そしてかつて一人の姫の城。
緋龍城は当時、
王の他には世継ぎの皇太子も
世継ぎを生む皇后も無く
ただ齢十五の皇女が
大切に大切に育てられていた――
「ねえ、父上。私の髪、変じゃない?」
少し顔を赤くしては髪を気にして自分の父に尋ねる少女。
ふわふわと柔らかさそうな、目を引くほど赤い髪をしたこの国の姫は問いかける。
「変じゃないとも。ヨナの美しさはどんな宝石も敵わんさ」
「顔はね、私もそこそこ可愛く生まれたと思うわ。でもね、父上」
優しそうな顔をして微笑む父は彼女の一言に否定し、親ばかのように美しいと絶賛した。
ヨナも自信満々に否定はしなかった。が、しかし、彼女には不満があるらしい。
「この髪!どうしてこう赤毛でくせっ毛なのかしら。亡くなられた母上はサラサラの黒髪だったのに…ちっともまとまらない〜〜〜っ」
欠点があるとしたらとばかりにヨナは自分の髪の毛先に触れた。
自分の母と比べてみすぼらしいと思っているのだろうか…いや、まとまらない髪にイライラしているようだ。
「そんな事はないだろう。なあ、ハク」
「ええ、イル陛下。姫様のお
イライラしている娘に苦笑しながらフォローするがそれとともに傍にいた従者にも助け船を求め従者の方へ顔を振り向いた。ハクはイルの言葉に同意し、誰もそんなことは言わないと断言した。
「あえて申し上げるなら
「お黙り、下僕」
真面目な顔してハクは姫に対する発言とは思えない物言いだった。
それに対してヨナは突っ込みの如くハクが言い終えるタイミングの良い言葉を放ったのだ。
怒りを抑えているような顔をして。
「父上、こいつ何とかして!従者のくせに態度でかすぎ!」
「まあまあ、ハクはお前の幼馴染だろう」
ヨナが怒りを抑えきれず湯呑や急須、花までを勢いよく投げつけ、ハクは涼し気な顔をしてすべてを避けながら、空中で拾っている。そんなわが娘を落ち着かせようとイルは宥めた。
(おやおや……呼びに来てみれば、あの二人はまた……)
そんな三人の元に現れたのは亜麻色の長髪を束ねた華奢な青年。
騒がしい部屋にたどり着くと苦笑をしながら、部屋の状況を眺めていた。
「それにハクは18にして城でも指折りの将軍で護衛にはうってつけだよ」
「それで呼び名が高華の雷獣ですしね。最強です」
「おや、ユエ。来ていたんだね」
「ええ、先ほど」
イルはヨナに言い聞かせるようにハクについて優しく教えていた。
先ほどまで黙って黙って様子を見ていた華奢な青年がイルの言葉に追加するため、口を開いた。
声がする方へ3人が戸の方を見た。
ユエと呼ばれる華奢な青年がさわやかな笑顔で立っていた。
「そんなの知らない。護衛ならもっと可愛げのある人がいい。ユエみたいに!」
「くすっ、ヨナ姫にそう言って頂けて光栄です」
「可愛いといえばいいんですか?可愛くしとかなくて」
「先ほどお着きになりましたよ。スウォン様」
イルとユエの説得は聞かず、ヨナは#彼女を指差しながら可愛げのある人を見習えとばかりにハクに抗議をした。
褒められて、悪い気はしないのは当たり前だろう。ユエは嬉しそうに微笑み、ヨナからの褒め言葉に感謝し、頭を垂らす。
そんな彼女を横目にハクは話を逸らすようにヨナに問いかけた。何のことだから分からないヨナは頭に疑問符を浮かべている。そんな彼女が可愛らしく見えたのかもしれない。ユエはくすっと笑みを零すとハクの言葉に続いてヨナにとって重要な言葉を紡いだのだった。
「それを早く言いなさいっ」
「私はそれを申し上げに参じたのですが……」
「スウォン?だから髪を気にしていたのか?彼はヨナの髪なんて今更だろうに……イトコなんだから」
ヨナは先ほどまで気にしていた髪など気にしないかのように勢い良く部屋を飛び出し、走っていく。ユエはハクに巻き込まれて怒られていたことに苦笑してヨナを見送っていた。
何故スウォンが来たことで髪など気にしているのかと不思議でならないイルは二人を見た。
「まあ……それは」
「乙女心ってヤツなんじゃないですか」
「なにっ」
彼女は少し目をそらしながら、言うべきか悩んでいるところにハクは直球で呑気に茶を啜りながらヨナの本心を言い当てる。それに対し、イルは父心なのか表情に焦りが生じさせた。
「イル陛下、政務が滞ってますよー」
「ああ、すまないね。今行くから、戻っていてくれ」
「じゃ、俺はそろそろ姫さんからかいに行ってくるか」
ミンスがイルの政務をするように呼びに来たようで部屋を覗いでいる。焦っているイルは動揺していたが、ミンスに先に戻るように指示をした。
ハクは今頃スウォンと会っているだろうヨナをからかいに行く背中を見送れば、部屋に残るのはいると##NAME1##だけ。
「イル陛下。そろそろ政務に戻った方がよろしいのでは……」
「何、たまには父娘の時間を作ってもいいだろう?」
「……」
気まずくなったのか、ユエはイル陛下に言いにくそうに執務室へと戻ることを勧める。しかし、イルは微笑みながらあと少しとばかりに問いかけてきた。
何と言えばいいのか分からないのだろう。彼女はは複雑そうな顔をする。
「もう……あれから10年。ユエが戻ってから8年か……長い月日が経ったね」
「はい、そうですね……私としてはあっという間でした」
イルは空を見上げて懐かしそうに昔のことを語り始めた。それに同意して、過去を思い出す彼女はどこか切なそうだ。
「…………今は、二人だ……父と呼んではくれないかな」
「……貴方はまだ子離れが出来ないようですね、父上……」
「手厳しいね、ユエは」
「でも、嬉しいです。ありがとうございます……父上」
イルは後ろを振り返り、ユエに願い事をひとつ、少し遠慮がちに言う。間を開けていう言葉は王に対して言うものではない。とても無礼極まりない。それでも、彼女は平然とイルを父と呼んでした。
嬉しそうな。でも、ツンケンな言葉を発したことに対しては苦笑していたイルに先ほどとは打って変わってユエは表情を綻ばせながら感謝する。
(全く…素直じゃねえな。まあ、今度こそ姫さんからかいに行くか)
誰もこの会話は聞いていない。そう思っていたが、息を飲み気配を隠していたこの男だけ。
ハクだけはこの会話を静かに壁越しに聞いていたのだった。