生きた証
雲取山にある家を尋ねて来た少女はキッと眉を吊り上げ、すぅと息を吸う。「竈門炭治郎はご在宅ですか!」
「……なまえ…また来たのか……」
扉の前に立つとこの家に住んでいるであろう人物の名前を大きな声で口にした。
いや、叫んだと言った方がいいかもしれない。
戸が開く音がするとそこからは赤が混ざった黒髪の少年が眉を下げてどこか呆れたように息を吐くと現れた。
炭治郎の反応からすると彼女の訪問はこれが初めてではないらしい。
「私と結婚してください!」
「断る!」
いつもなら、戸を開けるのは彼以外の人物なのに珍しい。
なまえはそんなことを思いながら、はっきりとした口調で結婚を申し出るが、彼女が言い終わるか終わらないかくらいの速さで炭治郎はたった一言を胸張って返した。
「………あきらめ悪くない?」
「そっくりそのまま返すぞ」
二人はじっとお互い見つめ合っているとなまえの方から口を開き、眉を下げて首を傾げる。
しかし、彼女の言葉は炭治郎にとっても同じものだったらしい。
眉根をよせ、首を横に振りながら言葉を返した。
「どうして断るの」
「結婚は好いた者同士がすることだ」
「じゃ、炭治郎は私が嫌いなのね」
なまえは不服そうに頬を膨らまして、問いかけると彼は悲しそうな瞳をさせながら、問いに答える。
その言葉にツキンと言う胸の痛みを覚えると女性は胸元に手を添え、ぎゅっと掴むと苦しそうな顔をさせた。
「っ、………そうだっっっ」
その表情に、彼女から匂う感情に。
炭治郎は胸を締め付けられ、言葉を詰まらせ、眉間のシワを深くさせると振り絞るようになまえの言葉に肯定する。
「……嘘つき」
忘れることなかれ。
炭治郎は嘘が付けない。
視線を上に向け、唇を噛み、頬を膨らませている。
その姿を見れば、彼が口にした言葉は嘘だということが一目瞭然だ。
しかし、肯定された言葉は確実に彼女の心を傷ついている。
だからこそ、目頭を熱くさせてぽつりと言葉を零した。
「……っ、頼むから…もう来ないでくれ」
「嫌……嫌だよ」
炭治郎は嘘が見抜かれることはわかっていたのだろう。
それでも、なまえの言葉に奥歯をギリッと噛み締めると俯き、泣きそうな声で懇願する。
しかし、彼の願いは聞き届けられないようだ。
「頼むからっ…!」
「っ!」
彼はぎゅっと手の力を込めこぶしを作ると大きな声で言葉を紡ぐ。
その声に彼女はビクッと肩を動かすとじわりと目に溜めていた涙がポロッと頬を伝って落ちた。
(……頼むから…俺の決意を揺らがさないでくれ)
俯いている炭治郎は彼女が涙を流していることに気が付かないらしい。
いや、普段なら気づけただろう。
しかし、自分との葛藤と戦いながらでは難しいのかもしれない。
「……炭治郎は痣持ちを気にして、わざと私を遠ざけたんだよね」
「……いいから帰ってくれ」
ポタポタと地面を濡らす涙を見つめながら、なまえは柔らかい声で彼の気持ちを見抜いたように言葉にした。
それに対し、否定することはない。
つまり、肯定と言っているようなものだ。
炭治郎は力なく弱々しい声で彼女に言葉を投げかけると身を翻し、家にの中へと入ろうとするがそれは彼女の手によって遮られる。
「長く生きれないから」
「っ、……分かってるなら何で…!」
逃げるように家の中に入ろうとした炭治郎の右手を掴み、この場に留めさせようと手を握ると彼が最も聞きたくない続きの言葉を紡いだ。
炭治郎は眉を吊り上げてガバッと後ろを振り返り、彼女に文句を言おうとするが、なまえの顔を見てぎょっとした顔をし、言葉を飲み込む。
どうやら、彼女が泣いていることにやっと気がついたようだ。
「長く生きられないなら貴方が死ぬその瞬間までそばに居させてよ…!」
「っ、俺は先に逝くんだ!君を守ってやれないし、幸せになんてしてやれないんだぞ!?」
流れ続ける涙を止めることなく、なまえはぎゅっと掴んだ手首を話さずに声を荒らげて思いを打ち明ける。
炭治郎は彼女の涙に動揺しつつも、自分の意思を曲げられない理由を口にした。
好いていても命の期限を知っているからこそ、自身の気持ちを押し殺していたらしい。
「守って欲しいなんて言ってない…幸せにして欲しいなんて望んでない!!」
「っ、」
なまえは首を横に振り、ボロボロと涙を流しながら、言葉を紡ぎ続けた。
面と向かって言われた言葉に返す言葉が見つからないのか。
炭治郎は困惑した表情を浮かべ、言葉を失う。
「私はあなたが好き…大好きだよ」
「………」
「ねぇ、炭治郎は…?」
スンっと鼻をすすり、ぼやける視界を何とかしようと目を擦りながら、大事に育ててきた好意を伝えるとそのいじらしい姿に炭治郎は眉を下げ、自分を抑え込むように手のひらを握りしめる。
なまえは潤ませた目で彼を見上げ、問いかけた。
「………きだ」
「……」
「好きだ…でも、俺に縛られてしまうのは望んでないんだ」
炭治郎は震える唇を開き、小さな声でポツリと落すが、それはちゃんと言葉として意味をなされていない。
彼女はじっと彼を見つめ続けると炭治郎はスッ息を吸うとずっと押し殺してきた気持ちを口にした。
しかし、どこか罪悪感に苛まれているのか。眉を下げ、目を背ける。
「バカね……私が望んでるのよ」
「バカってなぁ…」
「それにね、炭治郎には残せるものは沢山あるんだよ」
「……?」
なまえは柔らかい笑みを浮かべ、そっと彼へと手を伸ばすと頬に触れた。
投げかけられた言葉に複雑な思いをさせる炭治郎は逸らした目を彼女へ向け、困った表情をしていると彼女は心地よい声音で言葉を口にする。
その意図が読めない彼は不思議そうに首を傾げた。
「子宝に恵まれれば…」
「っ!」
なまえは少し恥ずかしそうに頬を赤く染めながら、ぽつりと言葉を零す。
その言葉の意味に炭治郎はドキンっと心臓を跳ねさせ、つられたように顔を真っ赤に染めあげた。
「あなたが生きた証……私があなたを愛し、あなたが愛してくれた証が残るの」
「……」
「私はあなたの思い出とその証があれば十分、生きていけるの」
なまえは愛おしそうに目を細め、見つめながら、大切そうに言葉を紡ぐ。
その言葉に炭治郎は瞳を揺らし、彼女は熱い思いが溢れ出すように涙が頬を伝った。
「……なぁ、なまえ」
「ん?何?」
そこまで覚悟して求婚していた。
しかも、なまえから思いを告げるのははしたないとされる時代に。
それに気が付かされた炭治郎は目を閉じ、コツンと女性の額に自分の額をくっつけ、声をかける。
顔の近さに驚き、先程よりも顔を赤くさせる彼女は緊張からか体を強ばらせながらも言葉を返した。
「……今更だけど、俺と結婚してくれないか?」
「……ふふっ…勿論!」
彼はゆっくりとまぶたを上げ、愛おしそうに彼女の目を見つめ、言葉を投げかける。
先に求婚していたのは彼女だと言うのにそれはなかったように自ら結婚の申し込みをする炭治郎に思わず、笑みを思すと返事をしたのだった。