#4





「………」
「ちょ、カルマさん?」


 カルマは両手をズボンのポケットに突っ込んだまま、スタスタとそれなりに太い円柱になっている建物の柱へとある所へ向かう。
 しかし、お目当てはその柱ではなく、その後ろに隠れている3人組だ。
 奏は黙って一直線に向かう彼の背中を見て困惑した顔して声をかけるが、一向に返事はない。


「なんか近付いてきてねぇ?」
「しゃけ」
「……」


 それなりに離れた所に居たはずなのに迷いもせず、向かってきている赤髪の少年に真希は眉間のシワを深く刻むと狗巻もまたこくりと頷いた。
 五条はただ楽しそうに口角を上げてただ黙っている。


「ねぇ、あんた達。ずっと見てるけど何」
「いや、説明したじゃん。なんで乗り込んじゃうの」


 カルマは柱に近づくとその陰に隠れていた3人に涼しい目を向けて話しかけた。確実に用があるのは柱ではなく、お前らだと言わんばかりに。
 彼の後を追う奏は呆れたような顔をして的確なツッコミをするだけだ。


「バレちゃぁ仕方ねぇな」


 真希は、はぁ……とため息をついて立ち上がれば偉そうに言う。
 それは尾行していた人間が言うことではないが、ここでそれを指摘する人間はいないらしい。


「いや、あのさ、カルマ。説明したのにわざわざここに乗り込む必要あった?」
「……尾行に気が付いてたのか?」
「明太子」


 奏はにょきっと手を挙げて質問した。
 触れぬところには祟りなし。あえて、触れに言った彼が不思議でならないのだろう。強ばった顔をしていると彼女の言葉に真希は意外そうな顔をして問いかける。
 狗巻も同じことを思ったのだろう。目をぱちぱちとさせながら、呟いた。


「なんで気が付かないと思ったの?」
「「………」」


 しかし、その疑問は奏にとって愚問でしか無かったらしい。キョトンとした顔をして聞き返す始末だ。
 一般からスカウトで入っただけだからぼんやりしている子だと思っていたのかもしれない。逆に問われてしまったことに2人は言葉を失っていた。

「それでさー、君……奏の彼氏?」
「「違う」」


 話を変えるように五条は指をさしてからかうように問いかける。目は包帯で隠されているが、この状況を楽しんでいることが表情から見て取れる。
 彼の疑問に2人は声を揃えて否定した。


「息ぴったりだね、照れ隠し〜?」
「いや、照れて何になるの」
「もう少し可愛い反応くれると思ってたんだけどなぁ……」


 五条はニヤニヤして彼女の顔を覗き込むように聞くが、奏は至って冷静だ。スンっとした顔をして聞き返せば、想像した反応とは違っていたらしい。
 彼はつまんなさそうに顔を離して肩の力を抜いた。


「へぇ、1生徒の恋愛事情が気になってストーカーしてるとかなかなかイカれた教師だね。教育委員会に訴えてみる?」
「それいいな」
「しゃけ」


 カルマはニヤリと口角を上げて涼しげにとんでもない事を言い出す。いや、ほとんど事実であるが、いざ言葉にして聞いてみるとヤバい教師の像が出来上がる。
 普通の教師ならば、顔を青ざめて恐怖で身体を震わせる案件だ。
 真希と狗巻も共犯のくせに自分たちのことは棚に上げて、右手の手のひらにポンともう片方の手を乗せて彼の意見に乗っかろうとするから、生徒もまたとんでもない奴と言っていいかもしれない。


「……そもそもあの高専、普通の学校と違うから教育委員会とかないんじゃない?」


 しかし、そこに異を唱えたのは尾行をされた本人だ。彼女は眉間に皺を寄せ、顎に人差し指を添えて考えながら、言葉にする。
 東京都立呪術高等専門学校は普通の学校とは違う。専門学校と比べても。
 一般常識では語れないものを習う場だから当然だ。だからこそ、教育委員会に訴えたところで意味がないという考えに至ったらしい。


「奏の言う通りだよ。それに僕は最強だから」
「最強だとストーカーしていーの?」


 その考えは正しいようだ。五条はひらっと手のひらを天に向けながら、説明にならない説明をする。
 だが、カルマは腑に落ちないのか。鋭い目を向けながら、尋ねる。
 それはもっともらしい疑問だと言って良いだろう。


「よくはないな」
「しゃけ」
「いや、二人も同罪でしょ」


 それに答えたのは教師ではなく、奏の隣にいた腕を組んでいる真希だ。狗巻はそれにただ同意するが、テンポよく奏が指摘をする。


「悟と一緒にするな」
「ツナ」
「………」


 だが、彼女の意見を否定したいようだ。
 五条に蔑む目を向けながら、吐き捨てるように言えば、狗巻もまたこくこくと頷く。
 そんな二人に奏は天を仰ぎ、顔を手で覆うようにして絶句していた。


「……すごい言われようだね、最強」
「そう?」


 まだ入学した初日だというのに酷い言われようだと誰もが思うだろう。
 それはカルマも思ったらしい。憐れむような目を向けると当の本人はあまり気にしていない素振りだ。
 いや、素振りというより気にしていなさそうだ。


「随分変わったよね、アンタ」
「……もしかして君は覚えてる?」


 じっと見つめ続けるカルマはぽつりと零すと五条は驚いたようにぽかんと口を開けて指を差す。


「とーぜんデショ」
「なんで奏は覚えてないの?」


 何馬鹿げたこと聞いてんの?
 そう言いたげな目をして肯定すると五条は怪訝そうな顔をして首を傾げた。
 どうやら、二人は顔見知りらしい。いや、本来は奏もそのはずのようだ。
 それなのに全く知らない初めて会った人のような反応をされたことに彼は少し寂しさを終えたのかもしれない。


「あー、あの時と今のアンタ全然違うじゃん」
「……確かにそうだけど、君は分かったんでしょ?」


 カルマは納得したように説明をするが、それだと納得しづらい。
 奏は分からなくて何故、カルマは分かったのか。それは説明になっていないのだから当然の反応だろう。


「アイツ、顔覚えるの得意じゃないから」
「マジか」


 諦めろと言わんばかりに鼻で笑うカルマに想定外の答えだったのかもしれない。
 五条はカクっと頭を垂れさせた。


「カルマとごじょせんって知り合いなの?」
「昔に会ったことある」


 二人の会話が弾んでいるように見えたのか。
 奏はキョトンとした顔をして問いかければ、カルマは面倒くさそうに答える。


「へぇ、世の中狭いね〜」


 しかし、本当に五条のことを一切覚えていないようだ。
 自分の知り合いが実は会ったことがあってまた再会した。
 その不思議な巡り合わせに感心したように彼女は笑う。


((てか、1番関わってたの奏だけど))


 なんと呑気な奴なんだろう。
 二人の男の脳裏に浮かぶ言葉はそれだ。
 なんせ、二人の共通点は明らかに奏なのだから。


「カルマってすげぇ名前だな」
「親がインドかぶれなもんでね」


 今更な気もするが、彼の名前が聞き馴染がないからか。真希は腰に手を当てながら、はっきりと言う。
 称賛しているわけでもなんでもない。ただ、珍しい名前だと言うことを言いたかったようだ。
 カルマ……漢字で書けば、”業”だ。そんな名前を付けた親に驚きを隠せないは普通だろう。
 そんな言葉は聞き飽きているのか。カルマは、はぁ…と息を吐いて適当に答えた。


「はあ……それじゃ、オレは帰るね」
「あ、うん。ありがとーね!」


 自分から突っかかりに行ったとはいえ、個性的なメンバーだったことに疲れたのか。彼はまた深いため息を付くとくるっと踵を返して駅とは逆の方へと歩き出す。
 奏は慌ててカルマの背中を見送るために大きく手を振りながら、お礼を言った。
 ひらひらと手だけで返事を返すカルマだったが、何か思い出したらしい。ピタリと足を止めると振り向く。


「そういえば、磯貝が例の件で連絡するってさ」
「あー……そっか。りょーかい」
「じゃあね」


 それは他の三人がいるからこそあえてぼかして伝えているのかもしれないが、彼女はそれだけで伝わっているようだ。
 納得したようにグッと拳を上げれば、カルマは軽い挨拶をしては元々歩いていた道へと顔を向き直し、歩き出す。


「またね〜」


 奏はすぅっと息を吸っては大きな声で挨拶を返した。


「例の件ってなんだろうな?」
「さあ……なんだろうね」


 二人のやり取りを大人しく見守っていた三人だったが、真希は気になったらしい。
 隣にいる五条に視線を向けて問いかけるが、彼もまた分からないのだろう。
 肩を竦めて首を傾げたのだった。


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