいないのだから仕方ない。
「……………ふぅ……」
天井を仰いで深いため息を落とすけれど、考えはまとまらない。いや、あの非現実なものを見たあとに普通に仕事できてるだけまともかもしれない。
疲れてるから寝たい気もするけど、いつあの人が帰ってくるか分かんないし。どんな人かなんてほとんど知らないけど、元実家のこともあるからまだ気を抜いちゃいけないのは確かで、気を許してもいけないのも事実。
「さっさと私を解放してぇ……」
今日あったこと全部忘れるから。
だから、ついでに全部白状するから元実家にだけは告げ口しないで欲しい。
その思いを乗せて出た言葉は何ともまあ、釈放を願う人間のようで笑えてきた。
「……てかもう、日付変わってるじゃない」
チラッと時計を見れば、明らかに12時を回っている。そりゃ、疲れもピークになるはずだよ。
またひとつ、深いため息が零れた。
「………とりあえず、仕事でもしてよ……はあああ……」
ぶっちゃけ言うと逃げるっていう手もあるにはある。
だけど、どうぜここから逃げたって今住んでる家を突き止められて乗り込まれてくるのが関の山。
だったら、無駄な抵抗する方が徒労だ。
私、無駄嫌いだもん。
もう五条さんが戻ってくるまで考えることをやめた私は机の上にある書類とPCに目を向ける。
あと半分も終わっていない。気力を奪われそうになってまたひとつため息が出た。
「………………」
気を引き締める為に背もたれから背を離して作業を開始すれば、カタカタというタイピングの音だけが響く。
それは広い部屋のせいかもしれない。
いつも以上に響いている気がしてそれが不安を煽らせた。
「虎杖くん……無事よね」
自分の身バレで忘れていたけれど、自分からあの世界に引き摺られるように巻き込まれた生徒をふと思い出す。
両面宿儺の指を食べてしまったからには死刑対象は免れることはない。
この世の秩序を乱す存在に違いないのだから。
それをあの血も涙もない呪術師の上が命を見逃すことがあるのだろうかと嫌な考えが過ぎる。
でも、五条さんは自信満々に任せろと血みどろの少年に言っていた。
正直、どこまで彼を信じていいのか分からない。
どうか、五条さんがあの子を守ってくれますように。
それだけを願って私は戦に負けた雑用を片付けるべく、今度こそ、外界への意識を遮断した。