クソめんどくせえ任務を終えた俺達は今、ファミレスにいる。
もう11時をすぎているから空いている店がまばらだ。
こんな時間にスイーツの店が空いてる店なんてほとんどない。その上、こいつが望むのは激辛ラーメンだ。
仕方なく、間を取れる場所に来た。
「ったく、だるかったな」
「まあ、いいじゃん?報告書は明日でいいってことになったし」
呪霊自体は雑魚だし、さっさと祓って終わらせられる案件だった。ただ、運が悪いことになかなか呪霊が姿を現さないのとうぜえパンピーが視界に入って目障りだった。
何個目か分からないパフェを食べる。
やっぱ疲れた体には良く効くわ。
あれから暗い表情を見せることなくいつも通りを装うコイツもフーフーと麺に息を吹きかけ、ラーメンをすすって答えた。
夜も遅いので報告は翌日でいいってことになって解散。
まあ、どうせ書類書くの俺じゃねーけどコイツにとっては少し肩の荷が降りたのかもしれない。
「よく食うな、そんなもん」
「美味しいよ」
「……」
赤い麺を美味しそうにズルズルと啜る姿にげんなりする。甘いもん食ってるはずなのに舌の上が辛いような錯覚まで起きた。
けど、アイツはニコニコと嬉しそうに笑ってなんでもないように答える。
見てみろよ、あの器の中身。
麺も赤けりゃ、汁も真っ赤だ。それこそ、血で作られたんじゃねえかって思うくらいに。
匂いも酷い。刺激臭がする。
多分、この匂いが甘いもん食ってても舌が辛いなんて錯覚を覚えさせる原因だろ。絶対。
ある意味おぞましい光景にゾッとしながら、味覚を戻すようにパフェを一口食べた。
生き返る。
匂いは甘いもんと辛いもんが混ざってキツイけど。
「………」
そんなことを考えてたら、啜る音がピタリと止まった。ふと視線を向ければ、箸を持ったまま、ラーメンに映る自分の顔を神妙な面持ちでじっと見つめてる。
「……まだ気にしてんのか?」
「何が?」
コイツをそんな顔にさせる正体は今日、知った。
恐らくチャラ男に言われたことを思い出してんのかもしれない。
忘れようたってさっきの事だ。
俺だったらどうでもいいから忘れられるけどこいつの場合、違う。
話を全部聞いたわけじゃないから憶測だが、“嘘つき”って周りに言われて生きてきたんだ。
見えないやつからしたら、そうなんだろう。でも、見えるやつからしたら真実でしかない。
気を使って聞いてみれば、惚けられた。
その証拠にほら、出た。またあの仮面ヅラだ。
「いちいちに気にしてんじゃねぇよ」
それが苛立たせた。
偽ったコイツなんて見たくなくて、いつもみたいに突っかかってくるか笑うか怒るかしろって思いが増すんだ。
「だから、気にしてなんか……」
「お前が嘘つくことが下手なの知ってっから」
「!」
困ったように笑ってもう一度、否定しようとしてた。
多分この話もしていたくないんだろうけど、そんな言葉を待つ気なんてなかった。
ずっと黙ってやったんだからもう何言ったっていいだろ。
ビックリするぐらい嘘つくのが下手なのが俺の知ってるこいつだ。
驚いたように目を見開いて息を飲む姿に俺もビビった。
今にも泣きそうな顔をするから。
怪我しても体の一部が呪霊にやられても、負けても悔しがるだけで泣かない奴が。
泣きそうな顔で笑うだけのやつが、ただ泣きそうな顔になった。
「変な顔になるしな」
「………ひっどいなぁ」
別に泣かせたいわけじゃない。
いや、泣き顔を拝んでやろうと思ったことはあったけど、それは今じゃない。
どうしていいか分からなくて適当なことを言えば、力なく笑った。
「ホントのことだろ」
「……嘘ついたことないもん」
やっと強ばっていた表情が和らいだことに少しほっとしてパフェをもう一口食べれば、言い返す。
だけど、アイツは俺の態度がムカついてきたんだろう。ムッとした顔をしていじけたようにポツリと呟いた。
「知ってる」
「…………」
そう、知ってるよ。
嘘つこうとすれば、目が泳ぐし、明後日の方向を見たりするし、声は不気味に震える。
嘘つき慣れてねぇってすぐ分かる。
世界で一番嘘が下手な奴選手権があったら、間違いなく優勝する奴だよ、お前は。
俺はお前ほど嘘が下手な奴なんて知らない。
肘をつけてスプーンを持ってる手の甲に顎を乗せてじっと見つめれば、拗ねた目がこちらを見てくる。
それがどうしようもなく可愛く見えたのは錯覚だ……と思いたい。
芽生えそうな感情に気が付かないフリをして呆れたように笑った。
そしたら、アイツはまーた泣きそうな顔してんの。
いや、さっきの比じゃないな。てかもう、ほぼ泣いてる。
目にめっちゃ涙溜まってるし。
「あんな奴らなんかほっとけ、お前のことは俺たちが分かってる」
「………」
俺じゃなくてあのクソ共がのせいだろ?
え、俺が泣かせたことになんの?
自問自答して内心慌てたよ。
泣かせる気なんてサラサラなかったから。
だから、俺らしくもない慰めの言葉を吐いて泣き止ませようとした。
でも、それは逆効果だったらしい。
ついにアイツはボロボロと泣き始めた。
「うぉ!?なんで泣いてんだよ!!」
「うるさいなぁ………泣きたくもなるんだよぉ」
泣き止むと思ったら、思いっきり泣くから動揺した。
ビクッと肩を揺らして慌てて声を荒らげて聞けば、文句だけは返ってくる。
拭いても吹いても溢れ出てくる涙を拭きながら、ズビスビと聞こえる鼻をすすりながら。
「意味わかんねーよ。てか、俺のせいで泣いてるみたいじゃん。泣きやめよ」
「無理ぃ………てか、五条君が泣かせてるぅぅ……」
「はああ!?」
慰めたら、余計泣かれた。
そんなこと傑と硝子に知られてみろ。
指差して笑ってくるぞ、アイツら。
それは今、どうでもいいけど周りの視線がむちゃくちゃ痛てぇ。
何、女泣かせてんの?なんてひそひそ話してる声まで聞こえてくる。
俺が悪もんになってるし。
どうすればいいのか分からなくて頭を乱暴に掻いて気まずそうに声掛けりゃ、遠慮なく更に泣きやがった。
俺、泣かせるようなこと言ったか??
は?マジで??
それを省略した叫びだったけど、周りはさらに鋭い視線を俺に向けた。
勘弁しろよ。
そう思いながら、ワンワン泣く姿をじっと見つめた。
「クズなのに狡いぃぃ」
「………」
ことかいて言うことは悪口かよ。
訳分からなくて呆然とするってもんだ。
ムカつきはするけど。いや、かなりな。
でも、怪我しようが体の一部が無くなろうが、負けようが泣かなかった奴がやっと泣いたんだ。
泣くことを知らなかった子供が感情出して泣いてるようなもんだ。
あんな道化みたいな笑顔をしなくなるたら、止める必要ねぇ。
周りの視線は甘んじて受けてやるから。
涙が枯れるまで泣けばいいと思った。
コイツが泣き止む頃にはラーメンは麺が汁吸って伸びきってるわ、冷めきってるわ、で明らかに美味しそうじゃない。むしろ、不味そうなラーメンになってる。
だけど、美味しそうに幸せそうな顔をして食べてた。