私に心をくれますか?


※医者パロディ

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 とある病棟の個室。暖かな陽の光が窓から差し込み、また窓を開けているからだろう。穏やかな風がカーテンを靡かせている。
 女性はベッドの上で上半身を起こしては目の前にあるオーバーテーブルに向かってペンを左手に持ち、日記のような厚い本に書き込んでいるようだ。
 
 
――トクントクン
 人は皆、お母さんのお腹の中にいる時から小さく力強く血液を体に回すために心臓と言うポンプを動かしている。
 生まれ出ると大きな声で赤ん坊は主張するんだ。
私は生まれた、と。
 
 でも、私のように生まれたけれど…不良品の心臓を持って生まれてきてしまった子もいる。

 
 彼女は何行か書き終えると一区切り付いたのか顔を上げてふぅと息を吐く。先程書いた文字を指でなぞる様に読み直す女性は何処が悲しげに微笑んでいた。

「痛たた…すぅ………ふっ、………っ、…」
 
 彼女は苦虫を噛み潰したよう顔を歪めて自身の胸を押さえながら痛みに耐えているようだ。ナースコールをしない辺り、まだ耐えられるものなのだろうか…必死に深呼吸しようとしている。
 
「はぁ……」
 
 女性は背中からベッドに倒れ込むと吸い込んでいた息を吐き出した。どこか溜め息じみているようにも見えるが、どうやら少しは痛みが落ち着いたようだ。
 
「………どうぞ」

 コンコンと言うノックの音が聞こえると彼女は気だるそうにドアの向こうにいる人物に声を掛ける。 
 
「――さん、少し様子を見に来ました。体調はどうですか?」
「……降谷先生。さあ…どうでしょうか」
 
 ガラガラとドアを開けるとミルクティ色の髪と日本人にしては濃い色の肌を持つ男性…降谷零は聴診器を首に掛け、白衣を着て現れた。彼はベッドで寝ている女性に向かって問い掛けるが、彼女はその問い掛けに表情の色を見せずに曖昧な言葉を返す。
 
「……経過を見ると悪くなってはいないが、何かあれば言って欲しい」
「分かってます」
 
 降谷はカルテを見ながら彼女に言葉を掛けるが、彼女は力なく笑った。
 
「ねぇ、先生?」
「ん?」

 彼女は窓の外に目を向けながら降谷に声を掛けると彼はカルテから目を離し、彼女の方を見て返事をする。
 
「人の心臓は一生掛けて15〜20億回動くんですよね」
「詳しいな…そうだ」

 彼女は自身の胸の服を強く握っては空を見上げ、言葉を紡ぐ。降谷は少し目を見開いて眉を下げて彼女の言葉を肯定した。
  
「私の心臓はあとどれくらい動きますか…?」
「…君と同じ血液型のドナーが見つかる。君自身がそう信じるんだ」
 
 彼女は首を動かし、顔を彼のいる方へ向ける。降谷を見る瞳は揺れており、何処か不安げな目をしている。無理もないだろう。発作が起きればドクドクと心臓は金を鳴らし、息をすることも難しくなる恐怖を彼女は知っているのだから。
 降谷は彼女が不安に思っていることも理解し、安心させるように力強く彼女の問いかけに答える。そして、勇気づける言葉を紡いだ。
 
「先生…」
「ん?」
 
 彼女はその言葉を聞いても表情を帰ることもせず、彼のことを呼ぶと降谷は優しく彼女の呼びかけに応答した。
 
「……恋、してみたい」
「え……?」
 
 彼女は自身の手のひらをじっと見つめて唐突の言葉を紡ぎ始める。彼女の発言が予想外だったのか降谷は目を見開いて首を傾げた。
 
「ずーっと、この鳥籠から出ることなく過ごして来たから知らないの」
「治ったら出来るさ」
 
 両手を自身の膝に落としては深い溜息を付いて彼女はさっぱりした物言いをしながら言葉を紡ぎ続ける。彼は彼女の言葉に眉を下げて笑いながら彼女のやってみたいことを実現出来ると言葉を返した。
 
「ううん、今知りたいの」
「………」
 
 彼女は首を横に振っては意を決したように彼の目をじっと見ては短く力強く言葉を相手に掛ける。彼は彼女の真剣な目に思わず困った顔をして黙り込んだ。
 
「ねぇ、先生。教えて…」
「……」
 
 彼女は彼が困っていることが分かったのだろう。柔らかく微笑んでは単刀直入にまるで教科の問題でわからない所を教師に聞くがごとく彼女は言い放った。降谷は彼女の言っている意味が理解出来ても何故か即答で断ることが出来ないでいた。
 
 
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