面倒かつ、気が重い人間を助けることになった任務を終えた私達はファミレスに来ている。
もう11時をすぎているから空いている店がまばらだから。
いや、ラーメンだったら普通に空いてる。
だけどさ、五条君が嫌だって言うから仕方なく、甘党の彼も辛党の私も食べれる場所に来ただけの話。
「ったく、だるかったな」
「まあ、いいじゃん?報告書は明日でいいってことになったし」
五条君は気だるそうに何個目か分からないパフェをパクパクと食べてる。
よく飽きないなと思いながら、私もラーメンをすすってそれに答えた。
そう、夜も遅いので報告は翌日でいいってことになって肩の荷は下りたのだ。
補佐官さんのおかげだね。
「よく食うな、そんなもん」
「美味しいよ」
「……」
五条はこの世の終わりでも見たかのような顔をこちらに向けて言う。
こちらと言っても私が食べている器の中身だ。
私が食べてるラーメンは真っ赤だ。それこそ、血の池地獄のように。
匂いも刺激臭がする。目の前にいる彼にもきっとこの匂いは分かるのかもしれない。
でも、これが良いんだと思うんだよね。辛党の私からしてみると。
五条君は私の言葉に信じられないものを見るような顔をしてパフェを一口食べる。
その顔は何処か間抜け面に見えて面白い。
「………」
それにしても今日は本当に疲れた。
任務自体は別にほとんど五条君がやったようなもんだからいいけれど、オプションが私の心を疲労させたのは事実。
馬鹿にしたような、あざ笑う人が泣きながら、許しを請う姿は滑稽だった。
彼がギターを弾けなくなろうがどうでもいい。
私を苦しめて傷付けた人間の一人がどうなろうと私には関係ない。
一言いうならば、ざまあみろ。それだけ。
後味の悪さに補佐官にお願いして反転術式を使える人を手配してもらったけれど、それは自分が望んでいることかと言えば、そうじゃない気もしていた。
私の心は彼に会って何を思ったんだろう。
それを今、やっと考えられるようになった。
けれど、答えは一切出てこない。
何を思っているのか、何を感じているのか。
全く分からない。
「……まだ気にしてんのか?」
「何が?」
いつの間にか私はラーメンをすする手を止めていたらしい。
それに気が付いた五条君が珍しく気遣って声をかけてくれる。
あら、人の心に寄りそうこことなんてあったのね。
そのことに驚きつつも、私は惚けた。
彼に言ったところで何も解決しないし、疲労が取れるわけでもない。
自分で消化しなければ意味のないものだから。
「いちいちに気にしてんじゃねぇよ」
それでも、五条君は不器用に慰めてくれる。
黙ってラーメンをじっと見つめているのは私が今日浴びせられた言葉に傷ついていると思っているようだ。
私はそんなに弱くない。
そりゃ、五条君よりは強くないけれど決して弱くないんだ。
親に捨てられた日から泣いたことなんてないんだから。
「だから、気にしてなんか……」
「お前が嘘つくことが下手なの知ってっから」
「!」
笑って否定しようと思った。
それで終わる会話だと思っていたから。
でも、五条君は私の言葉が終わるのなんて待つことなく、はっきりと言う。
彼にとっては何でもない言葉だったのかもしれない。
思ったことをそのまま口にしただけなのかもしれない。だけど、その言葉は何故かひどく私の心を揺さぶった。
驚いて目を見開いて息を飲み込んでしまった。
どうして、そんなことを言うんだろう。
たった一言で私の身体は軽くなった感覚を覚える。
何だったら、目頭が熱い。
どうしてこの男はこのタイミングで言うんだろうと憎たらしくなる。
「変な顔になるしな」
「………ひっどいなぁ」
正直に言おう。
私はとても泣きたい気持ちになってる。
でも、泣いたら負けた気がしてめちゃくちゃ我慢してる。
そんなことを気にも止めずに五条はいたずら顔をして指摘をした。
まあ、確かに嘘つこうとすると変な汗出るし、目も合わせられないけど、もう少し言い方はないのかと思うよ。本当に。
でも、その言い方が今の私にはちょうど良かったらしい。
やっと強ばっていた表情が和らいだ気がした。
「ホントのことだろ」
「……嘘ついたことないもん」
彼もニッと笑ってまたパフェを一口頬張る。
だんだんムカついてきた。
嘘つけないことをバカにされることが。
仕方ないじゃない。
嘘つきと呼ばれ続けたから、嘘をつかないように生きてきたんだから、嘘のつき方とか知らないもの。
「知ってる」
「…………」
五条君はテーブルに肘をつけてスプーンを持ってる手の甲に顎を乗せてじっと私を見つめる。
拗ねた私を見て呆れたように笑って言うんだ。
本当にこの人は狡い。
いつも夏油くんとふざけて夜蛾先生に怒られて、私まで巻き添いにする奴なのに。
どうして、こうも今までずっと欲しくて欲しくて堪らなかった言葉を言うんだろう。
先程落ち着いて引っ込んだものはまた波のように押し寄せてくる。
「あんな奴らなんかほっとけ、お前のことは俺たちが分かってる」
「………」
いつもなら、こんなこと言わないくせに弱ってる時に言うなんて反則だ。
もう私は嘘つきでもないし、本当の私をわかってくれてる人がいる。
そう言われてるみたいで幼い頃に傷ついた私を受け止めてくれているようで、我慢していた涙は決壊したダムからボロボロと溢れだした。
それは10年振りの私の押し込めていたはずの感情の叫びだった。
「うぉ!?なんで泣いてんだよ!!」
「うるさいなぁ………泣きたくもなるんだよぉ」
まさか私が泣くなんて思ってもみなかったのだろう。
五条君はぎょっとした顔をして慌てたように声を荒らげるけど、私は何年も貯めた悲しみを封じていたパンドラを開けられたんだ。
止めようと思っても止めることは出来ない。
拭いても吹いても溢れ出てくる涙を拭きながら、鼻をすすりながら、文句を返すのが精一杯だ。
「意味わかんねーよ。てか、俺のせいで泣いてるみたいじゃん。泣きやめよ」
「無理ぃ………てか、五条君が泣かせてるぅぅ……」
「はああ!?」
そりゃそうだ。
何気なく言ったつもりの言葉で急に泣き出したんだから意味が分からなくて当然だ。
でも、私のスイッチを押したのは間違いなく五条君な訳で。
泣きやもうとしても止まらないもんは仕方ない。
信じてくれてる彼に甘えようと思ってそのまま泣き続けた。
自分のせいになるとは夢にも思ってなかったのか、反論の声は聞こえたけど聞こえないことにしよう。
今はただただ、泣きたい。
多分、ずっと心は泣き続けていたんだ。
それでもそれに気付かないふりをして蓋をし続けていたから、ずっと泣いてることにも気付かなかったんだと思う。
でも、まさかここで最強同級生のクズに泣かされるとは思わなった。
「クズなのに狡いぃぃ」
「………」
救われたという思いと狡いと思いが複雑に交差していた私はただ五条君の悪口を言いながら、泣くしかなかった。
彼はそんな私を見て呆然としていて、その顔はどこか間抜けに見える。
泣き止む頃にラーメンを食べたら、凄く麺が伸びていて汁も冷えきっていて過去一に美味しくないラーメンになってた。
けれど、心が軽くなった私にとっては今までで思い出深いラーメンになった。