#3





 入学したと言っても生徒は非常に少ない。
 今年は四人だ。
 簡素な学校行事が終わると奏は椅子に座ったまま、ひらって手を高くあげる。


「ごじょせーん」
「僕のこと?」


 呼ぶのは担任である五条悟だ。
 しかし、呼び方が独特だったからだろう。彼は一瞬キョトンとした顔をして首を傾げる。


「五条悟先生だからごじょせん。いいでしょ?」
「まあ、いいけど……それでどうかした?何かわからないことあった?」


  彼女はニッと口角を上げて楽しげに自身が口にした呼び名について説明すると五条はしぶしぶ了承して見せた。
 いや、呼び方に興味があまりないだけなのかもしれない。彼はすぐさま、本題に入れとばかりに問いかける。


「今日、地元に一瞬帰りたいです」
「理由は?」
「忘れ物を取りに」


 奏は手を上げたまま、はっきりと答えるが、それだけでは納得はできないらしい。
 ここ、東京都立呪術高等専門学校に通う生徒は学校にある寮で生活をする。だからこそ、入学して一日目早々にそんな申請をすることに疑問を持ったようだ。
 五条はふむ…と顎に手を添えながら聞き返せば、彼女は端的に答える。


「親御さんに送って貰えば……」
「親とは縁切られた上に海外転勤でーす」
「「……………」」


 忘れ物をしたからと言って自分で撮りに行く必要性があるのか。
 そんな疑問が浮上した彼は対応策を言いかけるが、それは奏によって遮られた。
 彼女の言葉は当の本人は気付いていないのかもしれないが、その場を凍らせる。


「………い、いいよ」


 普通の15歳の心の琴線に触れるような繊細な部分をなんでもないことのようにいう彼女に五条は頬を引き攣らせながら、許可を出した。


「門限までには帰りまーす」
「あ、うん……」


 あっさりと許可が出たことに奏はほっと胸を撫で下ろすとスタスタと教室から廊下へと向かい、言葉を続ける。
 まるで”今日は天気がいいから布団を干そう”と言わんばかりにさらりと返えてくると彼はただ彼女の背中を見送りながら、コクリと頷いた。
 奏は後ろを振り返ることなく、そのままパタパタと足音を立てて教室から遠のいていく。


「悟、今のはダメだぞ」
「しゃけしゃけ」
「あいつ、大丈夫か?」


 足音が聞こえなくなったところでパンダは呆れたように五条に注意すると狗巻はこくこくと頷きながら、同意を示した。
 呪術界初心者の彼女を思ってか、真希は一発目からヤらかした担任をジロりと睨みつけながら聞く。


「んー……尾行してみる?」
「教師としてどうなんだ、それ」
「おかか」


 五条は顎に手を添えて考え込むと斜め上の提案をした。
 それが本当に教師の言葉なのだろうか。真希はげんなりした顔をしてツッコミを入れると狗巻もまた冷たい視線を彼に向ける。
 教師として以前に人間として常識を逸脱した提案だから当然と言えば当然だろう。


「じゃあ、僕だけ行って……」
「行かないとは言ってないだろ」
「ツナ」


 賛同を得られなかった五条はつまんなそうにして両手をポケットに突っ込み、くるっと教室と廊下を繋ぐ扉の方へと歩き出そうとしたが、それは止められる。
 止めたと言えど、奏が気になるのかもしれない。彼の誘いに文句は言いはしても否定はしていないのだ。
 真希と狗巻は知れっとした顔をして五条の後を続く。 


「えぇ……どっち?」
「いってらっしゃーい」


 あんだけ蔑む目を向けて来たというのに提案を飲み込む生徒の態度について行けないのか、彼は肩の力を脱力させて困惑させると二人に背を押されながら、教室を後にする。
 パンダは三人の後姿をただ呑気そうに見守っていたのだった。


◇◇◇


 奏は椚ヶ丘駅に辿り着くとフゥ......と息を吐く。
 昨日までいた街なのにどこか懐かしい思いにさせたのかもしれない。


(……あの人たち、何してんだろ)


 彼女はスタスタと歩いて駅を降りるとなかなかの人の賑わいだ。
 ちらっと自身の背後を見やると自分と似たような制服に身を包んでいる二人の生徒と目を包帯でぐるぐるに巻いている長身の男。
 隠れて後を付いてきていることは分かるのだが、隠れ切れていないのだろう。奏は呆れたように眉を下げた。


(尾行?何のために?)


 明らかに行動に対して伴う理由が分からないらしい。 
 眉根を押せて視線を上げて考え込むが、答えは出るはずもない。


(撒くことも多分できるけど……この街中でやる訳にもいかないしなぁ)


 新しいクラスメイトと担任に後を付けられるのも面倒だと思ったからこそ、あの暗殺教室で学んだフリーランニングを持ってして撒くことを一瞬考えるが、それは留まるようだ。
 人の目がある上に今、この場所でわざわざやる必要性もないからだろう。


「……仕方ないから跡付けさせてあげるかぁ」


 彼女はこそこそしている三人に諦め、深いため息を付くと目的地へと足を運ぶ。


「あ、カルマー!」
「遅い………」


 駅を降りてから五分くらい早歩きをすると待ち合わせ場所の壁に寄り掛かりながら、スマートフォンを弄る赤髪の身長の男を見つける。
 珍しく制服を着崩すことなく身に纏っている姿は何とも新鮮だ。奏はニッと口角を上げて名前を呼べば、呼ばれた本人はスマートフォンから目を離し、声のする方へと顔を向けると迷惑そうな顔をする。


「遅いって言われても私の学校、郊外だからこっちに来るのふつーに時間かかるからね?」
「てか、何その制服……」
「なんかカスタマイズできるらしくて?どうせなら動きやすい格好にしてみた」
「あっそ……」


 第一声が文句だったことに不満を覚えたようだ。彼女はムッと顔をして人差し指を天に向けて刺しながら、正論を口にする。
 しかし、そんなことは可憐耳に入っていないのかもしれない。いや、入っているが、器用に右耳から左耳へと流している可能性の方が高い。カルマは奏の足元を見ると大胆にスリットの入っているスカートを目にしてげんなりした顔をして指を差した。
 指摘されたことに彼女はなんてことなさそうにさらりと答える。
 カスタマイズが出来ることにまず疑問を持とうともしない奏に彼は諦めたのか、一言でその話題を終了させた。


「ん、忘れ物」
「さーんきゅさんきゅ」


 小さく白い紙袋を持った手を彼女に渡すと奏はぱぁと明るい顔を見せてお礼を言う。
 彼女のその表情から余程大事なものだったようだ。


「なんでそんなものを忘れてくの?」
「いやぁ、卒業してから荷物詰め込みまで時間あんまなかったから忘れちゃった」


 カルマは訳が分からないとばかりに眉を下げて問いかけると奏はあっけらかんと返答する。
 忙しすぎで忘れていたということなのだろうが、それは彼にとって信じられないことなのだろう。


「よく、平気だったね」
「いやぁ、本当だよね。奇跡としか言いようがない」


 呆れた様な深いため息を吐き出してはある意味感心するように言葉を投げかけた。
 それには彼女も同意を示す以外しべを知らないのかもしれない。ケラケラと笑いながら、こくりと頷く。


「でさー、何。あの人たち」


 彼女の奥にいるこそこそとしている三人組の姿が視界に入ったらしい。彼はそちらに目を向けないようにしながら、聞いた。


「…………何なんだろうねぇ」
「は?」


 しかし、その答えは奏も知らない。
 だからこそ、何と答えていいのか分からない。顔を上げて自分より上にあるカルマの顔を見てこてんと首を傾げた。
 その反応こそ、また予想外だったのだろう。彼は間の抜けた声が出す。


「同級生と先生なんだけど、なんか付いてきちゃった」
「………撒けば?」


 詳しく話せ。
 そう言わんばかりに目で訴えられた彼女は頬をぽりぽりと掻きながら、てへっと笑って答えた。
 なんで担任まで後を付けて来るのか訳が分からない。
 そんな疑問を胸に推しと止めながら、カルマは手っ取り早い方法を提案する。


「個人的に力を使わない」
「……」
「って、せんせーと約束したじゃない」
「……はぁ、めんどくさ」


 ビシッと鼻頭にに向けて人差し指を差し、凛とした声で言う。
 彼はすぐさま、奏が言わんとしたことをしぐ理解したのだろう。肩の力を抜くと彼女はそのまま言葉を続けた。
 奏と会ってまだ数分しか経っていないというのに二度のため息を付き、ぼやく。


「このまま帰れば関わんなくていいよ」
「………」


 問題ないとばかりに両手をブンブンと振る彼女だが、その言葉にどうやらカルマは納得していないようだ。
 ジト目で奏を睨みつけている。


「ああん?あいつ、彼氏でもいんのか?」
「明太子」
「いやー、青春だね」


 十メートルは容易く離れている奏を尾行している三人には二人の会話など、聞き取るのは難しい。
 聞き耳を立てながらも、疑問を口にする真希に狗巻は小首を傾げる。
 学校帰りに地元で男と待ち合わせしている生徒を見て思ったのか。それとも一緒に尾行している生徒二人が同級生を気にして語り合っている姿を見ていて思ったのか。それは分からないが、五条は呑気に平和なことを呟いたのだった。


ALICE+