花舞病-藤の花-
「大将、こんな所にいたのか」「……っ、…薬研……」
呆れたような声が後ろから聞こえる。
ビクッと肩が動いた。
私は腫らした目で恐る恐る後ろにいる人物を見る。
彼の顔は眉を下げては障子張りの戸に手をかけた。
「なんで俺から逃げるんだ?」
「…っ、……だってぇ…」
彼は悲しそうな顔をして私に歩みよる。
その振動でなのか彼の頬は鱗のように花びらが一枚浮き彫りになった。
そして、ひらっと舞い散る。
その姿に私はまた目頭が熱くなった。
ああ、ダメ、…涙で前が見えない。
そう思った瞬間、ボロボロと涙が溢れ出した。
一番泣きたいのはきっと彼だ。
怖いのも彼だ。
でも、私は彼がいなくなるのが怖くて仕方がない。
刀剣男士だけがなる花舞病。
肌が鱗のように花びらが散って最期には花ひとつ残して逝ってしまう奇病だ。
「最期まで側に置いてくれよ…」
「最期なんて言わないでぇぇ…」
彼は最後の最期まで私のそばに居ることを望む。
けど、私には彼の最期を見届ける覚悟がなくて彼の言葉にまた涙が溢れかえった。
「ちゃんといち兄の言うこと聞くんだぞ」
「…う……っ…、…」
彼は私の隣に座り込んでは優しく頭を撫でながら私に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
私は胸が苦しくて、痛くて…首を横に振るしかできなかった。
低音の優しい響きのある声は私の鼓膜をつかんで離さない。
「無茶して皆に迷惑かけないようにな」
「お願い……薬研…側にいて…っ!!」
彼は目を細めて綺麗に笑う。
すごく綺麗に笑うの。
私は彼の胸にしがみつくように懇願した。
まるで子供のように縋り付く。
好きなの。大好きなの。
お願い…逝かないで。
「…この身が無くなっても……大将のそばにいるなら安心しろ」
彼は泣きそうな声で震える唇で私に伝える。
そして、ぎゅっと力強く抱き締めてくれた。
その間も彼の体からはひらひらと花びらが舞う。
花の香りを感じながらもそれが何の花なのか私には分からない。
でも、彼が探しに来る前からずっと泣いていた私は疲れてしまっていた。
その香りが心地よくてだんだんウトウトしていた。
まだ寝ちゃダメ…そう思いながら瞼は重くて。
「大将…ずっと好きだ」
耳元で小さく呟く大好きな声が遠くに聞こえる。
私はその言葉に安心したように意識を手放した。
彼はクスッと笑って頭を撫でてくれた気がして、安堵から私は頬を弛めた。
目を覚ますともうそこには彼がいなかった。
何処かに行ったのかと思ったけれど、それは違った。
「……そばに居るってそういう事?」
起き上がって左の薬指に違和感があった。
不思議に思って見てみるとそこには藤の花が絡んでいた。
うん。そうだね。
薬研は約束を守ってくれるね。
――最期まで私の手を決して離さないでくれてありがとう。
私はあなたの優しさを忘れないよ。
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