あなたに会うために

「……――」


 ふわふわの白い髪を靡かせ、柔らかい顔をして笑って私を呼ぶ姿。
 ずっと、ずっと。耳に残ってるあの声。私を呼んでくれる優しい声。
 彼は今もまだ待ってくれているのかしら。


「…………」


 重い瞼をゆっくり開けると目に入るのは白い天井。
 窓からふわっと流れる風に合わせてカーテンが揺れ動いた。
 窓の外に見えたのは青空と一本の桜の木。三つほど、花開いていた。


「……また会えるのね」


 それが嬉しくて自然と綻ぶ。
 どれだけこの時を待ち望んだことか。淡い桃色を目にするのが、あなたに逢える合図。


「…………っ、」


 眠ってから一年。身体は思った通り動いてはくれなくて、起き上がるのは正直辛い。
 でも、早く顔が見たい。一分一秒でも早く。震える腕に力を入れて上半身を何とか起き上がらせると扉が開いた。


「……なまえ、おはよう」
「おはよう、悟くん」


 サングラス越しに見える目は驚いたように目を真ん丸にさせては嬉しそうに目を細める。
 ずっと夢の中でしか見れなかったあの顔がまた見れた。私の記憶の中だけの彼じゃなくて本当の彼に。


「……桜咲いてんのに起きないから焦った」
「ふふ、寝坊しちゃったみたいね」


 ふわりと抱きしめられて鼻腔をくすぐる彼の匂いに胸が温かくなる。
 でも、いつもより起きるのが遅かったみたいで珍しく余裕のない顔をしていたから、思わず笑ってしまった。


「笑ってる場合じゃないでしょ……君と会える時間は少ないんだから」
「ふふ、私が眠るまで一緒にいてね?」


 子供のように拗ねた顔をしてコツンと額を合わせる悟くんが可愛らしい。そんなことを言ったら、余計に拗ねちゃうから言わないけど、愛おしいと感じてしまう。
 彼の頬にそっと触れてお願いした。


「とーぜんでしょ」
「ありがとう」


 サングラスの奥に見える透き通る空のような、宝石のような瞳は何処か悲しげで、寂しげで。それが余計胸をぎゅっと締め付けられた。
 何度も繰り返す私たちに限られた時間を大切にするしかない。
 目を細めて笑えば、そっと唇に触れた。ほのかに甘い味。


「ねぇ、何を食べたの?」
「パフェ」
「ふふ、相変わらず甘いものが好きなのね」
「……」


 1年前に会った時と変わらない姿に嬉しくなる。
 それが恥ずかしいと感じるのか、目を逸らして頭をかく姿もまた好きだと感じた。


「ねえ、悟くん」
「なに?」


 声をかければ、当たり前のように抱きしめて反応してくれる。


「…………今年も……私が目を閉じるまで……最後の最後まで私の瞳にあなたを映させてね」
「もちろん……僕もなまえを目に焼き付ける」


 その優しさが嬉しくて、胸元に擦り寄ってお願いすれば、彼の大きな両手は私の顔を包んで笑う。
 その表情が切なくて苦しい。
 息が出来ないほどに。涙が出そうなほどに。これが恋慕というのかしら。
 ううん、違う……多分、そんな生易しいものじゃない。もしかしたら、狂った愛なのかもしれない。


「ごめんね……桜が散るまでの間しか起きれなくて」


 本当だったら、たくさん傍にいて見ていたい。色んな表情をする彼を。
 でも、一生叶うことはないから。
 私は桜に縛られた呪われ子だから。花開いて散るまでの間しか現実ここにいれない。
 きっと彼を思うなら、私は手放さなきゃいけない。自由にしてあげなきゃいけない。
 だって、その方が楽だもの。同じ時間を生きる人との方が生きやすいもの。
 呪われ子の自分を呪い、涙して言うのは罪悪感からの言葉だった。

 普通の恋人のように出来なくてごめんなさい。呪われ子でごめんなさい。
 あなたを愛してごめんなさい。


「毎回、起きる度にそれから始まるね」


 困ったように笑う彼はやっぱり寂しげに見えた。


「いつでも私のことを――……っ!」


 捨てていいんだからね。
 そう言おうとしたら、その先は言わせては貰えなかった。


「っ、……んん……」


 強引な口付け。酸素が欲しくて口を開ければ、待ってたとばかりに侵入してくる舌は絡め取ってくる。
 1年ぶりの熱にただなされるがままになるしかない。
 抵抗なんてできるわけがない。私自身も求めてたから。


「……それは言わなくていいから」


 全てを食いつくされるような長いキスにクラクラしてくると突然、新鮮な空気が肺を満たした。
 解放された私は肩で息をしながら、艶やかな唇が紡ぐ言葉をぼーっとしたまま、こくりと頷いた。


「今日はまだ体動かせそうにない?」
「うん……全然力が入らないの」


 話題を逸らすように聞いてくる。それも勿論、私の身体を心配して言ってくれてること。
 すぐに動ければ、彼の行きたいところに連れて行ってもらえるのに。
 そんな思いが私を責める。申し訳なくて、眉が下がるのを感じながら、返事をした。


「やっぱ、起きて一日目はダメだね」
「わわ……悟くん?」


 ぎゅっと抱き締めながら、横に倒れるその浮遊感に驚いてしがみ付いた。
 どうしてそんなことをするのかが、分からなくて顔を見上げてみれば、イタズラ笑顔で笑うだけ。


「んー?」
「……私が眠っている間、どんなことがあったのか教えて」


 寝転がった衝撃でサングラスはズレて吸い込まれそうなほど綺麗な碧眼が愛おしそうに私を見つめる。
 それだけで胸がいっぱいになって目頭が熱くなる。
 目を細めて笑えば、目尻からツーッと雫が落ちた。
 泣くつもりなんてなかったのに。いつも、起きてこの顔を見れば、涙が出てしまう。


「そうだなぁ……色んなことがあったよ」


 私の涙を優しく親指で拭って笑う彼は今にも泣きそうだった。
 こんな彼を見た事はない。ううん、知ってる。
 悟くんが高校生だった頃に、一度だけ私に見せた顔だ。


「……そっかぁ………いっぱい頑張ってるんだね」


 あなたを傷つけるのであれば、それ以上は聞きたくないの。
 だから、もう言わなくていい。そう思って顔を胸に埋めるように抱きしめて頭を撫でた。


「ははっ……そういうのはなまえくらいだよ」


私の行動に驚いて笑ってたけど、これ以上ないほど強く抱きしめる腕の強さに彼の辛さが伝わってくる。


「……今日は、一緒に寝てくれる?」


 目の下にはくっきりとクマが出来てた。
 任務が忙しいのかと思ってたけど、多分違う。寝れてないんだ。
 そう思ってたら、自然とその言葉が出ていた。


「………寝かせられないけど?」


 私の意図とは裏腹にいつも通りのふざけているようで本気の言葉が返ってくる。


「も、もう……」
「だって、1年ぶりだよ?」
「…………」


 ストレートな言葉に顔が熱くなるのを感じながら、言葉を詰まらせていると真剣な顔をして聞いてくる。
 まるで、我慢してたと言わんばかりで、戸惑ってしまった。


「いい?」


 先程の顔はどこへやら。先程まで私の胸で大人しくしていたはずの彼は知らぬ間に私を組み敷いていて、欲に満ちた目がじっと覗いてくる。


「……悟くん、ちゃんと寝れてないからダーメ」


 求められる感覚にごくりと喉を上下に動かしては、幼子に叱るように断った。
 でも、彼の表情が物語っていた。断っても無駄だということを。


「大丈夫、大丈夫。なまえと一緒なら寝れるから」


 根拠のない理由を言う唇は首筋に触れれば、熱い吐息にぞくりとした感覚を与えられる。


「………手加減してよ?」


 ベッドに縫い付けられるようにされているからもう勝ち目は何処にもない。
 それに私は彼に弱い。折れるのはいつも私の方。今回もそう。


「努力はする」


 努力するってなによ。する気ないでしょ。
 そう、文句を言う前にまた全てを飲み込まれてしまった。
 きっと、気絶するまで寝れない気がする。
 明日も今日以上に起き上がれるか怪しい。でも、その時はその時だ。いっぱい悟くんを怒ればいい。
 怒った時、彼がどんな表情をするのかも楽しみにしよう。
 
 桜が散るまで色んなあなたを焼き付けよう。そう思って、身を委ねた。


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