#5




「で、忘れ物ってなんだったんだ?」
「ヘッドホン」


 そもそも奏が地元に戻ってきた理由は忘れ物をしたからだ。
 カルマから受け取った紙袋をじっと見つめる真希はそれを指さしながら、問うと彼女は紙袋をバッと開いて中身を見せて答える。


「それ必要か?」
「あー…私ね、色んな音も聞こえるの。音酔いするくらいに」


 見えるのは水色ベースのヘッドホンだ。一見普通のものと何ら変わりないモノを取りに戻ることが理解できなかったのだろう。
 真希は怪訝そうな顔をして首を傾げれば、奏は眉根を下げて困ったように頬をポリポリ掻きながら、言った。


「絶対音感とかそーいった類か?」
「明太子?」
「んーとね……視えない人、呪い、視える人でみんな音が違うの」


 けれども、彼女の説明では理解が出来ないのだろう。
 真希も棘も同じ方向に首を傾げて問いかければ、奏はどう説明するか悩むように顎に人差し指を添えて考えながら言葉を選ぶ。


「は?」
「視えない人、呪い、呪術者とかで人から聞こえる音が違うんだよね」


 だが、彼女の言っている意味を理解するには突拍子もなかったのかもしれない。目を真ん丸にさせて聞き返すと奏は数えるように指を立てながら、もう一度同じことを伝えた。


「高菜……?」
「だから、それが混ざると不協和音みたいになって気持ち悪くなるからヘッドホンで防いでる感じ」


 しかし、やはり彼女の言っている意味は分かっていてもすんなり受け入れられないのか。棘は困惑した顔をしてじっと見つめ続ける。
 でも、もう奏からしてみれば伝える術はないのかもしれない。困り果てたように笑いながらも、頑張って噛み砕いて説明をしてあっさりと終わらせた。
 本人にとって大したことでもないのだろう。


「呪いって……音で分かるもんなのか?」
「おかか」


 それでも真希と棘にとっては聞き馴染のない話のようだ。真希が棘に首を傾げて聞くが、彼は首を横に振って答えるだけ。
 つまり、聞いたことがないということらしい。



――…おにーさん、気持ち悪い……なんでこんなに色んな音が聞こえなきゃいけないの?



 二人の生徒が話し合っている姿を見ていた五条は遠い記憶に意識を飛ばしていた。
 彼の脳裏に思い浮かばせるのは小さな女の子がボロボロと涙を落としながら、悲痛に聞いてくる姿。


(相変わらず厄介な耳を持ってるなぁ)


 その小さな女の子を奏に姿を重ね合わせているかのように生徒2人から彼女へと視線を移し、同情するような言葉を心の中で零した。


「あー……落ち着く」
「ヘッドホンしたからって周りの音聞こえなくなるわけじゃないだろ?」


 奏はその視線に気が付いているのか、否か。それは分からないが、紙袋からヘッドホンを取り出すと耳に装着すると肩の力を抜く。
 彼女の言うことが正しければ、ヘッドホンを付けたことによって煩わしい音が減ったのだろう。
 にわかに信じ難い事だからか、真希は呆れた顔をして片手を腰に当て、もう片方の手のひらを見せつけながら、問いかけた。


「これしてれば普通の音は聞こえるけど人から聞こえる音は多少は遮断されるの」
「おわっ、いきなり付けんな……!」


 奏はにこっと笑みを浮かべて耳に付けていたヘッドホンを外しては真希へと勝手につけようとする。
 まさかそんな行動されるとは思っていなかったのだろう。彼女は抵抗しようとするが、既に時遅し。
 勝手につけられ、耳から音が奪われた。


(つーか、無音だろ……これ!)
「普通の人は何も聞こえないらしいよ……付ける?」
「ツナ」


  普通のヘッドホンをしたとして周りの音が完璧に遮断されるわけがない。聞こえなくなるとしたら、音楽をそれなりの音量を流した時くらいだ。
 だが、真希が付けたヘッドホンは普通じゃないらしい。全ての音を遮断された様に聞こえない様に驚き、これ以上ないくらい目を見開いて奏に目を向けるが、当の本人はじっと見つめてくる棘に視線を向けて首を傾げている。
 彼もまた真希に付けられたヘッドホンに興味を持ったようだ。コクリと頷けば、真希は自分からヘッドホンを外して棘に渡すと彼は早速とばかりにそれを装着する。


「高菜……!」
「……こんなのどーやって手に入れたんだよ」


 棘もまた隣にいる少女と同じ感想だったのか。感心したような声を零すと真希はジト目を奏に向けて質問を投げかけた。
 明らかに普通のヘッドホンじゃないのに素材はしっかりしており、耳を覆うクッション素材は耳触りが良く柔らかくて圧迫感はない。オーダーメイドで作ったとしか考えられないが非呪術師の家庭から出た少女が持っている品にしてはモノが良すぎるのかもしれない。


「友達が作ってくれたの」
「はあ……なんでそんな大事なもん忘れたんだよ」


 奏はニッと口角を上げて自慢げに答える。
 それを作れるだけの技術を持っている友人というのに疑問はあるだろうが、それよりも彼女の言っていることが事実と仮定した場合、身体にかかる負担は相当あるはずだし、ストレスもあると思ったのだろう。
 重要な道具をどうして忘れたのかそれが理解できないようだ。


「ちょっと色々あって」
「ちょっと、色々ってなぁ……」
「ほらほら、マッキー。帰ろー!」


 だが、彼女はその質問はされたくなかったのかもしれない。明らかに視線を泳がして明後日の方向を見ては適当な言葉を吐く。
 言葉の組み合わせが矛盾を生じさせているのは拭えていないのか。真希は眉間にシワを寄せてガシガシと乱雑に自身の頭を掻くと奏は話を強制終了させるように彼女の背中をポンッと叩いた。


「それ、私のことか?」
「マッキー可愛いじゃん?」
「どっちかって言うとマジックぽいけどな」
「しゃけ」


 聞き馴染のないあだ名のようなものを与えられたことに驚きを隠せないのか、真希は何度も瞬きをして確認するように聞けば、奏はキョトンとした顔して首を傾げる。
 彼女の感性を疑うように深いため息を吐いて文句を言ってみれば、例のヘッドホンを外していた棘もまたそれに賛同しては奏にヘッドホンを返していた。
 どこかで聞いたことのあるような商品名のように感じたのだろう。


「棘っちも帰ろー!」
「!…ツナ」
「なんで棘の方が普通なんだよ」


 受け取ったヘッドホンを装着してはニコッと笑って彼にもまた帰路を促すが、棘もまた真希と同様にあだ名を付けられるとは思っていなかったらしい。一瞬、驚いた顔するが何処か嬉しそうにコクリと頷いた。
 しかし、真希にとってはあだ名の差があるように感じたのか、不服そうにしている。
 実際問題、棘の方が可愛らしいあだ名に聞こえるのだから仕方ないだろう。彼女がクレームを言う理由は可愛いか、否かの問題ではないだろうが。 


「えー…いーじゃんいーじゃん」
「ったく……」
「こんぶ」
「……」


 奏はどうやら、気にしていないらしい。楽しげに笑って真希の背中を押して歩き始めると彼女もまた諦めたようだ。
 深いため息を吐き出しては押されるままに前へと進むと棘もまた二人のスピードに合わせるように歩き始める。
 ただ一人だけはその様を愉快そうに口角を上げて見守っていた。


「ごじょせんも帰らないのー?」
「帰るよ」
「帰る前に悟の奢りでなんか食おうぜ」


 全然付いてこない担任に気が付いたのか、くるっと顔だけそちらを向けて不思議そうに問いかければ、五条はあっさりと答えて三人の元へと足を進める。
 このまま帰るのはなにか物足りないとでも思ったのか。真希は悪戯笑みを浮かべて提案をしてきた。


「ツナツナ」
「え、奢ってくれるの!?」
「仕方ないな〜………………と言いたいところだけど今度の任務こなしたらね」


 それに乗らない手はないのだろう。棘も目をキラキラと輝かせて首を縦に振ると奏もまたワクワクとした顔を五条に向ける。
 可愛らしい生徒の顔を見てふっと笑みを零して生徒のノリに乗るかと見せかけて手のひらを返した。


「チッ、せこい男だな」
「高菜、明太子、こんぶ、いくら」
「財布の紐が緩くないなんてモテないぞ〜」


 簡単には奢ってはくれない担任に真季は鋭い目を向け、舌打ちを打つと棘もまた不満たらたらな顔を向けてクレームを言うようにおにぎりの具を淡々と言い始める。期待させていた分、恨み言が出てくるのかもしれない。
 もちろん、奏も例外ではないようだ。頬を膨らませてブーイングをしている。
 

「いや、それただたかってるだけだよね」
「そーとも言う!」


 ブーイングというにもあまりにも独特な表現だったからだろうか、五条は困ったような表情を浮べて言い返せば、彼女は眉を吊り上げて得意げに笑った。


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