5話




 高専に入学した日、傑と硝子とアイツに会った。
 一般からのスカウトなんざ珍しいからアイツらは噂になってたが、そんなことも知らなかったのか、アイツはあほ面してた。


――……同じものが見える人たちがこんなにいるのね


 そう言って酷く嬉しそうな、泣きそうな顔をして笑う顔が印象的だった。
 その時に悟った。コイツはなんも分かってないって。


 こんな甘ちゃんがこの世界でやって行けるわけがない。
 呪力はかなりある方だと思うけど、使い方を知らないまま入学してるとかイレギュラーすぎる。
 どーせ、すぐ死ぬ奴だと思ってた。

 しかも、最初の頃は周りの奴の反応を様子見してはビクビクしてるし。かと思えば、無表情になったりしてなんかウザかった。
 言いたいこと言えばいいのに。いい子ちゃんぶって遠慮してんのかと思ったけど、日が経つにつれてそれもなくなった。

 簡単に表現するなら、水を得た魚だった。
 2,3ヶ月も経てば、俺らの冗談に冗談を返すようになったし。言いたいことも言うようになった。
 言うなれば、こっちが本来のアイツなのかもしれない。

 何がそうさせたのかなんて興味もない。
 だけど、アイツでイライラすることは減った。

 結論から言うと根性の据わった奴だった。
 俺や傑とアイツの力は歴然の差があってはっきり言えば、弱い。
 実際、任務に行けば必ず怪我をするし、アイツの呪骸は毎回壊れる。
 任務で怪我を負っても、体の一部を一時的に失ったとしても。
 それでもアイツは強くなるための努力を惜しまなかった。

 普通、女なら怪我したり、一部が無くなれば泣くだろ。男でも泣く奴は多分いる。
 強さを求める奴なら、負ければ悔しくて泣く。俺はその感情なんて理解できないけど見たことがあるから知ってる。
 でも、アイツが泣いた所なんて一度も見たことがない。
 泣きそうに笑ってるのは見たことはあっても、涙を流してる姿なんて見たことがない。

 どうしてそこまで出来るのかは正直分からなかった。
 弱い奴が強くなろうとするのは分かる。だけど、アイツの場合は違う。
 この世界に居続けるために頑張っているようにしか見えなかった。


◇◇◇



 夜蛾先に言われてアイツとの任務になったのも正直かったるかった。
 明らかに足手まといでしかないしね。
 そんな当の本人は真剣な顔をしながら、書類に目を通してる。


「五条君、書類ちゃんと見た? 」
「お前が見てりゃ十分だろ」


 俺よりも頭二つ分低いところにある能天気が小言を言ってくるけど、正直どうでもいい。
 やることは変わんないし、内容を知ってる奴が一人いれば十分だと思った。
だから、適当に返せば呼んでいた書類から顔をこっちに向ける。
 

「うわぁ、出た。人任せ」
「ここの学校か?」


 いや、前言撤回。半目で睨みつけてきやがった。
 俺としてはそれもどうでもいい。無視してふと見上げれば、問題の学校に着いた。
 呪いにもなれない塵がうようよ浮いている。かったりーと思うと余計やる気が失せた。


「だね……呪霊が出るの、は……!」
「……おい、どうした?」


 アイツも同じことを思ったのか。めんどくさそうに溜息を付いて頷けば、正面を向いた。
 だけど、目にしたモノに驚いて言葉の処理が不自然になってる姿に眉根を寄せてアイツの視線の先を追ってみたら、そこにいたのはギターを背負ったチャラそうな男だった。
 何で硬直してるのか分からなくてかがみこんで顔を近づけながら聞いてみるけど、反応はない。
 むしろ、顔色が悪い。


「お前なんでここにいんだよ」
「…………」
「嘘つきがこんな所にうろちょろしてんのちょー迷惑なんだけど?」


 マジで意味が分からなくて折っていた腰を元に戻して様子見をすることを決めてみれば、チャラ男は醜悪なものを見るような目をして刺々しく話しかけてきた。勿論、俺じゃなくて隣にいるコイツに。
 ちらっと盗み見てみれば、硬く口を結んだままで言葉を返す様子はない。まるで借りてきた猫状態。
 うんともすんとも言わないコイツに苛立ったのか、チャラ男は冷淡な目で見下したように鼻で笑った。
 自分が一番偉いと思って疑ってない男の態度が、普段と違う隣の奴の態度が、気分を悪くする。


「知り合い?」
「嘘つきすぎて親に捨てられた嘘つきだよ」
「……」


 異様な空気を感じ取ってたのか、チャラ男のダチは困惑した顔をして首を傾げるとチャラ男はバカにしたように吐き捨てた。
 俺は耳を疑った。全ての意味を理解するのに時間がかかった。
 こいつを表現する言葉とかけ離れていることにも、捨てられたというワードにも。
 ここまで問答無用で言われれば、誰だって反論するもんだ。それがどちらだったとしても。
 それでも隣にいるコイツは口を固く閉じたまま、我慢するように手をぎゅっと握ってた。
 いつもなら、思ってることをそのままいう奴が。


「嘘って?」
「え、アンタ知らないの?つーか、嘘しかつかないから一緒にいない方がいいぜ?」
「っ、!」


 ただただ沈黙が流れるこの場を去りたい反面、気になることもある。
 話しかけたくもない気持ちを抑えて聞けば、チャラ男はぷっと吹き出して笑って憐れむように忠告をしてきた。
 マジでぶん殴ってやろうかと思った。いや、思うだろ。
 なんでこんなクソ野郎にあざ笑われなきゃなんねぇんだって。
 ケンカを買ってやろうかと思った瞬間、隣にいる奴は顔色を変えて俯いていた顔を上げて口を開いた。
 それがチャラ男と会って初めて起こしたアイツのアクション。
 でも、言葉は呑み込んでいてやっぱり言い返すことはしない。その瞳に見える感情は諦めだった。


「………」
「何もないのにいるとか言って構ってちゃんでさ、ないこと言い続けてたんだよ」
「マジかよ」


 どうしてコイツがこんな表情をするのか。
 それは嘘つきと言われ続けて見下されてきたから。
 理性が答えを即答するともうチャラ男の声なんて聞きたくもなかった。
 それでも、空気の読めないクソ野郎は卑下することが楽しくなってきたのか、気分良さげに今まであったこと・・・・・・・・・・・・のように語る。
 チャラ男のダチはその言葉をまんま受け取ったらしい。引いた顔をして軽蔑した目を向けた。



「くだらね、行くぞ」


 阿呆以下の奴らだ。見てれば分かることも見えない奴らなんて相手にしてるだけ時間の無駄。
 胸に溜まるクソまずい二酸化炭素を吐き出せば、乱暴に隣にいる奴の手首を掴んで歩き出す。


「え、あ、五条君…!?」


 一段と不機嫌なオーラを纏ってる俺に気が付いたのか、それとも強引にこの場から連れ出されるとは思ってなかったのか。
 知らねーけど、後ろから驚いた声が聞こえてきても振り返らなかった。
 今、振り返ったら見たくもねー奴らも視界に入るから。


「おい、最後まで人の助言を……!」


 おいおい、助言とか何様だよ。
 まーだ言い足りないとかお前、大丈夫? 俺、今日一機嫌悪いんだけど。
 言いたい言葉はあったが、飲み込んだ。1条でも早くこの場から去ることを優先させたくて。
 視界にも入れたくないが、黙らせたい気持ちの方が勝った。だから、ひと睨みしてやれば蛇に睨まれた蛙だ。
 俺に喧嘩なんざ売るのが間違ってるってやっと気が付いたらしい。
 奴が無意識に言いかけた言葉を飲み込み、身を縮こまらせて血の気を失わせるのを見るのを最後にして俺はさっさと歩いた。
 俺の足とコイツの足の長さの違いなんて気にせずに。


「ま、待って待って、五条君!早い!」

 
 目的の場所から遠のくことに慌ててるのか、声をかけて来るけど今はそんなのどうでもいいから聞く耳を持たなかった。
 前へと進むペースが追いつかなくて足がもつれそうになってる音が聞こえると俺の腕をグイッと引っ張ってくる。


「うっ……いたた……」


 仕方なく止まってやれば、急に止まるとは思わなかったんだろう。アイツからしたら何の予兆もなしに止まったんだから無理もない。俺の背中にドンと顔面をぶつけてた。
 どんくさ。そう思って後ろを振り返れば、空いている片手で鼻頭を摩ってる。
 コイツのさっきの対応が分からないのは変わらない。腹の虫も収まる訳もない。不機嫌な面のままじっと見つめれば、ぽかんとした顔をして見つ返された。


「お前。どうして言い返さなかったんだよ」
「え……」
「いつものお前なら、言い返してるだろ」


 慣れないことをしたせいでコイツに当たりたくなるのを何とか我慢して聞いたつもりだったけど、全然抑えられない。むしろ、機嫌が悪いまんまの声だ。
 俺にそんなことを言われると思ってなかったんだろうな。変わらず、間抜け面をしたまま固まってるから俺は続けた。
 でも、言い返すことなく複雑な面持ちで、目を細めて見つめ続けてくる。
 俺に対してもアイツらに対してもこの件に関してはどうしてそこまでして自分の感情を出さないのか、不思議て仕方なかった。


「……15年間」
「あ?」
「15年間、親にも周りの人達にも、本当のことしか言わなかった。でも、嘘つきだって言われてたの。言われ続けたの」


 ゆっくり口を開くとポツリと呟く。
 思ってた言葉とは違うそれに片眉をピクッと動かして反応すれば、アイツは懐かしい昔話を語るように微笑んだ。


「……」


 なんて顔をするんだって思った。
 自分の感情を全て押し殺して何事も無かった様に笑うその顔が分厚い仮面を被った道化のようだったから。


「信じてくれない人に何言っても無駄でしょ」


 柔らかい声音で諭すように言った。
 確かに一理ある。
 だけど、俺はこいつのこんな一面を見たことがなかったから驚きを隠せなかった。


(なんっつー、目だよ)


 確かに口角を上げて笑っているのに、細めた目の奥に温度はない。
 これ以上何も聞くな。
 まるでそう言わんばかりに拒絶の色を孕んでいるようにさえ見えて、俺は息を飲んだ。


「はあああ……」
「ちょ、五条君??髪乱れる!」


 コイツと出会って二年目。
 四六時中、四人でいたからこそ知らないことはないと思ってた。だが、ここでまた知らない一面を知った。
 その事実に俺は深いため息を付くとわしゃわしゃと乱暴に頭を撫でてみる。
 こういう時、こいつをどう扱えば分からないけどいつも通りがいいと思ったから。
 結果的にそれは功を奏したらしい。似合わない顔をやめて慌てたように俺の腕を両手でガシッと掴んで止めようとする。


「ちゃっちゃと祓って甘いの食いに行こうぜ」
「ええ、私は激辛ラーメンがいいな」


 力で勝てるわけがないに頑張って抗ってる姿にさっきのイライラは少し落ち着くとパッと手を離してはニッと笑って提案した。
 グシャグシャのボサボサ。
 此処までされると普通は怒るもんらしいけど、口を尖らせて髪を整えるだけ。
 こいつも多分俺と同じでさっきのことを気にすることをやめたのかとしれない。
 サラリと返って来る言葉はいつものアイツらしい意思表示だ。


「…………」
「…………」


 ほんっとうに可愛くねぇ。
 気を使ってやったのに俺の提案を飲む気がないらしい。無言の圧力をかけて見れば、目で訴え返してくる。


「本当にお前とは合わねぇな」
「ほんと、真逆よね」


 睨み合いは終わりだ。同時に深いため息を吐いて悪態を付くが、別に嫌なもんじゃない。
 俺たちの間にあるのは柔らかい空気と少しの笑みだった。




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