大事なことほど
※組織壊滅後のお話です。※フォロワーさんのお誕生日お祝いに書かせて頂きました。
※ぷらいべったーや支部にも掲載しております。
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「寒くなったなぁ…ただいまーって、誰も……え」
白い息を吐きながら空を見上げて冬が近付いて来ている時の流れの早さに関心するように呟く。カバンの中から鍵を取り出し、鍵穴に差し込み回す。鍵がガチャと言う音を聞くと鍵を引き抜き、ドアノブに手を掛けて女性は部屋の中へと入りつつ、言葉を口にした。
彼女は恐らく一人暮らしなのだろう。誰もいないと思っていたのにも関わらず、玄関に男物の靴が丁寧に置かれていることに目を見開く。
(もしかしてもしかして…)
彼女は靴を脱ぎ、リビングへと続く廊下を歩き始めた。先程の靴に見覚えがあるのだろう。頬を綻ばせていた。
「おかえり」
「た、ただいま…」
リビングに繋がるドアを開けるとそこにはエプロン姿の男性の姿があった。彼はドアの開く音が聞こえるとそちらの方へ顔を向けて言葉を紡ぐ。まさか本当にいると思っていなかったのか彼女は言葉をどもらせながら彼に言葉を返した。
「どうした?」
「…零さんがエプロンしてキッチンにいる」
「料理してるからな」
言葉をどもらせる彼女に不思議そうに男性は問い掛ける。彼女は呆然としながら調理をしている男性を見ながらまるで実況の真似事のように彼の行動を口にした。彼…降谷零は淡々と調理を続けながら彼女の言葉を肯定する。
「まだ20時前なのに零さんが私の家にいる…」
「今日は早く終わったからな」
彼女は掛け時計をふっと見て時間を確かめるとまた降谷を見つめてぽつりと言葉を零した。彼もまた彼女の方を見ては深く息を吐き、簡単に言葉を返す。
「え、台風来るの?」
「来るわけないだろ、時期外れだ」
彼女の中で彼が早く家にいることが理解できないのだろう。思わず真剣な顔をしてスマホを出し、天気予報を調べようとする。しかし、彼女が調べ終わる前に降谷は調理をし続けながら彼女の言葉を否定した。
「え、じゃ…雪?」
「天気予報を見ていないのか、今週は快晴だ」
彼女は彼に否定されると眉間に皺を寄せて別のワードを口にする。そして、否定されたことにより止めていた手元を動かし、天気予報を調べた。しかし、それも調べ終わる前に降谷に否定されてしまう。
彼女はむっとした顔をして今週の天気予報のページまで進んでしまったからには見ようと思ったのだろう。天気予報を見ると彼の言った通り、1週間の天気は快晴だった。彼女は思わず本当だと小さく言葉を零した。
「あ、分かった!地震だ!」
「……君は少しは喜んだりしないのか」
女性は他の可能性がないか悩んだ挙句、とんでもない事を口にする。これには流石の降谷も深い溜息を付いて彼女に言葉を言い放った。
「だって、零さんの早上がりとか怖いでしょ」
「僕だってそういう時はあるさ」
しかし、彼女の中で降谷の言い分はそういう問題ではないらしい。じーっと彼を見つめる彼女に降谷は眉を下げて笑った。
「ふーん…ねね、今日ご飯何〜?」
「今日は見ての通り、鍋だ」
彼の目の前には土鍋がコンロの上に置かれており、火にかかっている。彼女はそれを分かっておきながら、上着を脱いでクローゼットにしまいながら降谷に何を作っているのか問いかけた。彼は彼女の問いかけに答えながら鍋に蓋をする。
「やったー」
「全く…君も公安の人間なんだから人に出されたものを口にしないようにしろ」
今日の気温は都会にしてはかなり低い。身を縮こまらせて帰ってきた彼女にとって至福の食事に感じたのだろう。嬉しそうに笑いながら言葉を零すが、彼女のその態度が心配になったのか降谷は呆れたように溜息を付くと彼にしては軽い口調で注意をした。
「零さんを心から信頼してるあ・か・し」
「…全く調子いいな」
彼女は彼の忠告をあまり気にしないような口ぶりで言葉を返すと降谷は半目にさせて納得いかないと顔にも出しながら言葉を零す。
「そりゃそーよ。何せ…あの組織が壊滅したんだもの」
「やっと処理も終えたが…、明日休んだらまた新しい任務が入るぞ」
「少しは感傷に浸らせて欲しいものねぇ」
彼女は彼のいるキッチンに足を運ぶと冷蔵庫を開けて缶ビールを取り出しながら言葉を紡ぐ。そう、彼らが長年追っていた黒ずくめの組織は数ヶ月前に壊滅したのだった。彼女はその事を口にしては缶ビールを開けてごくごくと喉を潤す。
二人の会話からは組織が壊滅してからこの数ヶ月後片付けに勤しんでいた事が伺える。しかし、この国の人間達は善悪関係なく毎日を生きている。新たに追わなければ行けない任務が山ほどあるに違いない。
降谷の一言に彼女は脱力するように冷蔵庫に寄りかかり、愚痴を零していた。
「次はどちらに行くの?」
「……言うわけないだろ」
「だよねぇ」
缶ビールをじっと見つめていた彼女はふと降谷に目をやると何気ない問いかけをする。彼女の問いかけと同じタイミングで彼はコンロの日を止めた。ちらっと彼女を横目で見ては読めない表情で言葉を返すと彼女はへらっと笑って彼の帰ってきた言葉に納得する。
「私は暫くデスクワークですって」
「まあ、その方がいいんじゃないか」
彼女はビールを口にすると聞かれた訳でもないのに勝手に今後の自分の動きを口にした。彼は彼女の方へ振り返ってふっと笑いながら言葉を返す。
「…体動かさないと鈍りそう」
「そういう事なら協力を惜しまないが?」
「…………零さんとトレーニングとか私が持ちそうにありませんので遠慮します」
彼女は缶ピールに目を落とすと真面目な顔をしてぽつりと言葉を零しだ。彼はその言葉を聞き逃すことなく企んでいるようにも見える笑みを彼女に向けて言葉を言い放つ。彼女はその言葉に顔を上げて真顔で丁寧に断りの言葉を述べた。
「そっちじゃなくて夜のほ……」
「もっと遠慮します」
彼は彼女の断りの言葉を無視して、彼女の理解と違う方だという訂正しようとばかりに言葉を返そうとする。
しかし、彼女は彼の言葉を食い気味に先ほどより強い口調で断りの言葉を紡いだ。
「………君に一つ相談があるんだが…」
「先程の話はお断りしましたけど」
「そうじゃない」
降谷は腕を組みながら先程と話の内容を変えるような口振りをするが、彼女はそれに気が付かずにぶっきらぼうに言葉を返す。彼女の言葉に彼は眉を下げて苦笑した。
「何ですか?おとり捜査の手伝いとかですか?」
「何でそうなるんだ」
彼の反応に彼女は眉を潜めて首を傾げながら不思議そうに降谷に問いかける。しかし、彼が思い描いている言葉とかけ離れていたのか目を閉じて深い溜息を付いて言葉を返した。
「零さんの相談って大体そうでしょ」
「……否定出来ないが、違う」
彼の深い溜息に彼女は何か問題でもあるかとばかりに言葉を返して缶ビールに口を付ける。
事実彼女の言っている通りなのか降谷は歯切れ悪く言葉を返した。
「じゃ、何ですか?」
「…っ、…君の苗字を捨ててくれないか?」
彼女は歯切れ悪く彼にずいっと顔を近づけて問い掛けると降谷は問い詰めるが如く顔を近付けてくる彼女に息を飲む。そして、少し間を置いてから彼が言い出したかった言葉を紡いだ。
「……は?捨てる?」
「…………ああ、捨ててくれないか?」
しかし、彼女にとって意味の分からない相談に眉間に皺を寄せて首を傾げる。彼は至って真面目な顔をしてもう一度同じ問いかけをした。
「……私の苗字はどうなるんです」
「…………いや、つまり…」
彼女は彼の問い掛けに答えることなく、降谷と同じくらい真剣な顔をして疑問をぶつける。降谷は自身の発言に全く理解を示さない彼女に戸惑ったのだろう。彼は言葉に詰まり、どもった。
「分かったぁ!」
「っ!」
彼女は自分なりに考えを導き出したのだろう。明るい表情を見せて彼の意図を理解したとばかりに声を上げる。
降谷は彼女がやっと自分の意図を理解したのだと思ったのか嬉しそうな何処か不安そうな目を向けた。
「回りくどいなぁ…零さんってば!今度の潜入は夫婦役なんですね!」
「……。」
彼女はバシバシと降谷の肩を叩きながら言葉を紡ぐがそれは彼の意図とは掛け離れているのだろう。彼女のその言葉を聞いた降谷は少し明るくしていたはずの表情を曇らせ、言葉を失う。
「あ、あれ…でも、私はデスクワークなのに何で………って、零さん?」
「ああ…回りくて悪かったな」
「零さん……?」
しかし、彼女は自分自身で導き出した答えに矛盾に気が付き、不思議そうに首を傾げた。そして、降谷を見上げると表情を曇らせていることに気がついては彼に声をかける。彼は自身の髪をくしゃと掻くとぼそっと小さな声で呟いた。
降谷の様子がおかしい事に気が付いた彼女は眉を下げて彼の名をもう一度呼ぶ。
「……僕の苗字を貰ってくれないか?」
「いいですよ、夫婦役なんですよね?」
降谷は先程とは違う問いかけを彼女にする。彼女はあっさり承諾するが彼の意図をまだ理解出来ていないようだ。首を傾げてその理由を問いかけた。
「そうじゃなくて…"降谷"の苗字を貰ってくれないか?」
「……"安室"じゃなくて?」
「ああ、そうだ」
降谷は遠回しでは全く伝わらない彼女に目を閉じて深い溜息を付くとまた違う言葉で何とか伝えようとする。彼女は彼の問い掛けに違和感を感じたのだろう。少し間を開けて苗字を間違えてないだろうかとばかりに問いかけた。降谷は彼女の言葉に真剣に肯定する。
「………。」
彼女は"安室"ではなく"降谷"の苗字をという彼の言葉が信じられないのか目を見開いてただ黙って缶ビールの持っていない左手で彼の頬をそっと撫でた。
「にゃにふぉふるんひゃ(何をするんだ)」
「夢かと思って……」
彼女の行動はそれで収まることはなく、彼の頬を軽く引っ張った。彼女がそんな鼓動に出ると思っていなかった降谷は眉間に皺を寄せて文句を口にするが、頬を引っ張られていて上手く言葉に出来ていない。しかし、その言葉は彼女には伝わっているようで彼女は呆然としながらぼそっと言葉を零すと彼の頬を引っ張っていた手を離す。
「普通は自分の頬を抓るだろう…」
「痛いのは嫌だもん…っ、」
降谷は呆れたように彼女を見つめて言葉を返した。彼女は缶ビールを流し台の近くに置きながら言葉を返すと彼は彼女の唇に口付けを落とす。
「……これでも信じないか?」
「リアルな…夢?」
降谷はそっと唇を話すと彼女の頬に手を添えて優しく問い掛けるが、彼女はいまだにこの状況が信じられないようで現実逃避とでも取れる言葉を零した。
「ほぉ…それならベッドに今すぐ行って目覚めて貰おうか」
降谷は遠回しではあるが言葉と直接的な行動を彼女にしたにも関わらず信じる素振りを見せない彼女に妖艶に微笑みを向ける。そして、彼女の頬から顎へと触れていた手を移動させて野性的な目を向けた。
「っ、痛い!現実だって理解しましたからそれだけは止めて下さいっ!!」
身の危機を感じた彼女はすぐさま自身の頬を思い切り引っ張り、涙目になりながら必死に次に彼がやりそうな行動を阻止しようと言葉を紡ぐ。
「はぁ…君の答え?」
「……私で、いいの?」
「君じゃなきゃダメだ」
涙目で必死に訴える彼女を見た降谷はその気も失せたのか深い溜息をしては話を戻し、彼女の答えを催促した。彼女は不安げな目をしながら彼に問い掛けると彼は力強く彼女の問いに答える。
「私に貴方の苗字を…下さい」
彼女は嬉しそうに微笑みながら彼が待ち望む言葉を口にすると彼もまた嬉しそうに微笑み、彼女へ優しく口付けた。