桜が舞い散る中、空を見上げながら、カスタマイズされた制服に身を包む少女は階段の上から見える景色を見る。
「すごーい自然……中学とあんま変わんないかも」
「やぁ、久しぶり。大音師奏だね?」
ほぼ森と変わらない景色に眉を下げて懐かしそうに微笑みながら、呟く。
そんな彼女の背後には気配を消して現れた男の声が聞こえた。
「……え、会ったことありましたっけ?」
「………いや、初めましてだよ」
その声に驚き、微かに目を見開く奏はくるりと振り返れば、長身の白髪の男が立っている。
スタイルはとてつもなく良いが、不思議な人に戸惑い、眉根を寄せながら、問いかけた。
返ってきた答えに彼は口を一瞬曲げるが、すぐに表情を戻して飄々と言う。
先程とは真逆の言葉を。
(てか、急に現れた変態チックな人間に話しかけられてからかわれてる…!!話返してよかったのか、あたし……)
話になってるようでなってない訳の分からない会話に奏は心の中でぐるぐると頭の中で駆け巡った考えを吐露し、急に不安が押し寄せた。
目の前の男は何故か、目を包帯でグルグルと巻いてるのだから、無理もないかもしれない。
「おい、悟。そいつ誰?」
「やだなー、君たちの同級生だよ」
彼女と同じようにカスタマイズされた制服に身を包む生徒とプラスワンが歩いて近寄ってくる。
その1人である眼鏡をかけたポニーテールをした少女が偉そうに問いかけると悟と呼ばれた長身の男はポケットから手を出してぱっと両手を上げて道化のように言う。
「ふーん……私は禪院真希」
「俺はパ…」
「パンダが喋った!?」
眼鏡をかけた少女はじろじろと奏を品定めするように見ては自身の名前を言えば、隣にいるプラスワン。いや、もふもふであり、白と黒の模様をした生き物は口を開く。
しかし、言いかけた言葉は最後まで言わせてもらえることは無かった。
常識的に考えればパンダは喋ることはない。それでも目の前にいるパンダは二本足で立ち、良い声で人語を話している。
それに驚き、彼女は声を荒らげた。
「!?」
「そんなに驚かなくてもいいだろう?俺は呪骸の突然変異」
そんな奏の声がその場にいる者を驚かせたのだろう。
ビクッと身体を動かし、目を見開いて彼女を見る。パンダはポリポリと頬を掻いて困ったようにしながら、自身の説明をした。
「いやいやいや、驚くよね。てか、呪骸って何!?突然変異って!?」
「……こんぶ」
奏は一般家庭に育っているため、呪術師の専門用語はそんなに詳しくない。
信じられないとばかりに首を小さく振りながら、自分の疑問を全て声に出しているとタートルネックで口元まで覆い隠された男子生徒はぽつりと呟いた。
「いやいやいや。なんでこんぶなのよ」
「あー、棘は呪言を使うから無闇に喋れないんだよ」
「しゃけ」
ただでさえ訳が分からないのに、またツッコミ満載な言葉を零されるとそれまで気になるようだ。
目を細めてツッコミを入れるとそれにパンダがフォローするように答える。
「は?呪言?」
「こいつ、呪術師になる気あんのか?」
また聞き馴染のない言葉にキョトンとした顔をして首を傾げている奏に真希は呆れた顔をして彼女を指差しながら、五条に問う。
「まあ、ずーっとこちら側とは関係ない世界にいたから仕方ないね」
「マジか」
相も変わらず飄々とした態度でいる彼はふぅと息を吐き、肩の力を抜きながら説明をした。
思った以上に一般人であることに衝撃を受けたのかもしれない。真希は怪訝そうな顔をしてこめかみを抑えた。
「…………」
入学してから学べばいいと思っていたけれど、違うと言うことを何となく肌で感じ取ったらしい。
目から入る情報を処理するのでいっぱいいっぱいだったのだろう。奏はただ黙って見守っていた。
「僕は担任の五条悟。よろしくね、奏」
「えっと…、大音師奏です。よろしく?」
五条は身体を曲げて茫然と立ち尽くしている彼女の顔を覗き込むようにして自己紹介をするとハッと我に返ったらしい。
彼女は戸惑いながら改めて自己紹介をすると訳が分からないということを態度で示しながら、語尾に疑問符を付ける。
「足引っ張るなよ」
「しゃけ」
「よろしくなー」
真希は冷たい態度では声をかけると棘は首を縦に振り、頷く。
パンダは呑気に手を振って歓迎した。
「それじゃ、教室に行こうか」
一年生たちと担任の挨拶が済むと五条はくるりと校舎のある方へと身体を向け、首だけを後ろに向ける。
(殺せんせー……世の中には殺せんせー並に意味のわからない人がいるみたい)
喋るパンダ。
おにぎりの具だけを口にする男の子。
威圧的な眼光で見てくる女の子。
包帯ぐるぐるの長身の男。
たった数人に自己紹介されただけだと言うのにクラスメイト二十人以上とあいさつした気分になったのだろう。
殺せんせーという超生物に会ってそれなりに常識外れに慣れていると思っていたが、それでもまだ見ぬ世界はまだあると実感したらしい。呆けた顔をして心の中で空にいるであろう恩師に声をかけたのだった。