2話




 人々が恐れて近づかない魔女の森。その奥にある小さな家。日が家の中に入り込み、家の中を明るく照らしていました。
 レイがこの家に来て3日と言う時間が過ぎようとしていました。
 

「レイ、何してるの」
「あっ、えっと……」

 
 ロゼットは机に向かって何かをしている少年に問いかけます。彼は驚いて肩を弾ませると、委縮するように縮こまりました。


「悪いことしてないんだから怯えなくていいから」
「ごめんなさい……」


 彼女はレイが怯えてると思ったのか眉を下げて優しく声を掛けます。少年は彼女の困った表情に悪いと思ったのか、しゅんとした顔をして謝罪の言葉を述べました。
 

「気にしなくていいよ」
『ロゼ』
「ああ、ルナ」

 
 少年の落ち込んだ姿に彼女はふっと笑いながら彼の頭を撫でました。すると、後ろからにゃあと可愛らしい鳴き声が聞こえてきます。
 2人は後ろを振り返り、足元を見ると声の正体…黒猫がおりました。黒猫に目をやったロゼットはその子に向かって名前を紡ぎます。


「ルナ?」
「よく遊びに来る猫だよ」

 
 猫に対して名前を呼ぶ彼女につられてレイは不思議そうに同じ名前を呟いては首を傾げました。
 彼女は不思議そうにしている彼に気が付き、猫を紹介します。


『どういうことだい、そのひ弱そうなガキんちょは』
「……拾った」
『何!?またお前は面倒事を拾ったんじゃないだろうね!?』


 ルナと呼ばれた猫はまるで呆れているような鳴き声を出します。彼女は猫から目を逸らし、少年がここにいる理由を述べたのです。彼女の言葉に驚いた猫は荒らげた声で鳴きました。
 この会話を聞いているレイには猫が何を言っているのか全くわからずキョトンとしていました。
 

「……ロゼットは猫と話出来るの?」
「レイは魔女のことをどのくらい知ってる?」


 猫が何を言っているか分からないけれど、会話になってるロゼットと猫のやり取りにレイは世にも不思議そうな顔をして彼女へ問いかけます。
 彼女はレイの問いかけに答えることもせず、自身の腰に手を当てながら唐突な問い掛けました。

 
「……魔女は呪術を使って人を苦しめたり、人を食べたりする黒い髪と黒い瞳を持った女の人って教わったけど……」
『この馬鹿ハゲガキんちょ!!』

 
 少年は彼女の問いに答えないと自分の問いの答えが返ってこないと思ったのでしょう。言い出しづらそうに彼自身が教えられてきた言葉を述べました。そして、彼は続けて何かを言おうとしていました。
 しかし、彼の発言が許せなかったルナは最後まで彼の言葉を聞くことをせず、レイに向かってシャーっと威嚇するように怒りを見せたのです。


「ルナ!」
「っ、……」


 猫の言葉がわかるロゼットは少年に向かって暴言を吐くと眉間に皺をわせてルナの名前を呼びました。
 ルナは彼女の制止する声に耳を下げ、目を瞑ります。レイは猫の威嚇に怯え、思わず、ロゼットの服を握っていました。
 
『何でそんなガキを庇うんだ』
「仕方ないよ、そうやって教わるんだから…」

 ルナはムッとした顔をしてごにょごにょと愚痴を零します。ロゼットはその様にふっと笑いながら猫を宥めるように言葉をかけました。しかし、ルナは納得がいかない顔をしてロゼットを見上げていました。
 

「……違うんでしょ?」
「……」
『…………』


 2人のやり取りをじっと見ていたレイはおずおずと先程、言いかけていた言葉を紡ぎます。
 彼の言葉にルナとロゼットは目を見開いてレイをじっと見つめました。
 

「まだ少ししかロゼットといないけど、人を食べるような人には見えない」
「そうだね、むしろ肉は食べたことないから」


 この3日間……少年とはいえどロゼットという人物について見ていたのでしょう。
 レイはじっと彼女を見つめながら言葉を紡きました。ロゼットはその言葉に少し頬を緩ませ、彼の言葉に頷きます。
 

「ないの!?」
「ふっ、ふふふ……友達を食べるなんて出来ないからね」


 彼女の紡ぎ出した言葉にレイは目を見開いて驚きの声を出した。少年の驚き具合が面白かったのでしょうか。ロゼットは吹き出して笑いました。
 そして、彼女は食べない理由を口にします。
 

「友達……?」
「魔女は魔術なんて使えない。ただ薬草に詳しくて動物たちと話せるだけ」


 彼女が笑って説明する言葉に少年はキョトンとした顔をしてオウム返ししました。
 ロゼットは眉を下げて微笑みながら人々が語り続ける魔女ではなく、本当の魔女の姿を教えたのです。
 

「へぇ、それで奇病にも詳しいんだ……」
「魔女って言う生き物は長寿なんだよ。だから、知恵が長けてるだけのことよ」
『ロゼっ!!』


 レイは彼女の説明に納得が言ったのか感嘆の声を漏らしました。しかし、彼女は眉を下げてそれだけではないとばかりに首を振り、言葉を続けたのです。
 ルナは彼女のためを思って止めようとしましたが、その言葉は間に合いませんでした。

 
「長寿……?」
「レイ、私はいくつに見える?」
 

 レイは彼女の言葉に目を見開き、驚いた表情をします。彼は彼女が紡ぐだろう言葉をじっと待ちました。
 ロゼットはふっと笑いながら、少年に問い掛けたのです。
 

「えっと、16歳くらい?」
「やっぱりそのくらいか…でも、本当の年は109歳」
「えっ……!?」


 彼女の唐突な質問に彼は戸惑いながら答えました。しかし、自信が無いのでしょう。首を傾げていました。
 彼女は少年の答えに自嘲気味に笑うと本当の歳を答えます。少年は彼女の歳と見た目が比例していないことに驚きの声を上げました。
 

「見えないでしょ」
「う、うん……」
 

 彼女は肩を竦ませて少年が思っているであろう言葉を先に紡ぎます。レイは動揺を見せながら、こくこくと首を縦に振りました。
 

「だから、人は魔女を恐れる。同じように時重ねても変わらない魔女を」
「……じゃ、僕と同い年だね」

 
 悲しみを帯びた瞳を揺らしながらロゼットは説明し続けました。レイは彼女の言葉を聞きながら、顎に手を添えじっと考え込んでいるようです。
 そして、少年はポツリと言葉を零しました。
 

「え?」
「僕も今、9歳だから同じだよ」
「……」
 

 レイの言葉の意味が理解できないロゼットは目を丸くして不思議そうな顔をします。しかし、レイは嬉しそうに笑ってはもう一度、同じ言葉を彼女に向けて口にした。
 きっと彼は100年という月日をカウントしなかったのでしょう。そして、100引いて残った年月だけで自身と同い年という発想を持ちました。
 ロゼットはその発想を持ったことが1度もなく、思わず少年をじっと見つめて固まいます。
 

『……何を馬鹿なことを』
「っ、ふっ……あはははっ!本当だね」
「そんなに笑うことじゃないだろ?」

 
 ルナは少年の発想に溜息をつき、呆れた顔をしました。固まっていたロゼットはと言うと段々面白くなったのか笑い声を上げて納得したようです。余程面白かったのか彼女の目には涙が溜まっていました。
 まさかそこまで笑われると思っていなかったレイはムッとした顔をして彼女に文句をつけます。
  

「ごめんごめん。そういう返しは初めてなもんでね……」
「子供扱いするなよ」
『ガキだろ』

  
 ロゼットはいまだに笑っており、目に溜まった涙を指で拭いながら彼に謝罪しました。そして、柔らかく微笑んではレイの頭を撫で言葉を返したのです。
 彼は頭を撫でられているのが宥められていると感じたのでしょう。ムスッとした顔をしながら、彼女へ更に文句を言いました。彼には伝わらないのにも関わらず、ルナはレイに向かってツッコミを入れる。
 しかし、レイは何か言われているだろうことは感じたのだろう。彼はルナをじっと睨んでいた。
 

「レイ、君がどう育つのか楽しみだ」

 
 少年と猫のやり取りを見ていて面白かったのだろう。彼女はまたその様子を見てふっと笑う。
 そして、彼女はレイの頭を撫で続けながら彼の成長を楽しみにしている素振りを見せた。
 ロゼットを見上げていたレイは彼女の言葉に少し照れた顔をして俯いてしまった。

 


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