産屋敷大学病院

 ここは日本でもっとも名医が集い、病を抱える人にとって最後の砦と云われる病院です。

 因みに私が今いる場所は小児科病棟。

 幼い子供たちがキャッキャと楽しそうな笑い声が聞こえてきます。


 あらあら…そんなに走ってたら、また怒られてしまいますよ?


「こら!病院内は走ってはダメだぞ!」
「たんじろーじゃん!」
「たんじろうせんせぇに見つかっちゃった!」


 彼はこの病院の小児科を担当する医師・竈門炭治郎さんです。

 まず、病院で走ることは良いことは言えません。

 それに加えて、この子達は体調が悪くて入院している子達です。

 炭治郎先生が注意するのは無理もないことですね。

 しかし、子供たちは反省する素振りもなく、楽しそうに笑っていました。

 まるで、悪戯をしようとして見つかったとばかりに嬉々としています。


「全く……君たちは」
「えへへ…ごめんなさぁい」


 炭治郎先生は眉を下げて、小言を言おうとすると子供たちは頭に手を回しながら、謝りました。

 どうやら、一応反省はしているようですね。


「………」
「たんじろー先生、どーしたの?」


 スンっと匂いを嗅ぐと彼は私の方をじっと見つめ、続けてきます。

 あら、バレてしまったかしら……でも、見えるはずないのですが。

 子供たちはそんな彼を不思議そうに見上げ、首を傾げています。


「あ、……いや、沈丁花の匂いがして」
「じんちょーげ??」
「何それー」
「オレ、知ってるー!!病院の中庭に植えられてる花の名前!!」


 見えるはずのない私をじっと見つめ、そう言葉を零す炭治郎先生に思わず、ドキッとしてしまいました。

 あんな整った顔でじっと見つめられれば、当然ですよね。

 子供たちは彼が口にした言葉を知らないのでしょう。

 不思議そうにクエスチョンマークを頭に浮べて居ると一人の子供は自信満々に分からない子供たちに答えを教えました。


「すごいな!知ってるなんて、偉いぞ」
「えっへっへ!」
「たんじろう先生はなんで、その匂いが分かったの?」


 幼い子供が知っているのは珍しい花の名前だからでしょう。

 炭治郎先生は目を見開くと、優しい笑みを浮かべ、視線を合わせるようにしゃがみ込むと少年の頭を撫でました。

 それに気を良くした少年は嬉しそうに満面の笑みを浮かべているともう一人の女の子は不思議そうに彼へ問い掛けます。

 ここは2階。中庭からここまでは距離があって、沈丁花の香りがするわけがありません。


「俺は鼻が利くからな」
「たんじろうせんせーすげぇよな」
「いいにおい〜?」
「ああ!優しい香りがするぞ」


 花札のようなピアスをカランと鳴らし、ドヤ顔で少女の問いに答えると感心したように頭の後ろで両腕を組む少年は言葉を口にしました。

 少女はワクワクした様子で気になるのでしょう。

 目をキラキラとさせて、こてんと首を傾げると彼はコクリと頷き、匂いがとても良いことを伝えています。


 確かに沈丁花の香りは良い香りですよね。
 私も好きな香りです。


「みんな〜!そろそろ病室に戻って来て〜」
「あ、ねずこ姉ちゃんだ!」
「ほら、みんな。禰豆子の言うことをちゃんと聞くんだぞ」
「「はーい」」


 遠くから可愛らしい声が子供たちを呼んでいます。

 あの方は炭治郎先生の妹で看護婦である禰豆子さんです。

 いつ見ても可愛らしく綺麗な人です。

 子供たちは呼ばれたことに気が付くと禰豆子さんの方を向き、彼女を呼びました。

 炭治郎先生は子供たちの背中をあたたかい手で優しく押し出すと子供たちは素直に返事をし、禰豆子さんの元へ歩き出します。


 みなさん、本当に素直でいい子ですよね。


「ああ、そうだな」


 ……あれ、私、今、言葉にしました?


 というよりも、私の声が聞こえるんですか??
 
 炭治郎先生の周りには誰もいません。
 いるのは私だけです。


「匂いで分かるよ、君はいつも俺たちを優しく見守ってくれてるから」


 いつもみんなに向けている優しい笑みを私だけに向けて、私に向かって言葉を紡いでくれていて、正直驚いてしまいました。

 きっと彼は私の姿は見えていないでしょう。

 それでも嗅覚で私の存在に気が付き、何となくで会話をしているということでしょうか……?


 私が言うのもなんですが、人間離れし過ぎではないでしょうか…。


「君は花の精なんだろう?」


 な、なんでそういうことになっているのでしょう。

 私はそんな可愛らしいものじゃないですよっ。


「でも、君のことは誰にも言うつもりはない」


 それは当然です。

 頭がおかしい人と言われてしまいます。

 私は中庭の沈丁花がある場所で死んでしまっただけの幽霊なのですから。


「君と俺の秘密だ」


 ウインクをして、口元に人差し指を当てて私にそう言葉を紡ぐ彼はとてもかっこいい。

 かっこいいのですが、……嘘つくのが下手なあなたがなんてことを言うのでしょうか。
 

「それじゃ、また」


 彼は柔らかい笑みを浮かべると私に向かって手を振り、踵を返してナースセンターの方へと歩いて行きました。


 待って。待ってください。


 今まで見えないと思って浮遊しながら、見守っていたこともばれてしまったということでしょうか……。


 そう思ったら、顔の熱が上がってきた気がしました。

 心臓がバクバク言っている気すらします。


 いや、死んでるから体温なんてないんですけどね。

 心臓がバクバク言うわけないんですけどね。

 でも、そんなの気持ちの持ちようですよ。


 炭治郎先生は天然タラシで看護師さんや患者さんに好意を持たれることが多い方です。

 彼の同期である善逸先生がよく”とんでもねぇ炭治郎”と言っていることを見ました。


 実際に見守っているときにも善逸先生と同じことを思っていましたが、

 いざ、天然タラシを向けられるとこうも混乱するものなのですね……!?


 って、結局、私の姿は彼に視えているんでしょうか?

 本当に匂いだけで把握されてる…?


 もし、そうだったとしたら、なんて人なんでしょうか…!!

 し、しばらく、彼の元に現れるのは控えることにしようと思います…!!

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