泣きたい時は


「にっ!」
「……何をしているんだ、君は」
「…変なタイミングに現れないで下さい…降谷さん」
 
 鏡を見ながら突然声を発しては頬に手を添えて無理やり笑う女性。たまたまその姿を見かけた降谷は眉間に皺を寄せる。そして、彼女に呆れたように突っ込みを入れると彼女は気まずそうな表情を見せて自身の後ろに立つ上司である降谷に一言文句を言った。

「急に変な言葉を発して無理やり笑う君を見たら突っ込まざるおえないだろう」
「笑う門には福来る、です」
「それで無理矢理笑うのか?」

 降谷は腕を組み壁に寄り掛かりながら彼女の発した言葉に言葉を返す。女性は鏡越しに彼をちらっと見ると、すぐさま下を向いた。彼女は無理矢理笑う理由を言葉にする。その言葉が予想外だったのだろう。降谷はキョトンとした顔をして彼女に問い掛けた。

「笑っていればきっといい事が起きるおまじないですよ」
「はぁ……君は強いな」

 眉下げて悲しそうな表情を浮かべ、降谷の方を振り返る。心配させない為か、ぎこちない笑みを浮かべている。そんな彼女に降谷は深いため息を零すと寄り掛かっていた壁から離れて彼女へ近付いた。

「降谷さん?」
「泣きたくなったら胸くらい貸してやる」

 近付いてくる降谷に疑問を持った彼女は首を傾げ、彼の名を呼ぶ。彼は彼女の頭を優しく撫でながら言葉を掛けた。

「……泣きたくありません」
「泣きたそうな顔をしているぞ」
「してません」

 彼女は降谷の言葉に目を見開く。誤魔化すように目を逸らし、否定すると彼は頭を撫でたまま彼女の顔を覗き込んだ。彼女は彼の言葉を否定し続ける。しかし、頭を撫でられて気が緩んだのだろう。彼女の目の縁には少し涙が滲んでいる様子から我慢していることが伺えた。

「全く……強情だな、君は」
「………今は、職務中です」
「誰も見てないさ」

 泣きたいのに泣かないよう我慢している彼女。その姿に降谷はため息をつき、人の目の死角になる隅へ彼女を引っ張り連れ出す。そして、腕の中へと抱き締めた。
 彼女は彼の突然の行動に身体を強ばらせる。彼の腕の中から出たいと言うように相手の胸板を押すが、彼の抱き締める腕の力は増すばかりだった。

「……ごめんなさい、零さん」
「ああ……」
「今だけ、5分だけ……胸借ります」

 彼女は眉下げて小さく降谷に謝罪の言葉を口にすると、彼の背に手を回して抱き締め返す。やっと素直に甘える彼女に彼は目を閉じてふっと笑みを零した。彼女の謝罪の言葉を受け入れるその声音はなんとも暖かいものでだ。彼女は彼の背広を弱々しく握っては静かに涙を流す。

(……まだ死を目の当たりにするのは慣れないようだな………こちら側にい続けるには君は優しすぎる……やはり、異動をした方が……)
「っ、……零さん」

 涙を堪えていた彼女は段々と肩を震わせながら、静かに涙を流していた。その様に降谷は眉下げ、彼女の心情を悟るように見守りながら彼女の背を擦る。公安警察は表舞台に上がらない、上がってはならない。
 常に影に徹していなければならない。勿論仕事内容によっては普通の警察よりも命を掛けなければならない。そんな環境下にいる彼女を思ってか、別の選択をした方が良いのではないかと考え始めている。そんな降谷に彼女は小さな声ではっきりと彼の名前を呼んだ。

「……何だ?」
「私、まだまだ強くなります……だから、異動とか言わないで下さいね」
「……」

 彼女の呟きのような声に降谷はハッとして問い掛ける。俯いていた彼女の顔は降谷の方へ向けられており、彼女はじっと降谷の目を見つめながら彼女の意志を告げた。降谷は考えが見透かされていたことに驚いたのだろう。考えていたことを彼女に言われて目を見開く。

「私、零さんを支えられるくらい強くなりますから…!!」
(……人の死が怖くて、泣き虫で、強情で……)
「ああ、期待してる」

 彼女は目の縁に涙を溜めながら、必死に降谷に訴える。その姿は彼にとっては何ともいじらしく、愛らしい。彼は眉下げて困った顔をしながら、彼女の頬に手を添えた。そして、降谷は彼女が今1番望んでいるであろう言葉を紡ぐ。

「っ、…はいっ!」
(本当は甘やかしたいけれど、それをさせてくれない君だから見守るしか選択肢は与えてくれないんだな)

 彼女は彼の言葉に目を見開いては嬉しそうに返事をした。その姿を見た降谷は複雑そうな表情を見せながら、彼女目の縁の涙を親指で拭う。

「……今日は早く上がるぞ」
「えっ…降谷さんが上がれるなんて奇跡みたいなことあります?」

 甘えるというあまり選択肢がない。そんな彼女に降谷は自分に言い聞かせるように言葉を紡いだ。その言葉に彼女は驚きながらも彼に問掛ける。彼ほど忙しい人間はいないと知っているから出る言葉なのだろう。

「今日はとことん甘えさせてやるから覚悟しとけよ」
「…………………、………あ、なっ、……えっ!?」

 降谷は彼女の耳に唇を寄せて小声で耳元で囁いた。その言葉の意味を理解するのに時間が掛かったのだろう。彼女はキョトンとした顔をして、首を傾げている。次第に意図を理解するとピシリと固まった。段々と顔を赤くさせて言葉に詰まらせる。驚きの声を上げた。

「しー……さっさと戻るぞ」
「え、あ、………はいっ!!」

 彼女の照れた表情に満足したのだろう。降谷は悪戯笑みを浮かべて自身の口元に人差し指を指し、静かにとばかりに合図をすると話を切り変える。彼に振り回されていたが彼女もまた気持ちを切り替えて彼に元気よく返事をしたのだった。

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