帰って来たら
「すごい雨…」
なまえは家の中から横殴りの雨を見て眉を下げてポツリと言葉を零すとピンポーンというインターホンが聞こえてくる。
「こんな時間に…誰だろう」
彼女が時計を見ると既に23時を回っており、この時間帯に訪れてくる者などいない。不思議に思いながらもなまえは玄関へと向かう。
「………!」
なまえは恐る恐るドアスコープを覗くとそこには彼女の見知った人物が玄関の外で佇んでいた。
「降谷さん…!?」
なまえは急いで扉を開けて佇んでいた人物…彼女の恋人である降谷零の名前を驚きながら呼ぶ。
「悪いな…遅い時間に」
「そんなことよりも…!なんでそんなに濡れてるんですか!!早く上がってください!!…もう!こんなに冷たくなって……」
(君の手は…いつも温かいな)
苦しそうに笑いかける降谷は遅い時間に訪れたことを謝罪するがなまえはそれどころじゃなくずぶ濡れになっている降谷に慌てて家へと招き入れるように彼の手を引っ張る。
降谷の手はどれだけ雨に打たれていたのか…相当長い間打たれていたのだと分かるほど冷たくなっており、そんな彼になまえは小言を言った。
小言を言われながらも温かい彼女の手の温もりに降谷はふっと笑う。
◇◇◇
「あ、…あたたまれましたか?」
「ああ…すまない。こんな時間に…しかも、風呂まで借りて……」
慌ててなまえは降谷を風呂場へ押し込んでから大分時間は経った。彼女はソファに座って本を読みながら彼が出てくるのを待っているとリビングの扉が開き、現れた降谷にほっとして声をかける。 彼はなまえから目を逸らして謝罪の言葉を彼女にかけるがどこかよそよそしい。
「そこは"ありがとう"って言ってください。謝って欲しくありません」
「…ありがとう」
なまえは困ったように笑いながら降谷にかけられた言葉に首を横に振って違う言葉で言って欲しいと催促すると彼は苦しそうに笑ってお礼を言って、彼女の隣へ腰を掛けた。
「それに私は降谷さんに会えて嬉しいですから気にしないで下さい」
「っ、……………」
「降谷、さん…??」
なまえはふっと笑って彼が気を使わなくていいとばかりに声を掛けるとその笑顔と言葉に降谷は言葉を詰まらせて自身の太ももに肘をついて俯く。
彼のその反応になまえは戸惑って彼の名を呼んだ。
「…………………なまえ…」
「……はい」
「別れてくれ」
降谷は重々しく口を開いてなまえの名を呼ぶと彼女はその声音の硬さにじっと彼を見つめながら返事をすると降谷から出た一言は静かな部屋の中で響いた。
「…ねぇ、降谷さん」
「……」
「私をフるならちゃんと目を見てフッて下さい…そんなフラレ方嫌です」
なまえはその言葉に目を見開いて驚くがすぐに目を閉じて降谷の名を呼ぶが彼は黙ったまま彼女の声に耳を傾ける。返事のない降谷になまえは困ったように眉を下げては彼に優しく…しかし、芯のある声音ではっきりと思いを告げた。
「言ったら受け入れるのか…?」
「さあ…目を見て言ってくれないと分かりません」
「………」
彼はゆっくりなまえの方を見ることもせずに言葉紡ぐと彼女は優しく微笑みながら言葉を返す。その言葉に降谷は黙って考えていた。
「…別れてくれ」
「………ふふ…はい」
「…どうして、笑うんだ?」
降谷はゆっくり顔を上げてなまえに向き合うと先程吐いた言葉をもう一度彼女に告げるとなまえは彼の顔を見て眉下げて笑って首を縦に振った。降谷は自分の言った言葉に素直に肯定したことよりも彼女が笑ったことが気になったようで彼女に問いかける。
「フラレたの私の方なのに降谷さんの方が傷付いた顔してるから」
「……」
「私ね、降谷さんがいつも忙しい人で…でも、何の仕事をしてるのか分からなかったけど多分、知ってしまったんです」
「…何を?」
なまえは困ったように微笑みながら彼の問いに答えると降谷は眉間に皺を寄せて彼女を見つめる。
なまえはそっと彼の頬に手を添えながら悲しそうに言葉を紡ぐと彼は自身の頬に触れる彼女の手に自身の手を重ねて問い掛けた。
「この間のサミット会場の爆破テロ…でしたっけ…あそこには警察しかいなかったってニュースで見ました」
「………」
「それなのに、貴方が映っ………っん!」
なまえは淡々と彼をじっと見つめながら言葉を紡ぐと彼は少し目を見開いて彼女の手に重ねていた手の力を少し入れる。
彼女はそれに気が付きつつも言葉を続けようとするが降谷が彼女の手を握り、もう片方の手でなまえの後頭部に手を回して口付けたせいで言葉は飲み込まされてしまった。
「……」
「んっ、ふ……んん…」
深く口付けをする降谷になまえは急にされた口付けに戸惑いながらも受け入れる。
「…それ以上は踏み込むな」
「はぁ…っ、………それが貴方の答えなんですね」
「……全く鋭いな」
(貴方は……警察とも名乗れない人…)
降谷はそっと唇を離すと困ったような顔をしながらなまえを制止する言葉を述べるとなまえは肩で息をしながらも彼のその言葉が答えであること悟り、言葉を返す。
彼女から紡がれた言葉に降谷は悲しそうに笑って言葉を返した。
「ねぇ、降谷さん」
「何だ?」
「明日の朝…目が覚めるまでは貴方の恋人でいさせて…」
なまえは眉下げて彼の名前を呼ぶと降谷はじっと見つめて問い掛ける。彼女はぎゅっと抱きしめて小さな声で彼に言葉を掛けた。
「………都合よく捉えるぞ」
「そう…捉えて貰って結構です」
なまえが降谷に抱きつくと彼は抱き締め返して彼女の耳元で囁く。彼の囁く言葉に少し頬を赤めるなまえは恥ずかしそうに彼の服をぎゅっと握って彼の言葉に肯定した。
「言ったな」
「きゃっ…え、お、重いから下ろして…!」
「断る」
恥ずかしがるなまえに降谷はふっと笑って言葉をかけてなまえの膝裏に腕を入れて横抱きをするとまさか横抱き…世にいうお姫様抱っこというものをされると思っていなかった彼女は驚きの声をあげて慌てて降谷に下ろすように言葉をかけるがその言葉はバッサリ切られてしまった。
「……ねぇ、降谷さん」
「今度は何だ」
「今私、26歳なんです」
下ろしてくれない降谷になまえは諦めて彼の首に腕を回して彼に声を掛けると彼はリビングを出て廊下を歩き出す。そして、彼女の声掛けに応答するとなまえは突然歳を公表し始めた。
「知ってる」
「……私が今の誰かさんの歳になるまではその誰かさんを待つことにしました」
「っ!」
降谷は彼女の言葉にちらっとなまえを見ては知ってることを告げると彼女はふわっと笑いかけて降谷にとって予想外の言葉を紡ぐ。
なまえの言葉に驚いて降谷は歩む足をピタリと止めて彼女をじっと見つめた。
「それを過ぎたら他の人を好きになります」
「……」
「早く迎えに来てくれるのを待ってます」
なまえは更に微笑みながらまた未来の話なのに宣言をするように降谷に伝えるが、その言葉の意味を理解したのか降谷は黙ってる。降谷がなまえの言った意図を理解したと思ったのか彼女はにっこり微笑んでプレッシャーを与えるかのような言葉を零すと降谷は止めていた歩みを進ませて寝室へと入った。
「……約束はしないぞ」
「ふふ…私が勝手に"その誰かさん"を待つ…ただそれだけのお話です」
ベッドに辿り着くと降谷はなまえをそっと横たわらせて彼女の上に跨り真面目な顔をして言葉を返すとなまえは微笑み続けながら言葉を誤魔化して彼に言葉を返した。
そして、2人はお互いを求めるように…貪り合うように肌を重ねて愛し合った。
◇◇◇
「ん……」
(もう…何も言わずに行っちゃうんだから……)
翌日…なまえがゆっくり瞼を開けると隣にいるであろう愛し合った降谷の姿はなく体温も感じないシーツが広がっていた。
その事実になまえは困った顔をして誰もいない自分の隣の空間を見つめる。
「……最後に零さんって呼べば良かったかな」
まだ残る体の倦怠感を感じながら彼女はうつ伏せになり、ぽつりと悲しげに言葉を紡ぐ。
「貴方を信じて待ってるから…帰ってきて」
なまえは枕に顔を埋めて静かに涙を流しながら愛しい彼を思い、彼の無事を切実に願うように言葉を零した。