第参話




「ハァ……ハァ……」
(……空腹で服着た状態で人ひとり救助出来る体力はあったのか……それとも火事場の馬鹿力か……)


 川の中から人ひとり背負って這い上がってきた茶漬け少年は空腹の中、人命救助をした為に疲れがピークに達していたのだろう。
 乱れた息を整えるように息を吸っていた。橋の上から棒付き飴を咥えながら人間観察に入り浸る楓は茶漬け少年を心の中で賞賛していた。


(結果的に―――――――――人命救助?)
「うっ!」


 茶漬け少年は息を整えると人命救助した人物を横目で見ると目を閉じていたくせっ毛の男の目ががっと開く。


「川に流されてましたけど……大丈夫ですか?」
「助かったか……ちぇっ」


 いきなり男の目が開いたことに少年は驚きながらも恐る恐る顔を近づけて男の安否を確認すると男は冷めた目をしながら上体を起こして一言言葉を口にした。


「ちぇっ?」
(今、ちぇって云ったか、この人?)
(………言ったよ、確かにね)


 流されていた男の舌打ちに少年は首を傾げて同じ言葉を復唱すると心の中で1つの疑問が生じ、自問自答する。少年の心を読み取った楓は心の中で少年に話しかけるように彼の疑問に答えるがそれは少年には届いていない。


「君かい、私の入水を邪魔したのは?」
「僕はただ助けようとしただけで……え?入水?」


 男は呆れたように謎の問い掛けを少年にすると少年は眉下げて弁解をしようとするが男の発言に違和感を覚え、男に問い掛け返す。


「知らんかね、入水。自殺だよ」
(入水……………………自殺?)
「じ、自殺!?」


 男は偉そうに説明をすると少年の思考は一瞬固まるが言葉の意味を理解すると自身が助けた人物が自殺をしていた事実に驚きの声を上げた。


「そう、私は自殺しようとしていたのだ。それなのに、君が余計なことを……」
(えー?僕なんか今怒られてる?)
(茶漬け少年の疑問はごもっとも)


 男は片手をポケットへ入れてもう片方の手を平げて偉そうに説明をする姿に少年は男から目を逸らし、不満そうに自問する。
 少年が疑問に思うのも無理もない。助けて邪魔されたと説教されれば誰だって理不尽に感じるだろう。楓は少年を橋の上から観察しながら少年に同意した。


「とは云え、人に迷惑かけないクリーンな自殺が私の信条だ」
(へぇ…入水した時点で私と国木田さんに迷惑かけておいてクリーン……?)


 ブツブツと文句を言っていた男は話を切り替えては勝手に彼の信条を語り始めるとその言葉が聞き捨てならなかったのか橋の上から観察している楓#は眉を潜めて男に心の中で文句を吐く。


「だのに、君に迷惑かけた時点でそれはこちらの落ち度……何かお詫びでも――」


 男はつらつらと言葉を紡いでいたがそれはぐうううううぅと大きく良い音が河川敷に響き渡り、掻き消された。


「空腹なのかい?少年」
「実は……ここ数日何も食べてなくて――」


 少年は自身の腹を押さえて音が鳴り止むのを待つと男は音の正体を理解しては少年へ問い掛ける。少年は眉下げて彼の問い掛けに答えようとするとぐうううううぅっとまた良い音が鳴った。


「奇遇だな。実は私もだ」
「それじゃあ」


 男は自身の腹を押さえて真顔で少年へ言葉を返すと少年は少し明るい顔をして言葉を紡ごうする。


「ちなみに財布は流されたようだ」
「ええーー、そんなー………っ!?」


 男は両サイドポケットに手を突っ込んでは真剣な顔で威張れることではない言葉を口にした。少年は期待していた希望の光が見事に打ち砕かれて絶望的な顔をすると少年の頬を鋭い白い棒が掠め、目を見開いて驚く。


(今、何処から飛んできた!?)
「全く……急にこんなもの投げたら危ないじゃないか」


 少年は心の中でどこからか飛んできた凶器に目を見開いていると少年の対面にいた男目掛けて飛んできた白い棒を男は易々と掴み取った。男は驚きもせずに投げられた方向を見ては誰かに小言を言うように言葉を漏らしていた。


「こんな処におったか唐変木!」
「……おー、国木田君、ご苦労様ぁ」


 突然怒鳴り声が二人の耳元へと届くと声のする方へ少年と男は目を向ける。そこに立っていたのは息を切らした茶髪の眼鏡をした男でその男は眉間に皺を寄せてくせっ毛の男を睨みつけるとくせっ毛の男は呑気に眼鏡の男…国木田独歩に言葉を返すが二人の言葉の温度差があるのは見て伺えた。


「何がご苦労様だ!苦労は凡て、お前の所為、このじ自殺嗜癖!お前はどれだけ俺の計画を乱せば――」
「そうだ!良い事を思いついた。彼は私の同僚なのだ。彼に奢ってもらえばいい」
「人の話を聞けよ!」


 くせっ毛の男の呑気な言い回しが気に触ったのか眉をぴくぴくと動かしては文句を大声で言い始める国木田だが、それを全く気にしていない…と言うよりも聞く気がないのだろう。
 くせっ毛の男は良い事を思い付いたとばかりに茶漬け少年に提案をすると全く話を聞いていない同僚に国木田は突っ込みを入れた。


「君、名前は?」
「え……、中島……、敦ですけど……」
「では、ついて来たまえ、敦君。何が食べたい?」


 男は少年に目を向けて名前を問うと戸惑った表情を見せながら少年……中島敦は自身の名前を口にする。 男は偉そうに指示をすると空腹の少年に食べたいものを問い掛けた。


「……あの……出来れば―――」
「なに、遠慮はいらないよ」


 少年は少し言い辛そうに言葉を濁すと男は少年に言葉を掛ける。


「……茶漬けが食べたいです」
「?」


 少年は少し間を置いてから男を上目遣いをして見上げながら食べたいものを口にすると予想外の注文に一瞬キョトンとして首を傾げた。


「ふふふはははは……餓死寸前の少年は茶漬けを所望か。いいよ、国木田君に三十杯くらい奢らせよう」
「!!俺の金で太っ腹になるな、太宰!」


 少年の真面目な顔に男は思わず笑いが込み上げてきたのか笑いながらまるで自身が奢るような口振りで少年に言葉を返すと気に入らないとばかりに国木田はくせっ毛の男…太宰治に口を挟む様に突っ込みを入れる。


「……太宰?」
「ああ、私の名だよ。私の名は太宰……太宰治だ」


 少年は聞き慣れない名前に首を傾げて呼ばれていた名前を口にすると太宰は地震の名前であることを教えると簡潔に自己紹介をしたのであった。


「……処でお前を探してるはずの春夏冬#は何処だ!!」
「国木田さん。叫ばなくてもここにいます」
「ぬおっ!?」


 国木田はまだ太宰の元へと辿り着いていない国木田と手分けして太宰を探していた楓が何処にも居ない事に眉間に皺を寄せて声を荒らげていると彼の背後から突然可憐な声が自己主張した為、国木田は驚きの声を上げる。


「!?」
「姫は神出鬼没だね」


 突然現れたのは銀に薄桃色を混ぜた様な髪を持つ少女に淳は目を見開いていると驚くと太宰は眉下げて困った様な顔をしながら楓に言葉を掛けた。


「……気付いてたくせに」
(誰……?)


 楓は眉をピクっと動かして不満そうな顔をしては太宰にポソッと悪態を付くように言葉を吐くと敦は不思議そうな顔をしながら楓をじっと見つめる。


「……私の名前は春夏冬楓。よろしく、茶漬け少年」
「え、……茶漬け少年?」


 彼女は敦の心の内を聞いて閉まった為に彼の疑問を説くべく、自己紹介をすると彼は何故今の今まで会話に参加していなかったのに”茶漬け”と言うワードが出るのだろうと更に不思議そうな顔をした。


「君、なかなか面白いね」
(春夏冬が……)
(眠り姫が……)


 敦の純粋さに春夏冬はふっと笑って彼女なりの称賛の言葉を敦に掛けるとある特定の前でしか滅多に笑わない彼女を見た国木田と太宰は目を見開く。


((他人に興味を示した……!!))


 そして、二人は心を合わせて同じ事を心の中で発しては驚いていた。


「………何か文句でも?」
「いや、ない」
「うん、ないない」


 国木田の心の聲を聞き取った楓はジト目で問い掛けると国木田はズレた眼鏡を直す素振りをしながら彼女に否定の言葉を掛ける。そして、太宰も同じく彼女に冷や汗を掻きながら否定の言葉を紡いだのだった。


第参話
『入水ト人助ケト棒付キ飴』



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