「……で、どこにいるのよ」


 火葬場といえば一つしかない。
 その場所に着いたはいいけど、姿は見当たらなかった。
 まだ火葬場の中にいるのかもしれないと思ってポツリと呟けば、遠くから明るい声が聞こえてくる。


「伏黒!!元気そうじゃん!」
「包帯見えてそう思うか?」


 そちらの方へと駆ければ、笑みを浮かべて包帯ぐるぐる巻きの子に声をかけてる虎杖くんの姿が目に入った。声をかけられた少年は呆れた目を向けている。
 包帯ぐるぐる巻きの子を見て元気だと言い切る彼らしいっちゃらしいけれど、あの男の子の疑問は最もだと思った。


「虎杖くん!」
「あ、夏油せんせー!」


 ふぅ……と息を吐いて声をかければ、愛嬌のある顔がひょいと覗むようにこちらを向く。
 虎杖くんはぶんぶんと手を大きく振りながら、私を呼んだ。


「ぶっ!!」


 それは衝撃的な言葉だったのかもしれない。
 そりゃそうだよね。衝撃でしかないと思う。
 教えてないし。
 五条さんは耳にした瞬間、汚いくらいに吹き出した。そう、汚いくらいに。


「ごめんね……おじいさんの火葬今日だって知らなくて……」
「俺も言ってなかったし……あ、俺、東京行くことになった」


 まあ、彼の存在なんて気にしてられない。
 間に合わなかったことを謝罪をすれば、虎杖くんは頬を掻いて受け止めてくれると今後のことを教えてくれた。
 

「そう……あんまり無茶しないでね」


 東京に行かないという選択肢は恐らく彼に残されていない。
 両面宿儺の器になり、執行猶予付きの死刑になったのだから当然。 だから、教えられたとしても驚きはしなかった。

 出来ることなら、無理矢理ではなく自分の意思で。それを願っていた。
 ちゃんと自分の意思で行くと決めたんだと思う。
 そんな顔をしている。もう何も言うことはなかった。
 心配はするけれど、教師としてできることはもう背中を押すことだけだから。


「応!」
「あのさー……悠仁」
「ん?」


 虎杖くんは二カッと笑って頷く。
 この笑顔とももう会うことがないのは少し寂しい。
 もう言い残すことはないからその場を去ろうかと思っていたところに別の声が割り込んできた。
 その声は五条さんだけれど、今朝方、私に見せていた余裕さはどこかない。頬をヒクヒクさせながら虎杖くんを呼べば、彼はキョトンとした顔をして首を傾げた。


「今なんて言った?」
「応!」


 困惑しきった雰囲気で問いかけると虎杖くんは無邪気な笑顔で一個前に自分が口にした言葉を繰り返す。
 確かにその通りだけれど、多分五条さんの求めてるものじゃない。


「違う違う。そこじゃなくて……この人のことなんて言った?」
「夏油せんせー」


 案の定、彼は頭を抱えて首を振れば、私を指さしてもう一度聞いた。
 何でそんなことを聞くんだろう?
 そう言いたげな顔をして虎杖くんは私の苗字をもう一度口にした。


「…………」


 生徒に五条さんとの関係を聞かれるより遥かにマシ。だからこそ、そのやり取りを見守っていた。
 今更居場所がバレた今、苗字が明るみに出てもしょうがない。。調べられてしまえば、すぐバレるのは時間の問題だろうし。


「……君、結婚したの?」
「え、結婚してたの!?」
「してませんけど」


 ぎこちなく顔をこちらに動かして唐突な質問をされる。
まあ、普通に考えたらそうなるよね。五条家にいた女が苗字変われば。
 けれど、そんな質問今しないで欲しかった。
 何も知らない生徒の前で。
 虎杖くんは驚いた顔をこちらにみせてくるけれど、私の心はスンッとなっていた。だからこそ、冷たい視線を五条さんに言葉を返す。


「ちょーと、悠仁と恵。ここで待ってて」
「ちょ、五条さんなんですか!?」


 五条さんは頭を抱えて悩んだ末。二人の生徒に指示を出すと私の腕を掴んで彼らから離れた場所に移動しようとした。
 そこまでして追求される件でもないのになんで気にされなきゃいけないのか。本当にわからなすぎて声を荒らげて抵抗するけれども、ちからにかなうはずもない。私はただずるずると引っ張られてしまった。


「じゃあ、なんで……苗字変わってるわけ?」
「もう二度と関わることがない方に説明いります?」
「二度と関わらないとは決まってないでしょ、ほら説明」


 飽きることなくぶつけられる疑問。
 生徒にはまだ優しさあを見せられるけれど、昨日から今日にかけて振り回してくる人間にそんなものを欠片にひとつもあげる気にはなれない。
 ニコッと笑みを浮かべて遠回しに断ったけれど、意外な返しをされてまた最速をされた。


「……勘当されたので縁を切ってやろうと思いまして母方の祖母に相談したんです」
「それだったら、また別の苗字のはずだよね」


 察してよ。
 私としてはもう関わって欲しくないんだよ。

 心の中でボヤいてみるけれど、言わないと解放されない雰囲気があるのも事実。
 深い溜息をつき、仕方なしに答えた。

 そう。母方の祖母の苗字は夏油じゃない。
 もし、祖母の養子になっていたら、また違う苗字。それがわかっているからこそ、的確な指摘をされる。

 ホント、この人はどこまで把握してるんだろう。
 そんな疑問が浮かんできた。


「母は勘当同然で五条家に嫁いだので、祖母と不仲です。後々面倒に巻き込まれたくないと祖母に断られたんですけど、私を憐れんだ祖母が色々親戚に聞いてくれて……それで祖母の姉の婿の弟の嫁の妹の婿の姉の息子夫妻が不可解な事件で亡くしたそうで意気消沈しているから丁度いいのではと言われて養子に入りました」


 睡眠時間が少ないせいか、体もだるい。もう早く帰って寝たい。

 そんな欲望から私が夏油になった経緯を話してしまった。
 ここまでノンブレス。体力がない割に頑張ったと思う。


「もはや、それ親戚と云うよりも赤の他人だね??」
「そうですね。まあ、五条が取れれば何でもよかったので」
「…………」


 彼の言う通り、もう親戚といえども遠い親戚。
 ぶっちゃけ血が繋がってない。むしろ、五条さんとの方が血縁的には近い。
 でも、それだけ「五条」という鳥かごから逃げたかった。それが伝わればいいと思った。
 私の言わんとしていることが分かったのか。彼は口を閉ざすけれど、どこか複雑そうにも見える。


「何か問題でもありました?」
「はああああああああ…………」
「…………」


 ホテルに軟禁されていた時と違う表情に嫌な勘が働いた。
 目を細めて問いかければ、それはそれは長く深いため息を付かれる。
 それ、そっくりそのまま返したい。
 そう思うけれど、もう無駄な体力は使いたくないから黙って見守った。


「君って結構悪運強いんじゃない?」
「何も悪いことしてないんですが?」


 ガシガシと乱暴に髪を掻くと呆れたように言われる。
 それはそれはとても喜ばしくない褒め言葉だ。
 間髪入れずに言い返すのはもはや、条件反射かもしれない。

 悪運が悪いと言われるのは納得いかない。
 ただ普通に生きてるのに運が悪いんだ、私は。


「まあ、いいや。悠仁の件で動かなきゃいけないからまた連絡するよ」


 五条さんは肩の力を抜いて上着のポケットに手を突っ込めば、適当なことを言い始めた。
 それはまた関わろうとしてることを意味してる。
 私が望むこととは真逆すぎるそれに血の気が引いてく感覚を覚えた。


「私もう関わりたくないんですが??」
「僕の予想が正しければ、その考えも変わるよ」


 私の気持ちわかってる??
 その思いを込めて反論すれば、彼は不敵に笑う。
 もはや、その笑みすら恐怖でしかないのに五条さんは更に私を不安にさせる言葉を吐いた。


「不吉なアドバイスだけ与えて去るのはやめてもらえません??」
「じゃあ、また連絡するね〜」


 まるで私の養子先に問題があるかのような含みのある言い方に文句を言ってみるものの、あしらわれるだけ。
 五条さんは口角を上げて背を私に向けてひらひらと手を振りながら、去って行く。


「ちょ、人の話聞い……聞いて下さい!五条さん!!」


 最初から最後まで私の話を聞くのない彼に我慢できずに声高らかに叫んだ。
 でも、振り向いてくれることも立ち止まってくれることもない。
 ただ、楽しそうな。愉快そうな笑い声が微かに聞こえた。




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