If-癒してくれる人だったら-

「ふぁー!!つっかれたぁ!!」

 仕事が終わり、なまえはリビングに置いてあるソファに思い切り倒れると腹の底から息を吐いて大きな独り言を吐く。

 恐らく全国老若男女問わず1日1回は口にする言葉だろう。


「もー、目を疲れたし、座りっぱなしでむくむわ、肩凝るわ…動く気しない……」


 彼女はソファにうつ伏せになって足をパタパタと空気を泳がせながら、誰も聞いていないだろう言葉を呟くがもはや愚痴に等しかった。


(…降谷さんと全然会ってないな……もう2ヶ月くらいかな)


 ふっと目に入った壁に掛けられているカレンダーを見て彼女の恋人である降谷零に最後に会った日を思い出したのか眉をひそめながら心の中で言葉を零す。


「分かってるけど、やっぱり会いたいよ……」


 なまえは余程疲れが溜まっていたのだろう。かのじは降谷のことを考えながらそのまま夢の世界へと旅立ってしまった。



◇◇◇



「――い」
(んー…ん?声?)
「――おい、なまえ」


 なまえが夢の世界へ旅立って1時間経つか経たないかの頃に彼女の耳にはうっすら男性の声が入ってくる。

 なまえは眉間に皺を寄せて夢うつつの中、回らない思考回路を回して疑問に思っていると次に聞こえた声は先程よりもはっきりと彼女の耳に入る。

 男性の声は、なまえを呼んでいるようだ。


(安心する声…降谷さんの声…)
「――なまえ、起きろ」


 はっきり聞こえた声はどうやら彼女が恋しがっていた恋人…降谷の声だったようでなまえは安心したのか皺を寄せていた眉間を緩ませてが肩の力を抜く。

 しかし、彼女を呼ぶ声は更に彼女を起こそうと肩に触れた。


(会いたすぎて降谷さんの声が聞こえる…夢かぁ…いい夢ぇ)
「おい、なまえ。起きろ、風邪引くぞ」


 なまえは現実で中々会えない恋人に夢で会えて頬を緩ませているが彼女を揺さぶる降谷は彼女のみを案じて起きるように声を掛けていたが、彼女はまるで起きる気配はない。


(夢の中でも心配性なんだなぁ…)
「……はぁ…起きないと犯すぞ」
「っ!?!?」


 心配してくれる夢の中の恋人に嬉しそうに笑っていると降谷は深いため息を付く。
 彼はソファの背もたれに手をかけていつもより低い声音で彼女の耳元でとんでもない言葉を発するとその言葉になまえは目をパチッと開ける。

 彼女は耳にかかる吐息の生暖かさに現実に戻ると声にならない声を上げながら耳を抑えて起き上がった。


「やっと起きたな…」
「ふぇ!?え!ほ、本物!?」
「……まだ寝惚けてるのか?」


 降谷は起き上がった彼女を見て呆れたように言葉を発しながら腰に手を当てると今だ現実についていけていないなまえは1人で混乱している。

 その姿に降谷はまた深いため息をついて彼女に問い掛けた。


「な、なんで……」
「それはこっちの台詞だ。久し振りに来てみたら鍵がかかってない上に無防備に眠ってるなんてな?」
「あ、あれ…疲れすぎて鍵閉め忘れちゃった……」


 彼の問い掛けには答えずになまえはなぜここに居るのかを問おうとするが降谷は黒い笑みを浮かべて無防備な彼女を遠回しで怒っていた。

 それに気が付いたなまえは口角を引き攣らせながら目を泳がせて言い訳をする。


「全く…」
「ご、ごめんな……」


 降谷は隙のある恋人に眉間に皺を寄せて小言を言おうとするが、なまえはそれを察したのかすぐさま謝罪をしたがそれは別の音により遮られた。

 その正体はギュルルルルルと壮大な音…お腹の音が部屋中鳴り響いたからだった。


「「………」」


 音の正体はお互い理解しており、タイミングの良さに降谷はきょとんとした顔をしてなまえじっと見ると彼女はタイミングの悪さに顔を青くして黙り込む。


(は、恥ずかしっ!!)
「ぷっ…くくくく……」
「うぅ…」


 そして、羞恥が込み上げてきたのかなまえはだんだん顔を赤く染めながら自分のお腹に手を当てる。

 彼女の表情の豊かさに降谷は思わず口元に手を当てながら笑うと彼の笑い声になまえはしゅんと項垂れて縮こまっていた。


「作ってやるから風呂入ってこい」
「え!?そ、そんな悪いです!!」
「それとも一緒に入るか?」


 笑い続ける降谷は一呼吸置いてなまえに笑いながら料理の提供をするとキッチンに向かうとなまえは彼にそんなことさせられないと思ったのか両手を目の前で振りながら断ろうとする。

 降谷は彼女の言葉に顔だけ振り返ってまた彼女にとっては衝撃的な言葉を発した。


「お言葉に甘えさせてもらって入ってきます!」
「くすくす…分かりやすいな」


 顔を赤くさせてむっとした顔をしながらなまえは彼の問いかけに即答でお断りしてソファから立ち上がって風呂場へと駆け込むとその姿を見た降谷はくすくすと笑いながら彼女の背を優しい目で見ていた。



◇◇◇



「…上がりました」
「丁度いい、今出来たところだ」
「うわぁ…美味しそう!」


 風呂場から上がったなまえは熱た顔をしながらリビングへ戻ってくると降谷に一言声を掛ける。

 降谷は丁度夕食を作り終えたのか机に皿を置いており、彼女の存在に気が付くとそちらに顔を向けて笑みを浮かべるとなまえは目を輝かせて嬉々とした声を上げた。


「落ち着いて食べろよ…それから悪いがシャワー借りるぞ」
「はーいって、降谷さん今日は泊まるんですか?」
「ダメだったか?」


 目を輝かせている彼女を見て降谷はまたふっと笑って忠告するとリビングのドアをカチャと開けながらなまえに声をかけると彼女は返事をしたが疑問に思ったことがあったのか彼に問い掛ける。

 彼女の問いかけに降谷は答えるより問いかけを返したがその問いかけは肯定と取れる問いかけだった。


「いえ…嬉しいだけです」
「っ、…そうか」
(あ、照れてる…可愛い)


 なまえは首を振って彼の問い掛けに答えるとふわっと笑いながら嬉しそうに言葉を掛ける。

 彼女の言葉と笑みが嬉しかったのか降谷は言葉に詰まっては少し頬を赤く染めていた。

 隠せたつもりの降谷だったがほんの少し赤い頬になまえは彼が照れていることを理解してクスッと笑うと降谷は風呂場へと向かった。


「頂きますっ……んー…!!やっぱり降谷さんのご飯は美味しい…!!」


 彼の背中を見送ったなまえは手を合わせて食事にお辞儀すると具たくさんのペペロンチーノに手をつける。

 1口口に入れて咀嚼すると自身の頬に手を当てて幸せそうな顔をして降谷の作った食事を賞賛した。


(今日は降谷さんが会いに来てくれて、起こされて、お風呂入ってる間にご飯作って貰って…仕事で疲れてたけどなんか疲れ飛んだなぁ…)


 なまえはフォークをくるくる回して一口サイズに取ると口の中に入れては今日家に帰ってきてからの流れを思い出しては幸せに浸っていた。



(でも、完全に女子力負けてる気がする…)


 またフォークくるくる回して一口サイズに取り終えると彼女の手はピタリと止まり、自分自身の女子力と降谷の女子力を比べてしゅんとした顔をした。


(大体なんであんなに何でも出来るの…)


 なんでも出来る自身の彼氏にため息をついてはパスタを口に入れる。


(天才肌なのかな……過信家な部分もあるのよね)


 降谷のことを考えながら首を傾げて咀嚼しているが、次の瞬間、眉間に皺を寄せてむっとした顔をしながら咀嚼を続けた。


(それよりも何よりもなんで私の彼氏なんだろう…恐れ多い……)
「……くくく」


 なまえはパスタを見ながら、完璧彼氏に疑問を抱いてしゅんとなっていると彼女の目の前から笑いを堪えるが堪えきれてない声が聞こえた。


「…ふぇ、え、ちょ、降谷さんもう戻ってたんですか!?声掛けて下さいよ!!」
「声掛けたが…ふっ、聞こえていなかったようだから…黙々と食べながら百面相していたなまえを観察してた……くくっ…」
「〜〜〜!!!」


 我慢しきれていない笑い声に気が付いたなまえは目の前を見るテーブルに肘ついて顔を隠くした降谷がいた。

 なまえは驚く早さで上がってきたことに目を見開くとむっとした顔をしながら降谷に声を掛けると彼はツボに入ったのか笑いを押し殺しながら言葉を返すが、押し殺すことは出来ず、笑いが漏れていた。

 なまえはまさか自分がそんなに百面相をしていると思ってもいなかったのか羞恥で顔を真っ赤にさせて言葉にならない声を上げていた。



◇◇◇



「…機嫌直してくれ」
「むー…あんなに笑うから」
「仕方ないだろ、可愛かったんだから」
「か、可愛っ…!?」


 降谷は眉下げてなまえに言葉を掛けると彼女はまだ食事の時に笑われた件を気にしていたようでソファの上で体育座りをながら頬を膨らまして拗ねていた。

 降谷は彼女の隣に腰を掛けて困ったように笑いながら笑っていた理由を述べるとなまえはその言葉に頬を赤く染めて驚きの声を上げる。


「ほらな」
「……降谷さん」
「何だ?」


 降谷は頬を真っ赤に染める彼女を見てふっと微笑んでは彼女の頬をそっと撫でる。大人しく撫でられていたなまえは彼をじっと見ながら彼の名前を呼ぶと彼は柔らかい笑みを彼女に向けた。


「両手広げて下さい」
「…こうか?……!」
「いつも来ると私の世話焼かせてすみません」


 なまえは唐突なお願いを降谷にするが彼は不思議に思いながらも彼女の言う通り両手を広げるとなまえは彼の胸に飛び込んだ。

 突然飛び込んできた彼女に目を見開いて驚く降谷だが彼の驚きはいざしらずの彼女は彼の背中に手を回して胸に擦り寄りながら彼に言葉を掛ける。


「やりたくてやってるから気にするな」
「……いつも、疲れてる中来てくれてるのに…」
「なまえに会えば疲れが取れるから来てるんだ」


 なまえの言葉に目をぱちくりさせた降谷だが、次第に優しい目を彼女に向けて頭をポンポンと撫でる。

 その言葉になまえは上目遣いになりながら降谷を眉下げて見ながら言葉を零すと彼は自身の額を彼女の額にコツンと合わせて言葉を返した。


(その言い方はずるい…)
「……」
「どうかしたか……っ!」


 彼に言われた言葉になまえは納得いかなさそうに彼をじっと見つめている。

 彼はくすっと笑って彼女に問い掛けようとするなまえは突然彼の首に腕を回してそっと口付けた為に降谷は驚きで目を見開き、言葉に詰まった。


「……お礼です」
「…足りないんだが」
「へ?」


 なかなか自分からしないなまえにとってはハードルの高いお礼だったのだろう。
 自分でしておきながら顔を真っ赤にさせて目を背けると降谷は口角を上げて彼女に顔を近づけながら言葉を返す。

 彼の口から出てくる言葉が予想外だったのかなまえは素っ頓狂な声を上げた。


「もっと…なまえからのキスが欲しい」
「っ!!……ん」
「んん…」
「ふっ、……んん」


 意図してか降谷は熱っぽい目をなまえに向けて懇願するのでなまえは息を飲んで驚くと戸惑いながらそっと彼の唇に口付ける。

 そっと触れるような口付けから啄むようになり、だんだん深く甘い口づけとなって行く。


「はぁ…っ、」
「っふぁ…」


 長い口付けの中、呼吸をするために互いに唇を離すとなまえの潤んだ瞳を見て降谷は言葉を詰まらせる。
 なまえは息苦しいさから頬を赤くさせて浅い呼吸をしていた。


「……」
「きゃ!!え、降谷さん…?」


 そんな彼女を見ていた降谷は突然無言で彼女を横抱きして立ち上がるとなまえは驚きの声を上げて彼の名前を呼ぶ。


「更に足りなくなった」
「へ…ちょ、きょ、今日は……」


 彼はスタスタと歩いてベッドのある寝室へ向かいながら彼女に言葉を返すとなまえは頬を引きつかせて言葉を濁すが彼の歩みは止まらずに寝室へと辿り着く。


「僕もなまえに癒されたい」
「え、で、でも…もう夜も遅いし……んん!」
「……僕に愛されてくれ」


 降谷はベッドの上になまえを仰向けで寝かせると彼女の上に跨り、なまえに言葉を紡ぐ。
 諦めて欲しいとばかりに理由を述べていたなまえだが彼に唇を塞がれてしまって言葉を飲み込まれてしまった。

 そっと唇を離すと降谷は愛しそうになまえを見つめながら頬を撫でて彼女に言葉をかけた。


(本当にずるい人…断れないじゃない)
「…加減して下さいね?」
「約束出来ない」
「ええ!?」


 愛しそうに見つめられたなまえは返す言葉が見つからずに彼の愛を受け止めることを決めるが、降谷に一応とばかりに予防線を張る。

 しかし、その言葉は虚しく降谷から即答で否の回答を貰ってしまったなまえは驚きの声を上げた。

 美味しく頂かれたなまえは案の定、翌日は動けることは無かった。

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