4話




 森の中にある小さな家に燦々と日は照らし続けました。暖かい日と共に優しく風は靡いています。
 そんな中、小さの家の中で少年は一生懸命本を読んでおりました。
 

「ゼロ」
「何、ロゼット」
  

 銀髪の女性は本を読んでいる少年に愛称で呼ぶと目をまん丸にして少年は彼女へ問いかけます。


「もう君の病は完治だ。この2週間頑張ったね」
「本当!?」
「ああ、嘘は付かない」


 女性はふっと柔らかく微笑みながら少年にとって吉報を伝えました。
 そう、少年の奇病は完治したのです。

 彼女のその言葉に少年は目を輝かせてガバッとその場で席を立ち、彼女へもう一度問いかけました。彼女はその姿に首を縦に振り、肯定します。
 

「ありがとう……!!」
「……」
 

 少年は満面の笑みで彼女へお礼を言いました。彼女はその笑みを見てどこかぎこちなく笑います。


「今日からロゼットの弟子に……」
「……町へ帰りなさい」
「え……」

 
 少年は嬉しさを前面に出しながら前に勝手に約束していたことを口にしようとしますが、それは彼女のたった一言によって遮られてしまいました。
 少年は彼女の口からそんな言葉が出てくるなんて思っていなかったのでしょう。目を見開いて固まった表情をしながら彼女をじっと見つめます。


「病が治れば家族は受け入れてくれるでしょう。戻りなさい」
「い、嫌だ……っ!」


 彼女は少年に表情を見せないように下を向き、息を吐くと冷淡な表情をしながら少年に街へ戻れと言い放ったのです。
 彼女のその言葉に少年は怒ったように否定し、拒否の言葉を声を荒らげて言いました。
 

「ひとりは嫌なんだろう?」
「ひとりじゃない!##NAME1##がいればいい…!」

 
 彼女は少年の言葉に表情を変えることなく冷静に問いかけます。
 少年はぶんぶんと顔を横に振りながら彼女の問いかけを否定し、彼女のそばにいたいと必死に伝えました。


「……それは出来ない」
「何で!?」
 

 彼女は淡々と少年の願いを断ります。その言葉に少年は彼女の服に掴んで噛み付くように問いかけました。


「私は魔女だからだ」
「意味が分かんないよ!!」

 
 彼女は少年の必死な問いかけに簡潔に答えを出します。しかし、その答えで少年は納得することは無く、声を荒らげました。


「…………君はもう、帰るんだ」
「ロゼット…何で、僕が嫌いになったの!?」
「私と居てはいけないんだ」

 
 彼女は服を握る少年の手を取ってグイグイ引っ張りながら少年を家から追い出そうとします。
 少年も必死に抵抗しますが、まだ9歳の男の子です。大人の女性に適うことはありません。
 彼女は少年を外に追い出すと一言、少年に言葉をかけるとバタンっと扉を閉めてしまいました。


「そんなの知らないよ、お願いだから開けて!!」
「……帰りなさい、本来いるべき場所へ……きっと家族が待ってる」
 

 少年は閉められた扉をドンドン叩きながら彼女へ願いました。魔法が使えなくても叶えられる願いです。
 けれど、彼女は扉に背を預けながら下を向き、少年を説得するように言葉をなげかけました。


「僕を捨てた人達の元に帰れって言うの!?」
「……シーナが言うには君を捨てた翌日、人間達が子供がいなくて騒ぎになってたらしい」

 
 少年は悲しい表情をしながら彼女へ問いかけます。その声音は切ないものでありました。
 彼女は見えない表情で先日得た情報を少年に伝えます。恐らく少年の家族が思いとどまり、探しに来たのだと思ったのでしょう。


「……そんなの僕は知らない!」
「確かに君を捨てたのかもしれない……けれど、君を忘れたわけじゃない。きっと心配していたはずだ」
 

 少年にとっては家族なんかどうでもよかったのでしょう。一度、見捨てられたという事実は変わりません。それは少年の心を傷つけたはずです。少年はそんな人達なんかどうでも良いとばかりに言葉を返しました。
 彼女は抑揚を付けることなく彼が納得出来るように言葉を選び、言葉をなげかけ続けます。


「ロゼットなんか大嫌いだ!!」


 ずっと続く“ロゼットのそばにいたい”という少年の思いと“家族の元へ帰してあげたい”という魔女の思いは交わることは無く平行線を辿りました。
 少年は自身の思いに理解をしてくれない彼女へ言葉を投げかます。それは彼女の言葉に傷付き、放った言葉でした。少年は言葉を言い放つとその場を走り去ります。


「大嫌い、か……そうかもな」

 
 少年の走り去る足音を聞きながら彼女はふっと笑いながら言われた言葉を自身でも口にしました。
 その瞳は揺らいでいて悲しみを帯びています。

 
(傷つける言い方しか出来なくてごめん…)

 
 彼女は少年が傷つくことは分かっていました。けれど、彼女が悩んで出した結果は家族の元へ返すことだったのでしょう。
 たとえ自分を傷つける言葉を投げかけられたとしてもきっとそこは変えることはありませんでした。
 彼女は少年につたわることの無い謝罪の言葉を心の中でします。


「ひとりは慣れてたのにな…」

 
 彼女は天井を見上げて深く息を吐きました。そして、悲しげにぽつりと言葉を紡ぎます。


「何で目覚めてしまったんだろう…ずっと眠っていたかったのに」


 彼女は後悔するように不思議なことを口にしました。まるで久しぶりに目を覚ましたかのような口ぶりです。

 
「…残り100年寝てるつもりだったのに……なんで9年後に起きちゃうかな」


 彼女は自嘲しながら言葉を紡ぎました。そう、彼女は言葉の通り100歳を迎えた日から9年間、眠っていたのです。彼女の口ぶりからは9年後に起きる予定はなかったようにも聞こえます。

『ロゼ』
「ルナ……」


 少しの隙間が開いている窓から一匹の黒猫は彼女の名前を呼びながら入ってきました。その声に反応して彼女はそちらに顔を向けます。
 

『そんな顔をするな、ガキんちょはちゃんと町へ戻ったよ』
「……私はまた眠るね」
 

 呆れたようにルナは彼女へ言葉をかけました。ルナの言うように彼女は今にも泣きそうな顔をしていたからです。またルナは走り去った少年の後を追って様子を確認したようで彼女に伝えました。
 彼女はその言葉に少しほっとした顔をするとぽつりと言葉を零します。
 

『眠るのかい……?』
「少し、疲れちゃった。ごめんね」


 彼女のその言葉にルナは悲しそうに耳を下げて彼女へ問いかけました。
 彼女は力なく笑いながら扉から背を離し、歩きだします。
 

『だから、言ったんだ…お前は人に心を砕きすぎる』
「……ごめん……おやすみ」
 

 彼女の言葉にルナは眉間に皺を寄せて文句を言いますがやはり、どこか悲しみの帯びた声音でした。
 彼女は申し訳なさそうな顔をしては2階登りながらルナへ謝ります。そして、彼女はまるで昼寝をするかのように言葉をかけました。
 
 
――彼女はそこから目覚めることはありませんでした。
 
 

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