3話




 日が昇り、朝を知らせるように外では鳥が鳴いています。ベッドで眠っている少年の顔には日差しが当たっていました。
 けれど、起きる気配はありません。
 

「レイ」
「……」
 

 そんな少年を腰に手を当ててじっと見下ろすようにする魔女の姿がありました。彼女は少年の名前を呼びますが、深い眠りについているのでしょう。
 彼からの返事はありません。
 

「こら、起きろ。レイ」
「……」
 

 魔女ははぁとため息をついてもう一度、少年を呼びます。しかし、彼は眉間にしわを寄せるだけで返事はしません。
 恐らくまだ夢の世界にいるのでしょう。

 
「起きろ!ゼロ!」
「っ!?」

 
 全く起きる気配のない少年に魔女は片眉をピクっとさせます。そして、彼女はすぅと息を吸うと大きな声で彼の名前ではなく"ゼロ"と呼びました。
 相当な大きな声だったのでしょう。少年は目をパチッと開けて驚き飛び起きるように目を覚ましました。
 

「やっと起きたな…全く図太くなったものだ」
「……今、何て呼んだの」

 
 魔女は呆れた顔をしながら言葉を零しました。けれど、レイは彼女の説教じみた言葉よりも気になる言葉があったようです。
 彼は不思議そうな顔をして彼女へ問い掛けました。

 
「ん?ああ、起きないからゼロって呼んだけど…何か問題あった?」
「何でゼロなの?」

 
 彼女は彼の疑問になんてことなさそうに言葉を返しました。すると、少年はまだ疑問が晴れないのか更に彼女へ問いかけます。
 

「数字の数え方と同じ。0は"レイ"とも"ゼロ"とも読むでしょ」
「……」

 
 彼女は腰に手を当てながら彼の問いに答えました。
 少年は彼女の答えに納得したのでしょうか。なかなか表情には表しません。
 

「嫌だった?なら、次からは早く起き……」
「嫌じゃない!!」


 魔女は固まっている少年にふっと笑いかけながら、言葉を紡ぐがそれは途中で妨げられてしまいました。
 

「……」
「今度からゼロって呼んでよ」


 今度は魔女が驚いた表情をする番です。少年はにこっと笑って魔女へお願いをしました。

 
「気に入ったの?」
「うん!だって、ロゼットの"ロゼ"をひっくり返したらゼロだろ?」
「っ!」

 彼女は少年へ問いかけました。彼は嬉しそうに首を縦に振り、肯定します。
 そして、なぜ喜んだのかの理由を述べると彼女は目を見開いて驚きました。
 そう、彼女の何気なくつけたあだ名が彼女の一部をひっくり返すとそうなるからでした。
 

「えへへ」
「…………そうだな」
 

 彼は無邪気に笑います。彼女はその姿に柔らかく笑うと少年の頭を優しく撫でました。
 

「ロゼット……?」
「……大分良くなってきたな」
 

 突然、頭を撫でる彼女に少年は不思議そうに彼女のことを見上げます。彼女は微笑んだまま少年の治療経過を口にしました。
 

「ロゼットが治療してくれてるから」
「調子はいいか?」
 

 少年は彼女の笑みにつられるようににこっと笑い言葉を紡ぎます。彼女は目を細め彼の額に手を当てました。

 
「うん、気だるさが無くなってきた」
「それなら良かった…調子がいいなら朝食を用意したから食べたら裏庭の草刈りをお願い」
「はーい」


 少年は首を縦に振って肯定します。彼女の元に来た当初、彼は相当苦しんでいたのでしょう。今はそんな素振りがありません。
 彼女は少年から手を離すと朝食を取ることとお手伝いをすることを依頼しました。少年は嬉しそうに返事をするとテーブルへと足を運びます。

 
「ねぇ、ロゼット!」
「何?」

 
 しかし、少年は立ち止まっては彼女の名前を呼びました。突然名前を呼ばれたことに彼女は首を傾げます。


「僕が病を治したら弟子にして」
「……考えておく」
「ありがとう…!」 


 とても素直な笑みを彼女に向けて言葉を紡ぐと彼女は目を見開きました。
 彼女は109年という年月を過ごしてきてそんな言葉を言われたことは一度もなかったからです。
 彼女は少し口を開いては小さく保留の言葉を口にしていました。まだ希望があることを喜んだのでしょう。少年は嬉しそうに笑って朝食を口にしに行きました。
 

『おい、ロゼ』
「……ルナ」
『お前さん、あのガキんちょをどーするつもりだい』
 

 いつの間にか彼女の足元にいた黒猫は彼女へ言葉をかけます。まるで彼女を心配するように。
 彼女もまた少し困ったように笑いながら黒猫の名前を呼びました。
 黒猫は呆れたように彼女へ問いかけます。

 
「……病が治れば、家族はあの子を受け入れるよね」
『……あいつはここにいたいんだろ?』

 
 彼女は窓から見えない街がある方向をみてぽつりと呟きました。
 彼女の言葉に黒猫は眉をひそめて少年の意思をどうするのかとばかりに問いかけます。
 
「……」
『お前はまた繰り返す気か…だったら、放っておけばよかったものの……』
 

 彼女は眉間に皺を寄せ、暗い表情をして黙っていましました。
 その表情をみた猫は深い溜息をひとつ吐くとどこか悲しげに言葉を零します。
 

 「…………」


  魔女の森と呼ばれる町から離れた暗い森の中で1人で泣いている少年の姿を彼女は思い出しました。

  
――っ、生きたい……!!でもっ!!……ひとりは、いやだっ!”


 そして、少年に問いかけた時に返ってきた言葉を思い出すと彼女はぎゅっと掌を握ります。
  

「……放っておけなかったんだ」
『全く……魔女の癖にお人好しなんだから』
「それは偏見」
 

 沈黙の中、彼女は黒猫の言葉にぽつりと言葉を返しました。黒猫はまた深い溜息をつくと呆れた目を彼女に向けます。
 黒猫の態度に彼女は肩を竦めて困ったように笑って言葉を返しました。そして、少年の元へと歩み寄るように歩き出します。
 

(……しかしまあ、あのガキんちょが素直に帰るかねぇ)


 黒猫は彼女のあとを追うようにちょこちょことついて行きますが、彼女の言葉にふと疑問を感じたようです。
 

『ロゼ、おはよう』
「あら、おはよう。シーナ」
「この小鳥の名前?」
 

 開きっぱだった窓から青い小鳥が入ってくると彼女へ話しかけました。珍しい客なのか彼女は驚いた顔をして小鳥へ言葉を返します。
 テーブルでその様子を見ていた少年は不思議そうに彼女へ問いかけました。

 
「そうよ」
『この子はだあれ?』


 彼女は少年の問いかけに答えると今度は小鳥からの質問を受けます。
 

「私が拾った。レイと言うの」
『珍しいもの拾ったね……もしかして、東の森で拾ったの?』

 
 彼女は困った顔をして簡潔に説明をすると小鳥は面白そうに言葉を返しました。
 そして、小鳥はふと思い出したか少年と彼女しか知らない事実を知っているように問いかけてきました。
 

「何で分かったの?」
『人間達が騒いでたよ。置いてきたあの子がいないって』
「……そう」
 

 小鳥がその事実を知っていることに彼女は驚いたのでしょう。目を見開いて小鳥をじっと見つめています。小鳥は特に気にもしていないのでしょう。淡々と事実だけを彼女へ教えます。
 この小鳥の言葉で少年を置いた人間は気になって様子を見に来たことが分かってしまいました。彼女は貼り付けたような笑みを浮かべて小鳥の言葉に納得します。
 

「シーナはなんて?」
「何でもないわ、早く食べてしまいなさい。薬湯作るわよ」
「はーい……」

 小鳥と魔女の会話が気になったのでしょう。少年は彼女へ問いかけるが魔女は首を横に振って言葉を返すと朝食を済ませて薬を飲むように指示をしました。
 少年は薬湯のことを思うと気が重いのでしょう。嫌そうな顔をしながらいつもより低い声で返事をしました。
 

(この生活が当たり前じゃないと分かってたのに、)


 彼女はキッチンへと足を進めると読めない表情をしながら胸に手を添えます。
 少年とのこの暮らしが楽しくなってきてしまったのでしょう。
 彼女は目を閉じて感情を押し込むように息を吸いました。
 そして、気持ちを切り替えるように息を吐き、彼の病が完治させるために薬湯を作り始めるのでした。
 
 

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