「やあ、おはよう」
「…………どうしよう、硝子ちゃん。五条君がキャラ壊れた」
「……私に振るなよ」
ガラッと扉を開けて入ってくるのは片手を上げて嘘くさい笑顔で笑う五条。
だが、それはいつもの彼らしくはない。
そのことに清はこの世の終わりのように顔を真っ青にさせて五条をビシッと指差しつつ、隣にいる硝子に話しかけた。
言葉選びはなんとも乱雑だ。それを言われたところで硝子も何と反応を示せばいいのか分からないのだろう。
目をそらして、ぽそっと呟く。
「他に振る人なんていないじゃん!!」
「扱い酷くない?」
彼女がそういうのも無理はない。
教室にいるのは清と硝子の二人だけ。今加わった五条を入れて三人だ。
パニックになった感情をぶつける相手は一人しかいない。
だが、彼女の混乱具合からの扱いは五条からしてみれば、冷たく感じるんだろう。
困ったように眉を下げて首を傾げた。
「……………まあ、荒々しく話しかけられるよりはマシだね」
「とかいいつつなんで泣きそうになってんの」
「泣いてないぃぃぃ……」
「いや、泣いてるとは言ってないでしょ」
ゆっくり彼の方へと顔を向ければ、清は瞳を潤ませながら皮肉を言う。
もう2回も泣き顔を見たことのある五条からすれば、泣く一歩手前だということが分かるのかもしれない。呆れた様な顔をして指摘すれば、彼女は上擦った声で反論をした。
言っていることと表情がリンクしてない。
涙は見せていないが意地を張ったようなその言い方に五条は思わず笑った。
「…………お前ら、付き合ってんの?」
「……なんで?」
「えー、そう見える?」
この居たたまれない空気感に居座ってる感を覚えるのだろう。
硝子は目を細めて問いかけるが、それは清にとっては斜め上の発想だったようだ。ウルウルしていた瞳がピタリと止めば、眉間にシワを寄せて首を傾げる。
だが、五条はその言葉にニヤリと笑って彼女の肩を抱き寄せれば、意味深に聞き返していた。
「で、え、なんで五条君。悪ノリするの?」
「ダメ?」
抱き寄せられ、何気に顔も近い。
その事実にびっくりしたせいで心臓が跳ねるのか、はたまた別の理由で跳ねているのか。
彼女自身理解していないが、若干頬を赤めて困惑した表情で聞き返せば、彼もまた同じ反応を返した。
何がいけない?
まるで、そう言わんばかりに。
「困る」
「…………」
「ぷっ……ふっふっふ……」
聞かれても答えられるものは一つしかなかったようだ。
彼女は声を震わせて、ぽつりと呟いた。それは五条にとって予想外の答えだったのかもしれない。
口を閉ざして固まっていると二人の会話を見守っていた硝子は肩をカタカタと震わせながら、笑いを堪えている。いや、堪えられずに笑みを零してしまっている。
「あ、硝子ちゃんが笑った。そんな面白かった?」
「いや、…………ふっ、まあ……面白いな」
硝子が笑ったことでまた少し3人の空気感が変わることを肌で感じるとほっとしたような顔をして清は笑いかけた。いつもの雰囲気に戻ったと思ったのかもしれない。
あからさまに安堵している彼女に硝子はもう一度笑うとあっさり認める。
「悪ノリじゃなきゃいい?」
「ん??」
「…………」
しかし、五条はそれを良しとしていないらしい。真剣な顔をして自分の下にある顔をじっと見つめて問いかければ、清は困惑した顔をした。
2人のその様子に硝子は目をまん丸にさせつつも、また静観する。
「好きなんだけど」
「…………………………」
「……わお」
五条は冗談一切ない顔ではっきりと告げた。
それは彼女の呼吸を止めるには充分力のある言葉だった。頭が真っ白になっているのか、ピクリとも動かずに固まっている。
また硝子はストレートに彼が言うとは思わなかったらしい。感嘆の声を零していた。
「あー……えー……と、あー……、そういえば、これから七海君と任務だった……行ってきまーす!!」
長い沈黙の後。
目をぐるぐる回し、パクパクと口を開閉しては声を伸ばすけれど、まだ情報が処理しきれていないのだろう。
出てくる言葉を探すように明後日の方向を向き、上擦った声で今思いついたように言って教室を後にする。
その姿は脱兎のごとくだ。
「……逃げたな」
「相変わらず嘘つくの下手だよね」
その様を傍観していた硝子はただ冷静に一言零すと五条は呆然と清が去った方を見て呟いた。
彼の意見には同意しかないのかもしれない。硝子も深く首を縦に振った。
「……やっと自覚したのか」
「つい最近」
彼女はふぅと息を吐き出し、肩の力を抜けば、いまだ逃げた清のいた方を見つめる五条をじっと見つめれば、呆れたように聞く。
自分でも気付かなかった感情に気が付かれていたことが気まずいと思っているのか、それは分からないが彼は複雑そうな表情を浮かべた。
「あの子を泣かせるなよ」
「つーか、もう泣かれてる」
「……へぇ」
硝子は念の為を思ったのか、友人を思って忠告をしたのだろう。
その忠告は彼の中ではもう遅い。
五条は眉間に皺を寄せて困ったように言葉を返せば、彼女はそれまた意外そうに目を見開いた。
その様子から硝子はまだ逃げ出した清が泣いた姿を見たことがないのかもしれない。
「何?」
「いや、……さっさと追いかけた方がいいんじゃないか?」
ぽかんとした顔を向けて見つめ続けてくる彼女に居心地が悪くなってきたようだ。眉を吊り上げて聞き返すが、硝子はそれ以上そのことには触れるつもりはないのだろう。
ポケットからタバコを取り出して首を捻る。
どこまで逃げたか分からない兎を追うべきだと言わんばかりに。
「そうするわ」
マイペースにも一応、適当なアドバイスをする同級生に五条ふっと笑ってはひらひら手を振りながら、教室を後にした。