14話




 夏油君に最後に会った日。
 雨に打たれながら五条君の腕で泣いた日でもあったんだけど、それから会ってなくて。
 今日久しぶりに会ったわけなんだけど、どういうわけか。五条君がキャラ変してた。
 いや、多分。あれが彼が出した答えなんだと思う。

 夏油君と道を分かれて彼に任せていた善心を自分の仮面にしたんだろうなって何となくそう思った。
 本人に聞いたわけじゃないから、本当の所は分からないけれど、そう思ったら涙が出そうになった。
 そんな私を呆れたように笑う五条君に硝子ちゃんが不思議そうにあり得ない事を言ってきて、それに彼が悪ノリしてきたから、文句を言った。
 これは今までにもあったような冗談で、ノリ。

 そういう流れだったのに。
 そういう流れだったはずなのにいつもと少し違う空気感を感じるなと思ったら、空気を吐くように言われた。

 何故に私は五条君に告白されたんだ??
 話の流れとして脈絡おかしくない??

 頭を抱え込んで考えるも出る答えはなくて。
 もしや、私の耳がいつの間にかイカれちゃったのかなって考えが過るけれど、つい最近耳かきしたばっかだから違うよなぁ……いや、突発的なものかもしれない。病院行った方がいいかもしれない。


「おーい」


 頭を抱えてしゃがみ込んだ私は情報を整理してた。してたのに、さらに過剰な情報が耳から流れ込んでくる。
 背後からあの人に声をかけられてしまった。
 どうやら、私の耳は正常らしい。


「………ご……条く、ん」
「この世の終わりみたいな顔されると傷付くなー」


 ビクッと肩を揺らして後ろを振り返れば、やっぱり聞き間違いでもなく、紛れもなく私に告白してきた人。
 恥ずかしくて火照るのに、何故か体を巡る血は下がってるように感じる。きっと私の顔色は相当悪いだろう。
 下手したら紫色かもしれないと思いながら、名前を呼べば、案の定想像した顔色をしているらしい。眉根を寄せて言葉通りの顔をする五条君がいた。


「……………なんで追いかけてきたんでしょう?」
「追いかけて欲しかったんでしょ?」


 まさか追いかけてくるなんて思ってもみなかった私からすれば、ここに彼がいることは衝撃以外の何物でもない。自分でも分かるくらい固い声音を出して問いかければ、あっけらかんとした答えが返ってきた。


「そういう捉え方します?」
「てか、何で敬語なの?」


 逃げたら、放置するのがお決まりだと思っていた私からすれば、意味がわかりません。解釈違いを起こしてすれ違う答えを持つ五条君に聞くことしか出来なかった。
 あまりにもいつも通りができない私に彼は怪訝そうに首を傾げる。


「な、なんとなく………し、暫く整理のお時間を……」
「あげるつもりないけど」


 察して欲しい。
 人生初の、告白を受けた人間の心情を。
 しかも、嘘つきとしか言われてきてない私にはハードルが高い言葉をぶっぱなしたということを自覚して欲しい。
 逃げたい気持ちはあるけれど、しゃがみこんでる私に覆い被さるように突っ立ってるから、威圧的で逃げるチャンスは既に奪われてる。
 そう、もうなんか五条君の手で調理されてる気分です。それでも微かな希望を見出そうと縋る気持ちでお願いしようとしたら、言い終わる前に却下された。
 はい……、詰みました。


「………あの、」
「ん?」 


 もう詰んでるから向き合うしかない。
 覚悟を決めてスクッと立ち上がった。普通だったら、五条君の顎に当ってもおかしくないけど、運動神経良いから当たることもなく避けられた。
 まあ、攻撃するつもりはなかったけども。
 固唾を飲み込んで声をかければ、意外にも優しい反応が返ってくる。


「すきってあのー……そのー……いわゆる世間一般で言うlikeとかloveとかそういうやつ?」
「そうだね。僕の言ってるのはloveの方だけど」


 サングラス越しにあの全ての青が詰め込められてる瞳が私を見てる。なんでも見透かしてるような目を見る自信はなくて、視線は泳いじゃうけれど、ちゃんと整理するためには聞かないといけないから聞いてみた。
 自分で聞くのってすごく恥ずかしいですね。
 沸騰しちゃいそう。いや、私ヤカンじゃないけどさ。
 勇気出して聞いたのに五条君は全然恥ずかしげもなくサラリと答える。


「…………」
「信じられない?」


 せめて恥ずかしがってくれたら、冷静になれる気がしたのにな。なんてことを考えながら、言われたことを受け止めてみた。
 でも、やっぱり理解できなくて。
 一生縁がないものだと思っていた感情を唐突に与えられれば、みんな私のようになると思う。
 だからこそ、出る言葉がなくて黙っていると五条君はグイッと顔を近づけて私の顔を覗いてきた。


「しんじっ………られないとか、そういことじゃなくて……」
「……」


 いつも自信満々の彼の目がどことなく不安そうにさえ見える瞳に私の心臓は鐘を打つ。
 信じられないなんてことあるわけない。私が信用してる人の一人だから。
 誤解させないように伝えなきゃ。
 そう思うけれど、やっぱり頭はまだ混乱したままだからなかなか言葉が出て来なくて言葉を探すと彼は何も言わずに待ってくれた。


「…………い、言われたことがなくて実感が湧かないというかなんというか……」
「…………」
「親にも言われたことないから……」
「……」


 身体を巡る二酸化炭素を吐き出して新しい空気を吸い込めば、素直な感情がそのまま口から出る。
 そう、実感なんて沸くはずがない。縁がない言葉だから。
 生まれてこの方言われたことも与えられたこともない。それこそ、本当の両親にさえ。
 言うつもりのなかった言葉さえ、無意識に零れ落としてしまった。こんなの聞いたって困るだけなのに。
 どうして、五条君に弱い部分を見せてしまうんだろうと自分が不思議で仕方ない。
 こんな重い話を言われて困ってるだろうなってちらっと見れば複雑そうな顔をして私を見つめていた。


「だから、その、受け止めきれなくて……ごめんね」
「それって……僕、フラれてる?」


 ああ、やっぱり同情されたかもしれない。引かれたかもしれない。
 そりゃそうだよね。誰にも愛されることなく生きてきたって宣言してるようなものだから。
 ぎこちなく笑って肩を竦めれて謝れば、彼は眉間にシワを寄せて首を傾げられた。


「え、あ、そっか。返事しないといけないのか」
「……そもそも?」


 すっかり忘れていた。
 告白されたら返事をしなければいけないことに言われて気が付けば、呆れた反応が返ってくる。


「あはは……え、っと……五条君は大事な人です」
「……」


 五条君の反応はごもっともだ。
 笑って誤魔化そうとするけれど、誤魔化せないのは分かる。
 貰った気持ちにはちゃんと向き合わないといけないからこそ、今正直に思っていることを。
 私にとっての五条君はどんな存在なのかを伝えた。
 それは意外だったのかもしれない。彼は目を大きく見開いて私を見つめてる。


「でも、それが恋愛なのかは分からないから……時間欲しい、かな」
「………」
「あ、あの?」


 そう大切な存在だ。私を救ってくれた恩人で大切な同級生で友達。
 そこに恋愛感情が混ざって来るのかと聞かれれば、それは迷宮入りになるの。
 だって、与えられたことないモノを知らないから。分からないの。
 だから、申し訳ないと思ったけれどこれが今の私が出せる最善の答えだった。
 どんな反応が返って来るかなと思ってたら、五条君はじっと私を見つめたまま、そっと優しく頬に触れる。
 このタイミングでどうしてそんな行動に出たのか分からなくて眉を下げて見つめ返した。


「触られて嫌?」
「……全然」


 彼はそのまま私に聞く。
 五条君が聞いてきた言葉を今度は私が心の中で呟いた。
 でも、そこに嫌悪感なんて全然湧いてこない。むしろ、頬に触れられる熱はあたたかくてホッとする。
 だから、軽く横に首を振った。


「じゃ、これは?」
「っ、五条君これは……!」


 五条君は頬から首へと腕を伸ばして私を引き寄せれば、彼の腕の中にすっぽり入ってしまう。
 ふんわりと洗剤の香りが鼻腔をくすぐれば、至近距離にいるという実感が湧いてきた。
 これは付き合ってない人間がやっていいことじゃないと思ったからこそ、胸板を押して抵抗しようとするけれど、女の私じゃ適うわけもなくてただ抱き締められたままになる。


「どう?」


 五条君は照れもすることなく聞いてくるから本当に困るんだ。
 私は恥ずかしさでもう顔に熱が集まってる感覚を覚えるのに……ううん、もう顔どころじゃなくて体中が熱く感じるし、バクバクと激しく心臓が打ってて伝わってるかもしれないと思えば、またそれが早くなる。


「ど、どうって……恥ずかしい」
「この間だって抱き合った仲じゃん」
「それは……そうだけど、なんか違くない?」
「で、これ嫌?」


 伝わってないように。
 そう願いながら、素直に答えれば、意地悪い顔で笑って抱き締める腕を強めるんだ。
 余裕な態度がムカつく。というよりも、悔しい。私だけいっぱいいっぱいになってることが悔しい。
 恥ずかしがってるのはもうバレてる。顔が赤いのもバレてるなら隠したって無駄だけど、何かしら抵抗したい自分がいる。だから、眉を吊り上げて抗議するけれど、五条君はふっと柔らかい笑みを浮かべて首を傾げるだけ。


「…………嫌じゃない」
「ふーん?」


 イケメンは何しても様になるということをただいま体感してる。
 でも、やっぱりこれもまた嫌悪感を抱くことはなかった。本当に不思議なことに。
 素直に認めるにはちょっと、嘘。
 かなり恥ずかしいから思わず、凄んで言うと彼は楽しげに口角を上げれば、クイッと私の顎を掬い上げた。


「っ、こ、今度はな――っ!?」
「……これは?」


 五条君との身長差があるからほぼ垂直に顔を上げられていて正直苦しい。
 今度は何を言ってくるのだろう。そう思って口を開けば、彼の顔が更に近づいてきてそのまま唇に軽く何かが触れた。何かってひとつしかないんだけど。チュッというリップ音に、私はもう固まるしかなかった。
 五条君は少し恥じらった様子で聞いてくる。


「………………」


 そんな彼を見ることは今までなかった気がする。顔が整ってる人の照れ顔ってやっぱり貴重だなってただ呑気なことを考えてた。
 ファーストキスを奪われた怒りとか全然なくて。だって、あまりにも唐突すぎて感情追いつかないから。ただでさえ限界近かったキャパを越える行動されば感心してしまうものなんだと思う。


「あれ?やりすぎた?」
「………なんで嫌じゃないの?」


 瞬きもせずに固まってる私を見て五条君は眉を下げてじっと見つめてくる。
 その言葉に返せば、やりすぎ。やりすぎ以外の言葉はないんだよ。
 でも、でもね。やっぱり湧いて出てこない嫌悪感や不快感。ますます意味がわからなくて見つめ返して聞くことしか出来なかった。


「それ、僕に聞く?」
「だって、分かんないもん……」


 ごもっともなお言葉です。告白した相手に「嫌じゃないの何で?」なんてあほな質問だって分かってる。
 でも、分かんないの。家族愛を貰ったこともないし、友愛だってここに来てから知ったから。好意を向けられることが少し怖くてどうしていいか分からないの。


「嫌じゃないってことは少なからず好きってことじゃん?」
「そりゃ、そうかもしれないけど……それでいいの?」


 世間一般ではそう解釈するのが普通なのか、それとも彼の都合のいい解釈で捉えたのか。それは分からないけれど、その言葉にストンと落ちた。
 嫌じゃないし、嫌いじゃない。それは確かだから。
 でも、それを好きと断言する勇気は私にはなくて恐る恐る聞くことを選んだの。


「最初なんてそんなもんじゃない?」
「聞かれてもわかんないんだって……」
「で?」


 どんな答えが返って来るんだろうとドキドキしてたら、随分あっさりした言葉が返ってくるけれどそれがまた私を混乱させた。
 答えというにはあまりにも適当に聞こえたから。
 でも、五条君はそんな私に聞き返すだけ。
 

「………待つつもりないから今決めろって?」
「そういうこと」
「私のお願いは無視?」


 それは何とも催促されてるような言葉に聞こえて、一瞬固まった。ぎこちなく口角が上がる感覚を覚えながら、聞き返せば彼は満足気に微笑む。
 それは時間を欲しいと言った私の要望を却下したということだ。それを不服に思った私は頬を膨らませて半目にさせて言い返す。
 あまりにも身勝手で肩の力が抜けるのを感じる。


「嫌なんだよ」
「?」
「勝手に消えられたりすんの」


 彼は小さい声で言うけれど、どういう意味なのかわからなくて眉を下げて見つめれば、ぶっきらぼうなのに寂しさを孕んだ声が私に降りかかった。


「…………消えないよ」
「今はね」


 綺麗な青。全てを飲み込みそうな惹き込まれる青の中に見え隠れする孤独の色に私は胸を締め付けられ、彼の頬を触れて伝える。
 私が五条君の前から消えるとか有り得ないのに。
 それでもまだ私の言葉では安心させることは出来ないらしくて、顔を歪ませていた。


「私、居なくなったら嫌だ?」
「嫌だね」


 私はおかしいのかもしれない。辛そうな顔をして言う彼に嬉しいなんて感情を覚えた。
 でも、惚けたようにわざとらしく聞くのはきっと自信がないから。
 だけどね、寸分の迷いもなく答えるんだ。五条君は。


「……ははっ」
「何がおかし……って、なんで……泣いてんの?」


 好きって気持ちを言ってくれたのも、居なくなったら嫌って言ってくれてるのもきっと本当。
 彼は思ったことしか言わないから。
 でも、貰ったことない言葉をいつもくれる目の前にいる人に笑うしか出来なかった。
 嬉しいのに胸が苦しくて。目頭が熱くなってきて。本当に嫌になる。嫌になるのにやっぱり嬉しい。
 私が笑った意味が分からなかったのか、五条君は眉間にシワを寄せてたけど、それも一瞬だった。
 私の目から溢れ出てくる涙を見て、驚いて固まってる。
 

「……いっつも欲しい言葉くれるから泣いちゃうの」
「俺のせい?」


 彼の頬に触れていた手を離してその手で涙をグイッと乱暴に拭いて言えば、五条君はまだ拭いきれてない涙をそっと触れて聞いてきた。
 どこか嬉しそうな顔をして聞いてくるから、それにまた笑ってしまう。


「そうだよ……人前で泣いたのだって五条君が初めてなんだから」
「じゃあさ、そのままお前の初めて全部くんない?」


 もう認めるしかない。本当に事だし。
 こくりと頷けば、彼は大きな手で私の頬を包んで聞いてくる。
 いつもどこか冷たくてこの世のものじゃないように感じる瞳が、私を求めていた。


「………私、五条君のことloveの意味で好きかわかんないよ」
「大丈夫大丈夫。好きにさせるから」


 ごめん。私は臆病だから最後の抵抗をさせてね。
 でも、そんなのは無意味だったみたい。五条君は自信満々に笑って優しいキスを落とした。

 
 多分、彼の言う通り。
 私はきっと五条君を好きになる運命なんだろう。
 そう思って目をそっと閉じて受け入れた。



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