弐話




 
「なんだ?これは……」
「二代目、どうしたんです……っ!これは!」


 二代目と呼ばれた男と首が宙に浮いている男が目にしたのは無惨に殺された女とその隣で倒れている少女だった。


「おい、首無……連れて帰るぞ」
「はい……って、二代目!?」


 二代目は首無に話し掛けながら倒れてしまってる少女を抱き抱え、我が家へと帰ろうと帰路を辿っている。首無は突然のことで頷いたがまさか彼が思ってもない言葉だったので、驚きながら彼のあとを追った。


◇◇◇
 

(ん……ここ、は……?)


 少女が目を覚ましたら、そこは大きなお屋敷で自分は布団の上で寝ていることに気付く。だが、自分の知らないお屋敷であることは間違いなく疑いの目でキョロキョロと首だけで見回していた。


「おや、気が付いたかい?」
「!?」

 
 周りを怯えながら見ていた少女にふと声がかかる。少女は驚き、声のする方へと首を向けた。そこに立っていたのは長身の黒髪の長髪、着物を着流しに着ている不思議な男だった。


「おっと、怯えなくていい。ここは安全だからな」
(……信じて……いいの?)
「……っても、混乱してるだろ。とりあえず落ち着いたら話を聞くからまた来るぞ」


 少女が怯えているのは一目瞭然だった。そのため、長身の男は先に安心させるように言ってみせた。しかし、少女はその言葉を信用していいのか見極めようと男を見ていた。それを察した男は気を利かせ、部屋を出た。


「な、なんなの……あの人………」


 普通だったら側にいて様子を観察したりするところだがそれをせず出て行った男の行動が読めなくて、少女は不思議に思っていた。


「あれ?こんなことろに……刀とて、がみ?」


 カサッと何かが刷れる音がして懐に顔を向けると少女は懐に手を入れる。懐から出したものは懐刀と手紙だった。間違いなく自分の母からの手紙だと思ったのか、急いで手紙を開いて読む。
 

――月海へ
この手紙を読んでいる頃…
私はもうこの世にいないかもしれません。
私はあなたを人間のように育ててきましたが、
私達の家系は特殊なのです。
 
 
「っ、……特殊……って?」

 それを読みながら自分の母は自らの死を知っていたかの様に書いていたことに驚く。そして、ある一部分が少女は気になってしょうがなかった。


――私は人間ではありません。
私は天女と龍神の間に生まれました。
あなたはその私と陰陽師であるお父さまの間に生まれました。
あなたは四分の一が龍神の血、四分の一が人の血、そして、二分の一が天女の血なのです。

 
「じゃ……私は……」
(私は……何なの?)

 手紙に書かれた事実に少女は更に混乱を招いていた。今まで聞いても答えてくれなかった母が手紙で明かした事実が少女には重すぎたのだ。
 自分の存在は何なのだろうと考えてしまう。

 
――あなたが一人でも生きていける術は教え込みました。
そして、まだ今は受け入れられないかもしれないけれど、私達から受け継いた血の力の扱い方も。
 

「え……」
(力の……使い方って?)


 生活のための力は厳しく教えてもらったから少女には理解できた。しかし、血の力、と言う意味が全く分からないでいた。

 
――それは……あまりにも強いために封印しています。
今まだ目醒めていないから分からないかもしれない。けれど、目醒めた時にきっと分かるわ。
それよりも約束してほしいことがあります。
あなたが天女の子だと誰にも言わないで頂戴。
 

(え……なん、で?)


 この時点で分からないでいると言うことはまだ目醒めていないと書かれていたので少女は納得した。目で字を追っていると彼女に対する口止めがあり、少し戸惑っていた。

 
――天女は霊力があり、
 それの肝を食べれば力が増す、不老不死になれる……そう言って、人も妖も襲ってくるからです。

 
(ひ、ひとも!?)


 更に字を目で追っていくと衝撃の言葉が目に入ってくる。少女が母と別れの時まで走ってあるものから逃げてきた……逃げる対象は妖怪だった。
  だから、納得は出来た。しかし、人からも命を狙われてしまう。その事実に少女は息を飲んだ。


――私がこの世から居なくなったら、
あの方の元へ行きなさい。
浮世絵町に住む、あの方の元へ。
あなたのこと守ってくれるでしょう。

 
(…………あの、かた?)


現実から目を背くことを許されない少女は自分に負けないように必死に手を震わせながら、読みを進める。
そこには今の少女にとっては小さな希望が持てる言葉が紡がれていた。

 
――浮世絵町に住む関東妖怪任侠、
総元締め奴良組……ぬらりひょんの元へ
 

(ぬら……りひょん?)


 普通に考えたら、行きたくないと思うだろう。
妖怪に襲われ、母が殺されたのにも関わらず、妖怪に頼るなんて考えられないはずだ。しかも、任侠とくればヤクザ者しかいない。だか、少女にはその考えは毛頭なかった。

 
――今まで私はあなたを真名で呼んでいました。これは血に目覚めて、使いこなせるようになるまで名乗るのはお止めなさい。
そして、あなたの真名を……天を名乗るのも。力あるものに利用されかねません。
あなたは別の名を名乗りなさい。

 
(………)

 更なる真実に驚きながら、真剣に受け止めていく少女の目には涙が浮かぶ。しかし、必死に我慢して母の大事な言葉に目を向ける。

 
――私がどんな者に……妖怪や人間に殺されたとしても
全てを憎まないで。恨まないで。
そんな感情は何も生まないものです。
あなた自身が苦しむだけよ。
あなたは優しく素直な子。だから、心配です。
どうか……闇に心を奪われないで。
私の……大切な命の華。私の希望の光。
 

「おか……あ、さまっ……」


 少女のことを思ってると伝わる母の言葉は少女が纏っていた張り詰めた空気を溶かすようだった。目に溜まっていた涙は頬を一滴流れ落ち、少女は自分の母を呼ぶ。

 
――天……愛しています。
強く、強く……生きなさい。
あなたの思うままお行きなさい。
 

「おかあ……さまぁ〜!!」


 最後に書かれた言葉で少女の防波堤は壊されてしまった。少女は涙が枯れるほど声が枯れるほど泣いたのだった。


◇◇◇


「……っ、ないてばかりいたら、おこられちゃう」
(もうなかない……つよくなるんだから、ダメ!)


 たくさん泣いた少女は泣かないように決心し、顔をパチンッと叩く。


「どうだい?少しは……落ち着いたか?」
「あ……た、たすけて下さってありがとう、ございます」
「へぇ……小さいわりにしっかりしてんじゃねーか」


 少女が頑張ろうとして頬を叩いている姿を見ながら先程の長身の男が少女に声をかけた。声のする方に少女は顔を向け、命の恩人だと分かると立ち上がり、その男に向かって頭を下げながらお礼を言った。
 男はまさか幼い少女がそんな行動をすると思わなかったのだろう。彼は目を見開いて少女を見ては優しく微笑みながら少女の頭を撫でた。


「あの……ここはどこですか?」
「ん?ここか?ここは浮世絵町にある家だ」
「ここ、うきよえちょうなんですか!?」
「お……おう、そうだが…それがどうしたんだい?」


 頭を撫でてくれる男を見て少女は自分のいる場所を問い掛けると男は飄々としながら、そのといに回答する。その答えが意外すぎて少女は目を見開きながら、思わず大声で聞き返してしまった。
 男は少女の大声に驚き、片方の目を閉じながら困惑した表情で答えると不思議に思った男が今度は少女に聞き返す。


「なんじゃ、お前の拾った娘さん目が覚めてたのか」
「おいおい……親父……何でいるんだよ」
「え…」


 少女と男がそんなやり取りをしていると襖を開けて小さい老人が男に話しかけながら入ってきた。男はまさか苦笑いしながら自分の父に話し掛けす。少女は目をぱちくりとさせながら、老人を見ていた。

「まあ、いいじゃろって」
「ぬら……りひょん……?」
「「!?」」


 ニヤッと自分の息子に笑いかけてる老人の姿をみていた少女はふと母の手紙に書いてあった人物の名を無意識に口に出していた。すると、老人と男は驚き少女の顔を見る。


「何故……お前さんがその名を知っとるんじゃ?」
「お母さまからの……手紙に……かいてありました」
「お前さんの……母の名はなんじゃ?」


 不思議に思った老人は見極めようとするように目を見据えて、少女が発した言葉に対して問いかけた。少女は少し言っていいのか迷ったが言わない限り状況は変わらないと踏んだ少女は思いきって手紙の存在を明かす。老人は渋い顔をしながら、少女の母の名を訪ねたのだった。

「……げってん」
「なっ、……あの子の娘か!」

 少女は少し間を空けてから母の名を出した。何故なら、少女が知っている名は天女名のかさえ、彼女には分からなかったからだ。けれど、賭けに出るしかないと短く……しかし、はっきりと聞こえる声のトーンで答えたのだった。
 老人は目をこれ以上ないくらい見開いて、少女に言葉を紡ぐ。少女自身が思い付きに言った名前かということも考えられたが、思い付きにしては珍しい名前だったので、その考えは頭の隅へと追いやったのだろう。
 それにしても、少女の発した少女の母の名は老人の知るものであった。


「お母……さまを……知っているんですね?」
「あぁ、あの子の娘さんかい……」
「んじゃ、決まりだな」


 まさか本当に知っていると思わなかった少女は再度老人に確認する。老人は懐かしそうに頷き、また少し悲しそうに微笑むとそこに先程まで黙っていた少女を拾ってきた男がいきなり会話に入ってきた。


「そうじゃな、娘さんしばらくここにいなさい。」
「え……いい、んですか??」
「これも何かの縁じゃろうて。ワシのことは気軽におじいさまと呼んでくれや」
「お、じゃ、俺はお父さまって呼んでいいぜ」


 その男に賛同した老人は少女にぺカーっと笑いながら言葉を紡ぐ。少女は本当に匿ってくれる、そう捉えていいのか分からず、聞き返してしまった。
 老人は快く承諾し、少しふざけたように老人のことを祖父と呼んでもよいと言い出した。それに便乗した男は父と…と同じように言ったのだった。


「なんじゃい……鯉伴。お前もかい」
「いいじゃねぇか」
「……………」


 老人は少しため息をついてから老人の息子に言葉を放った。男はというと楽しそうに片目を瞑りながら、ニッと効果音がつく顔で笑う。少女はそんな二人を見て唖然としていた。


「そういえば、お前の名は何て言うんだい?」
「私の……名前は……」
『あなたは別の名を名乗りなさい』


 男……鯉伴が少女に名を聞いていなかったことを思い出し、少女に名を尋ねる。少女は戸惑いながら名を名乗ろうとするが母の手紙に書いてあったことが頭を過り、少し黙ってしまったのだった。


「ん?どうしたんだい?」
「私の名は……優希、です」


 心配するように覗き込んでくる鯉伴を他所に少女は少し考えてから彼女の偽名を言ったのだった。


「ほぅ……いい名じゃな」
「お前は今日から俺の家族だ。よろしくな」
「は、はい……」


 ぬらりひょんは顔の皺が目の周りに集まりながら少女の名をいい名前と笑っていた。そして、その息子の鯉伴は片目を瞑りながら突然すぎる言葉を発し、笑いかけてると少女は緊張しながら肯定の言葉を紡いだ。
しかし、彼女にとって鯉伴の言葉はとても嬉しいことだった。
 なんせ、これからずっと一人で生きていかなければならない……そんな窮地に立たされたまだ幼い少女だ。“家族”と迎え入れてくれる言葉の暖かさに胸を熱くしていたのだった。

「お父さん!おじーちゃん!……あれ?」
「おっ、調度いいとこに来たな。リクオ、こっち来い」


 そんな彼女たちの元に少女と同い年くらいの少年がパタパタと走りながら現れる。ぬらりひょんはニヤリと彼の得意な笑みを浮かべながら、少年を手招きした。


「おじーちゃん、この子は??」
「今日からわしらの家族じゃ」
「優希……です」


 父と祖父に挟まれた少女の存在を気にした少年はぬらりひょんに少女のことを問い掛ける。ぬらりひょんはというとサラリと説明とも言えない説明を一言で済ませ、少女は自ら名前を明かした。


「優希!ボク、リクオ!よろしくね!」
「うん……うん!」


 リクオと名乗った少年は少女の名前を復唱し、花を咲かしたような笑みを浮かべながら、軽い自己紹介をする。少女にとってはそれはどれだけ輝いて見えたのだろう。
 小さい声で肯定の言葉を発し、二回目の声は強く頷きながら発していたのだった。


「まあ、まだ心を開けなくてもあやつが開けるじゃろうて」
「親父にしちゃ、いいこと言うねぇ」
「お前は一言余計じゃ」


 まだ優希が心を開けていないのは大人たちには一目瞭然だ。それを心配していた鯉伴とぬらりひょんだが、彼らの子孫であるリクオが少女の心を開いてくれるだろうと安堵した。


 これが優希と奴良家との出逢いだった。


弐話
『出会いと縁』



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