小指を捧げる
「……」ソファに座るアイツは真剣な顔をして立てた小指を見つめてた。
「何してんの?」
ふと湧いてくる好奇心で問いかければ、こちらを見上げてふっと笑う。
その意味は何を示すのか、分からない。時たま、そういう顔をするけど、喜怒哀楽のどれに当たるのかが読み取れない。いや、あまり読み取らせようとしないんだろう。
彼女の言葉を待つことにした僕は隣にどかっと座る。
「恐ろしいものが現代では普通に使われているなって思っただけ」
「……ああ、指切り?」
諦めたように軽く息を履いたと思えば、僕に見せつけるように小指を差し出して言う。
小指を普通に使われるもの。考えを巡らせば、一つだけ浮かび、首を傾げた。
それは正解だったらしい。彼女は眉を八の字にしてこくりと頷く。
「元々は遊女が客に心中立てるために小指を切り落としてたっていうところからじゃない」
「イカれてるねー」
惚れた男に小指を差し出す。それが当時の遊女の最大の愛情表現だった。そんなのをどこかで見た気がする。その当時はそれが当たり前だったかもしれないけど、現代でそんなことをして見れば、狂った愛に違いない。
彼女が何を言いたいのか。なんとなく察しがついて思わず、本音がこぼれ落ちた。
「私もそう思う」
「でも、何でそんなこと考えてんの」
「約束したからかなぁ」
アイツは困ったようにふにゃっとまた笑う。
突拍子もなくそんなことを考えていたのかが気になって聞けば、ポツリとどこか力なく答えた。
「約束?」
「任務で助けた子供に懐かれてね。また会ってねって言われていいよって言っちゃったの」
「テキトーに流さないとお前、壊れるよ」
いつどこでそんなものをしたのか。そう思って聞けば、アイツは申し訳なさそうな顔をして紡ぐ。
それは守れる約束のようで、不確かな約束だったからかもしれない。それに罪悪感を覚えてるのだとしら、優しすぎると思った。
普通に生きてたら、当たり前のものかもしれない。でも、僕たちのいる場所は違う。そんな生易しい世界に居ないのだから。
「五条君にはそう言われると思った」
「あのね……」
「あんまり約束しないことにするから大丈夫」
アイツは口角を上げてどことなく、嬉しそうに言うから呆れてしまった。
言い返そうとしたら、食い気味に芯のある声で遮られる。その言葉に以外で、僕は目を見開いた。
見開いたって言っても、目隠ししてるから彼女には分からないだろうけど。
「どうして?」
「呪いにしたくないから」
顔を近づけて真意を聞くと、悲しそうに微笑む。
その顔が綺麗で。儚くて、心を擽られた。
「ふーん……じゃあ、僕と約束しよう」
「ちょ、人の話聞いてた?」
いつの間にか落とされた彼女の手に手を重ねて、するりと小指と小指を絡める。
どんな顔をするか、どんな反応をするのかを考えると自然に口角が上がるのが分かる。
でも、アイツは僕の意図が分からなくてほんのり、頬を赤らめながら、困った顔をしていた。
「そーだなー……僕の恋人にならない?」
「…………それ、指切りするやつ?」
名案とばかりに言ったそれは彼女にとって予想をはるかに超えていたのだろう。二、三秒固まったかと思えば、真顔で問いかけてくる。
約束だ指切りだなんてただの口実。僕にとってこの流れはずっと狙ってた人物を口説くチャンスでしかない。
「だって、遊女が客に心中立てるんでしょ?」
「五条君って、遊女だったんだ……」
「何馬鹿なこと言ってんの」
するりと目隠しを外して見つめながら、聞き返せば、空気を壊すようなことを言う。
僕が口説いてる事に気がついてるのか、否か。それを不安にさせるコイツはある意味天才だと思う。
「……約束は、言葉は、時に人を縛る呪いになるよ」
「だから、お前は約束したくないんでしょ」
「五条君は、それでもいいの?」
誰かと関わりたくて、繋がっていたくて。
約束したいと思う癖に、誰かの縛りになりたくないと思う彼女の思いが見て取れる。
そんな姿にいじらしいと感じる時点で、僕はこの子のことが相当好きなんだろう。
気持ちが分かってると言わんばかりにコイツの心を紐解けば、潤んだ瞳と交差した。
「お前なら、いいよ」
不安と期待の混ざったそれが一段と愛おしく感じて。僕は目を細めて言うと彼女は花開くような笑顔を見せる。
そして、絡めていた小指に力を込めて頷いた。
「まあ、呪うのは僕の方かもしれないけど」
「!?」
やっと手にしたという事実にらしくないことに心が踊る。
でも、そんなのを見せたくなくて、気づかせたくなくて。いつも通りを取り繕いながら、額にそっと口付ければ、彼女は火山が噴火したかのように顔を真っ赤にさせた。
オンイベワンドロテーマ「指切り」