第弐話




「………」
「………………」

 銀の薄桃色を混ぜたような長髪の女性は黙ったまま男を横目で見た。そこには肩をワナワナと震わせながら眼鏡を光らせている長身の長髪を一つに束ねている男の姿があった。

「ええ、そうですね……“良い川だね”とか云って飛び込みましたね………太宰あの馬鹿
「俺の心を勝手に読むな」

 女性は夕日に照らされ輝く綺麗な川を見ながら数分前の出来事を口にすると男は怒りが収まっていないのか肩を震わせながら低い声音で彼女の言葉に文句を言う。

(じゃ、口に出してよ……)
「っっっ!!何故こうも俺の計画を乱す…!!」
「知りませんよ、そういう奴なんですから諦めて下さい」

 代弁したつもりだった彼女は彼の言葉に眉間に皺を寄せて心の中で文句を言うと男は頭をガシガシと掻きながら数分前に川へ飛び込んだ男……太宰治への文句を叫ぶ。隣に居た彼女は男に対して呆れたように言葉を返した。

「春夏冬!お前は此方で奴を探せ!俺はあっちを探す…!!」
「はぁ………あい、分かった」

 長身の男…国木田独歩はビシッと彼女…春夏冬楓に指を指して指示を出すと反対側へ渡る橋へと走り出す。彼女はもう既に走り出して聞いていない相手に溜息を付いては了承の言葉を口にすると川へ沿って歩き始めた。

(……にしても、静かだなぁ…この河川敷……)
(何処だ!!太宰ー!!!)
(ははっ……心の聲…ここまで聞こえてるよ、国木田さん…)

 口元が寂しくなったのか彼女は懐から棒付き飴を取り出して口に含むと静かな風景を眺めていると彼女にはビンビンと国木田の心の聲が伝わってくるようで眉下げて呆れたように笑っていた。

(―――一杯の茶漬け……)
(は?茶漬け?)

 そんな中、別の聲が彼女の元へ届けられる。
高くも低くもない少年の声音で告げられた単語に楓は眉間に皺を寄せた。

(梅干しに刻み海苔……それに夕餉の残りの鶏肉。そいつを熱い白湯に浮かべ、塩昆布と一緒にかきこむ……)
(茶漬けの作り方?いや、食べ方?)

 少年の聲は更に続き、茶漬の食べ方の講座のようにつらつら語り出す為に楓は口に含んでいた棒付き飴を口から出して棒付き飴をクルクル廻しながら首を傾げる。

(旨かったなあ……孤児院の台所で、人目を忍んで食った茶漬けは……)
(不憫な子……お腹空いてるのかな)

 切ない思い出を心の中で語っている少年に楓は同情した。

(僕の名前は敦……故あって、餓死寸前です)
「ぶっ……!」

 少年は力尽きたように突然自己紹介を始めたものだから楓にとっては予想外の展開に思わず吹いて笑った。

(何処に居るんだろ、茶漬け少年は……この聲の距離は近くに居るはず)
(孤児院を追い出され、食べるものも、寝るところもなく、もちろん金もなく……かといって盗みを働く度胸もなく…こんな処まできてしまった)

 珍しくくすくす笑って口に棒付き飴を入れた彼女は気になったのか茶漬け少年をキョロキョロと探し始めるがそんなのお構い無しに茶漬け少年は心の中で今自分がどういう経緯でこうなっているのか勝手に語り続ける。

(あ、あれ……かな)
(しかし、生きたければ、盗むか、奪うしかない……)
(やっぱあれだ。究極の選択肢しか頭に無いのね…)

 大分歩いた先に橋が見えてきて楓はとりあえず橋から茶漬け少年らしき人物を確認する。目に映る少年は衣服がボロボロの状態で四つん這いになって生きるために必死に思考を凝らしていた。楓はその声音と姿に茶漬け少年だと一致させると橋の手摺りに肘を乗せて少年の様子を窺う。

“出て行け穀潰し!!お前などこの孤児院にも要らぬ”
“どこぞで野垂れ死にでもした方が、世間様の為よ!”

 少年の心と頭にこびり付いた情景と言葉…教会のようなステンドグラスがある場所で男に罵声を浴びさせられていたことを思い出したようだ。

「っ、……」
(少年のこびり付いた記憶、か…)

 思いが強すぎて楓はその情景まで察知してしまったのか眉間に皺を寄せて額に手を触れながら少年を見ていた。

「―――五月蝿い……五月蝿い…五月蝿い、五月蝿い……五月蝿ぁぁぁぁぁぁぁい!!野垂れ死にだと?僕は死なないぞ、絶対に……何としても生き延びてやる!」
「またこの少年も面白いくらい表と裏がない……のは、1人だからか」

 少年は先程の言葉と情景を忘れようと同じ言葉を何度も吐き、だんだんと声を荒らげて生というものに執着を見せるかのように思い出の人物の思い通りにならないよう生きようとする意志を見せた。楓は少年の目に宿る生きる意思と心を聞いてぽつりと言葉を零す。

「よし、この次に通りかかった奴を襲ってそいつから金品を奪ってやる!」
(……ん?私も狙われるのか?)

 爛々と輝く危険な目で周囲を見渡す少年に楓は自身の危機があるのではと頭を過ぎらせていると少年は気配にはっとして振り向く――が、バイクが音高く通り過ぎていくだけだった。

「流石にこれは……無理だ。空腹じゃ追いつけない。次!」
(空腹じゃなきゃ追いつけるの?あれって……)

 少年は呆然としながら襲えない言い訳を自身にしていたが、その言葉は楓##には違和感があったようで心の中で突っ込みを入れているとえっほっえっほっと低い声で軍警らしいガタイのいい兵士たちが、隊列を組んできびきびと行進していく姿が通った。

「ト、トレーニング中の軍警が財布を持っているとは思えない。……次、次だ……。次こそ絶対に……」
(冷静な判断…だけど、いつまで経ってもあれじゃ奪えなさそ〜)

 少年は頬を引き攣らせながら襲えない言い訳をしては次の人物を待ち構えていたが楓は棒付き飴を口に含んだまま弄りながら少年を観察している。

(今度こそ…!!)
「……あの足、見たことあるなぁ」
「……いやあ…これは流石にノーカンでしょ…」

 丁度土手側を見ていた少年は人の気配に今度は川の方へと振り向く。そこには犬神家の一族のように両足が川から出て流れている人の足が見えた。
 楓も橋の上から眺めていると見たことあるような足に怪訝そうな顔をして言葉をぼそっと呟くが誰の耳にも聞こえていないだろう。少年は流れる足を見て先程よりも頬を引き攣らせて見なかったことにしようとする。

「ノ、ノーカンにさせて下さい」
(誰に頼んでんの、茶漬け少年は……ははっ、烏に啄かれてる)

 どんどん流れていく足を眺めながら少年は誰かに頼み込むようにお願いをし始めたので楓は心の中で突っ込みを入れると流れる足に数匹の烏が止まり、啄く姿を見えから笑いした。

「ノ、ノーカンにィィィィィィィ―――」
(どーするどーする?)

 目を離したいのに流れる足から目が離せない少年は言葉を発しながら迷っている素振りを見せていると少年がどういう判断をするのか気になった楓は興味津々にその様子を窺う。

「ええいっ!」
「……盗みも強奪も出来ないお人好しの不幸な茶漬け少年か」

 少年は結局流れる足…人物を助けようとバシャンと良い音を立てて川へ飛び込んだ。その姿に楓は溜息を漏らして棒付き飴を口から出すとクルクル廻しながら観察結果を口に出す。

「にしても、本来の目的忘れてたけど今流れてたの太宰だな……はあああ……」

 元々の彼女の目的は同僚である太宰を見つけ出すこと…それを忘れていたようだが先程少年が助けに行った川に流れていた物体を太宰だと確定させた彼女は面倒臭そうに溜息を吐いた。

(面倒だけど回収しないと国木田さんがうるさいか…でも、もう暫く様子見てよう)

 後々の事を考えた楓だったが回収するのも面倒だと思ったのか棒付き飴を又口に含んでは少年が川から太宰を回収する様子を眺めていた。


第弐話
『茶漬ケ少年ト河川敷』



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