憧れと願い
揺るがないその背中が好きだった。追いかけても追いかけても決して追いつけないその背中に憧れて。
どうしようもなかった。
でも、いつも大きくて安心出来る背中が小さく見えた時があった。
夏油君が呪詛師になった頃だった。
何を考えて、何を思って過ごしていたのか。分からない。
それでも、彼の心が救われる日が来ることを切実に願った。
◇◇◇
青々とした空を悠々と泳ぐ雲。
緑の葉は春先よりも大きく、つややかになり、日の光に反射してまた違う顔を見せる。
二人の男女は生徒たちの授業を遠くから見守りながら、木陰で休んでいた。
「ねえ、五条くん」
「んー?」
自分の頭より二つ分、上にあるだろう男。
目立つ綺麗な白髪と黒い目隠しが印象的な彼に話しかけるが、聞く気があるのか、ないのか。それはわからないが、曖昧な返事をした。
「五条くんの背中っていつも大きいね」
「そりゃ、男だからね」
唐突に声をかけていう言葉はあまりにも突拍子もない。
別に今、彼女は五条の背中を見ているわけでもなく、ただ彼と同じ視線の先を見ているのだから、余計際立った。
それでも、五条は七で笑ってありきたりな答えを出す。
「最強ってさ……どう?」
「どうって、何が?」
また不思議な質問をする彼女が不思議でなのだろう。彼は困ったような表情を浮かべた。
「いや、どんな景色なのかなって」
「どうって……変わんないよ。多分ね」
なまえはポケットからキャンディーを取り出して口に含みながら、聞いた理由を言う。
五条は無言で手を差し出しながら、適当に答えた。
「……つらい?」
「まさか」
差し出された手をじっと見て、ガサゴソとポケット取り出したモノをそこにポンっと置いては続けて問いかける。でも、彼は受け取った飴玉をぽいっと口に投げ入れて笑うだけ。
「そっかぁ」
「急に何?」
彼女の疑問は解消されたのかもしれない。納得したような素振りを見せるからか、今度は五条が気になったらしい。
「いや、別に……大きいなって思っただけ!」
「意味わかんねー」
答えにならない答えで終わらせる辺り、強制的に会話を遮断しようとしているのが、目に見えてわかる。
だからこそ、彼はガシガシと乱暴に後頭部をかいて毒を吐くが、その姿は高専時代を少し思い出せるのか、彼女はふっと笑った。
「あーあー、私も大きくなりたいなー」
「は?デブになりたいの?」
なまえは残念そうに腕を上へ上げて、伸びをしながら願望を言うが、それは五条には理解できなかったのだろう。強張った顔をしてデリカシーのない言葉を並べる。
「……全国、いや、全世界の女を敵に回したよ?」
「別にどうでもいいし」
ジト目を向けていうけれど、その声にはどこか恨みつらみが込められているような気もするから不思議だ。
だとしても、彼にはそんなもの脅威でもない。涼し気な顔をして言い返すだけだった。
「そうだよねー」
「……で、なんで大きくなりたいの?」
唯我独尊。天上天下。そんな男が女を敵に回しs太ところで別に支障は出ない。それがなまえにも分かっているのだろう。乾いた笑みを浮かべた。
でも、五条の中ではまだ終わっていないらしい。ズレていた話題を戻すように聞く。
「……守れるものが多くなるから」
「ふーん、なるほどねぇ?」
誤魔化しても、誤魔化しきれない。
そう判断したのか、不服そうに頬を膨らませて答えれば、彼はニヤニヤと笑って顔を近付けた。
「な、なに?」
「まだそんなこと言ってるんだと思っただけ」
急に顔を近付けられたことに驚き、どもりながら聞き返せば、じっと見つめる五条は何処か楽しそうだ。
「……どーせ、無理とか言うんでしょ」
「当たり前じゃん。お前弱いし」
目をそらしたら負け。
彼女は睨み返しながら、小言を言う。でも、どうやら、その予想は大当たりのようだ。
彼は口角を上げて、事実だからを突きつける。
「絶対強くなるから」
「なってみなよ、そうなれば僕だって楽だし」
ここまで来たら、意地なのかもしれない。
睨み続けながら、宣言する言葉に五条は寄せていた顔を離して悠々と語った。
「いいよ、楽にしてあげる」
「言ってなよ」
ベーッ、と舌を出して子供のように言うんだから、おかしな話だ。
最強と呼ばれる男を守るなんていう人間はおそらく、この地球上で彼女一人だけだろう。
「……ほんと、そんなことを言うバカはなまえしかいないよ」
呆れたような、どこか嬉しそうな顔をしているのかもしれない。でも、それは目隠しの下に全てか隠されているから、誰にもわからない。
ただ分かっていることは、優しい声音をしていることだけだった。
ワードパレット バームクーヘン
(切実、揺るがない、追いかける)